第11話 チャートはフレキシブルに対応するもの

「……時間になっても巻き戻しはなし。死因は予想通りだったみたいだね」

『ひひひ、おめでとさん。余裕ぶっこいてる所悪いが、さっきまでの大慌てっぷりは面白かったぜぇ』

「……言わないでほしいな……それは」


 いやあ、大変だった。そりゃそうだろう。思いっきり重厚な窓ガラスを叩き割ったのだ。しかも、ガラスは外から中に向かって飛散している。つまり誰かの犯行だ。

 それこそ、大慌てで部屋に戻るまですら映像化したら見ものになりそうな潜入劇が繰り広げられていた。


(部屋に戻って誤魔化した後も、当然だけど犯人がいるんじゃないかって事で呼び出されたし……まあ当然だけどさ)


 部屋の主であり、被害者の息子さんは除外するとして……他にも色々候補はいる。形見分けだから財産目当てか何か分からず色々と揉めていた。

 最終的には、皐月さんが山で前に見かけた猿が石を投げてきたのだろうという結論になった。結構無理やりな結論ではあるが、この結論にした理由は何となく分かる。


(皐月さんも不気味だとは思っているんだろうけど、あんまり犯人探しで屋敷を探られたくないんだろうね)

『ひひ、そりゃそうだろうな。端から探したら殺すために仕組んでいた仕掛けがバレちまったり、うっかり壊されたりするだろうからな』

(だから、無理矢理にでも話を誤魔化す方向にした……ただ、警戒はしてるだろうね。殺人事件を防ごうとしている誰かの存在を把握されたと思う)


 皐月さんとしては想定していない、予想外の状態だろう。

 今後は誰かに見られないように警戒をして行動を取るようになるだろうが……決して悪いというわけじゃない。むしろ、僕にとって追い風といってもいいかも知れない。


「まず、妹さんも息子さんも警戒をしている。妙なことに巻き込まれたくないだろうからね。息子さんに関しては、嫌でも誰かと行動を取ろうとしている……つまり、皐月さんは次の手を打ちづらい状態になっているはずだ。それはリスクを犯す必要があるってことになる」

『まあ、そりゃそうだ。せっかく準備をして覚悟をしたってのにお前のせいで台無しになったからなぁ』

「……まあ、そうだね。そのとおりだよ。だから、皐月さんの動向に注目をしておけば次の事件へ手が打ちやすい」


 とはいえ、皐月さんに張り付いて事件を止めるというのは難しいだろう。

 冷静に考えてみれば、僕は候補としては一番疑わしい。動機がないから疑われないだけで、この島にいる人間で一番犯行が可能なのは僕だからだ。だから、僕と共に行動をするという選択肢はあまり取ってくれないと思う。


(無理やりついていっても、撒かれたり無理やり行動を起こすだけならいいんだけど……最悪の場合は、屋敷の人間が全滅するような酷いことになるだろうなぁ)


 殺人を覚悟しているのだ。その覚悟が抑圧されて爆発してしまえば……どうなってしまうのかは、予想はできない。

 これに関しては実体験でもあり……苦い記憶でもある。まあ、今は関係のない話だが。


「……ただ、ちょっと今後どうするかの方針が見えてこないからもっと情報が必要だね」

『あー? また調べ物とかいってジジイと会話すんのか? 好きだねぇ、お前も』

「人聞きが悪いな……別に話をする相手はお爺さんじゃないよ。この島の伝承についてもうちょっと調べてみようかと思ってね。あと、息子さんと妹さんについてかな」


 そう、最初から今に至るまで調べきれていない情報は色々とある。

 彼女はこの伝承のために殺人事件を起こした。ならば、それを知ることはこの島における彼女の殺人事件を起こすためのルールについても知ることになる。

 そして、息子さんと妹さんの関係を知れば、なぜ彼女は殺すことを決意したのか……それを知ることも出来るかもしれない。というよりも、まだ彼らの人となりを僕は知っていないのだ。


「皐月さんが、なんでここまで追い込まれたのかを知りたいんだ」


 彼女は最後に自分で命を絶った。多くを言い残さずに。この事件について、僕が知れたことはそう多くはない。

 だからこそ、聞かなければならない。なぜなら僕は僕のエゴで彼女が起こした事件をなかったことにするのだから。それは、彼女の思いを知るべき僕の義務だ。


『ほーん、律儀だな』

「興味なさそうだね」

『俺様としちゃ、事情なんてどうでもいいぜ。起きてることが全てだからなー。人間ってやつは、どいつも辛い過去なんて持ってるもんだろ? 俺様からしたら、どれも同じようなもんだ』


