第24話 なぞの開運壺

小学校から帰ってくると、居間で見ず知らずの女性が母親と楽しそうに話をしていた。


机の上には大きな壺が置かれていた。


どうやら壺の訪問販売らしい。


僕はテレビのニュースや学校で、怪しげな訪問販売の人を家に入れてはいけないと聞いていたので、この人もその類だと直感した。


母親はすでに買おうか迷っていた。


値段は、100万を特別価格で40万とのことだった。


60万の値引きは、今回のみの大サービスと言っていた。


母親は完全に騙されかけていた。


その女性は僕に話かけてきた。


「ぼっちゃん、賢そうなお顔をしてますね。」


一度も言われたことはない。


「私は手相占いもできます。ぼっちゃんの手相を見せてください。」


手相くらいならいいかと見せた。


「これは・・・。両手に猿がいる。あなたは、両手ますかけですね。」


「ますかけ?」


「あなたは、算数がお嫌いですね。これは猿に多い手相です。ますかけとは、感情線と知能線が一緒になって1本の線になっている相のこと。 手のひらにひらがなの「て」の形があるように見える相です。」


「本当だ。何かいいことあるんすか?」


「残念ながら、何もないのよ。猿のような知恵しかないということなのよ。頑固で、思い込みが激しく、周りに迷惑をかける相なの。ぼっちゃん、算数が苦手でしょう。」


僕は、ドキッとした。それは、小学校2年生から5年生にかけて通っていた公文で、ほぼ3年間引き算から先に進んでいなかったからだ。どうしても引き算が理解できず、一緒に始めた友達はスイスイと中3レベルの問題を解いている横で、ひたすら引き算を引きまくる日々を過ごしていた。まさしく苦悶式。


「はい、算数は苦手というか、引き算ができません。」


「でしょ。頑固者の顔をしているもん。」


「さっき、賢い顔って言ってましたよね。」


「フフフ。手相を見入る前はね。あなたの両手にはマイナスが描かれているの。数学の世界では、マイナスとマイナスを足すと(+)マイナスですが、マイナスとマイナスをかける(×)とプラスになります。中学校の正負の計算をやれば知ることになります。あなたは、生まれつき、引けない気質をもっているのよ。」


女性の言っていることがよく分からなくなった。ただ、自分のことを妙に言い当てているような気がして、話に引き込まれてしまった。


結果、母親は高額な壺を買うのは止めた。単純にお金が無かったからだ。


僕はなんと、その女性に勧められた2000円の小さい壺を買ってしまった。


話を聞いている内に、何となく引けなくなった。


女性曰く、その小さい壺が欠ける(×)ときに、僕の運勢はプラス(+)に転じるということだった。


しばらくして、僕は壺を落とし、壺の角がかけることになった。


3年間苦しめられた引き算の計算が、その日を境に急にできるようになった。


その壺のお陰なのか、何なのかは未だに分からない。




















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