 ふわふわと浮かびながらそういうマガツ。

 まあ、それでいいのかもしれない。マガツにしんみりされたり、事情に首を突っ込まれるよりは、このくらいドライな方が付き合いやすいというものだ。


「さてと……じゃあ動こうか」

『ん? 結局、あの女の方は放置か?』

「うん。動いて巻き戻されたらその時だよ。それに、警戒しているなら慎重になっているだろうし、すぐに行動を起こすとは思いにくいからね。さて、腹が減っては戦はできぬってことで……ご飯にしようか」

『ああ、そういや飯食いそびれてたなお前』


 騒動のせいでタイミングを逃し続けていた。外に出て、食堂に向かうとちょうどよく皐月さんを見つける。

 どうやら諸々の騒ぎで作業が止まっていたらしい。申し訳無さを感じつつ、


「あ、すいません。僕もご飯を貰っていいですか? 遅れてしまって申し訳ないんですけど……」

「いえ、構いませんよ」

「今って食堂に誰か居ますか?」

「はい、今は梅生さんが……もしかして、同室は気になりますか?」


 気を使ってくれている皐月さん……なるほど、窓を壊されて怯えているのか誰かのいる空間に居たいのだろう。

 しかし、これは幸運だ。最悪やり直しになる時に同じ状況に出来るかは怪しい。ならば、ここで情報を聞いておきたいところだ。


「いえ、いいですよ。丁度一人で食事をするのも味気ないと思ってたんで」

「そうですか……なら、確認をとってきますね」


 そういって、大丈夫かを聞きに行く皐月さん。

 待っていると、すぐに戻ってくる。


「はい、大丈夫だそうです。私は他のお屋敷のお仕事があるので離れますが……大丈夫ですか?」

「ええ、問題はないです」


 そして食堂に入り……酒を飲みながらちびちびと食事をしている息子さんを見つける。

 皐月さんが食事を持ってきてくれてから、会釈をしてそのまま食堂を出ていく。ここには息子さんと僕の二人だけになっている。

 ……しかし、沈黙が重たいなぁ。お葬式の最中かと思うレベルだ。と、そこで息子さんが口を開く。


「……おい」

「なんでしょうか?」

「……悪かったな。お前に怪我をさせて……そんなつもりはなかったんだが」

「いえ、別にいいですよ。アレは運が悪かっただけなんで……それで、どうしてあんな必死に祠を探してたんですか?」


 その言葉に、ピクリと反応をする息子さん。

 きっと葛藤をしているのだろう。答えたくはないが負い目があるから言うべきかという。


「……お前は、俺の親父を知ってるか?」

「お医者さんから話は聞きましたが、それ以上は知らないですね……本当に父親に押し付けられた代理なので。酷い父親ですよね」

「……いいじゃねえか。納得済みなら」


 その言葉に、少しだけ表情を緩める息子さん。

 ……やはり父親には複雑な感情を持っているようだ。だから、僕が父親を下げた時に仲間意識が少しだけ芽生えたのだろう。


「俺の親父は最低なやつさ……俺と母親の言葉はろくに聞かねぇ仕事人間だった。子供の頃に約束なんざしてくれさえしなかった」

「それは……寂しいですね」

「政略結婚だったとは聞いてるし、愛はなかったんだろうさ。それでも、俺には関係ねえ……まあ、母さんも酷いやつだったけどな。知ってるか? 最後には病気で死んだが……葬式にはろくに人は来なかったんだよ。まあ、人徳って奴だな」

「そう、なんですね」


 重たい話にこちらも口が重くなる。

 ……しかし、考えていたのとは違っていたな。もっと父親を恨んでいるかと思ったのだが……そうではないらしい。


「まあ、だから今日ここに呼ばれたのも想定外だ……まあ、俺の母が生きてりゃ呼ばれなかったろうな……あの、女中の皐月って子がいるだろう?」

「ええ、僕にも親切にしてくれていますけど……彼女になにかあったんですか?」

「俺の母親は、あの子の母親に嫌がらせをしてたんだよ。愛はなくても、他の女に愛を注ぐのは我慢ならなかったらしい……あの子の母親は亡くなったんだろう? 恨まれて当然だ……それに、俺もあの子にあんまりいい感情は抱いてねえ」

「え?」


 その言葉を聞き返すと、悩みながらも答える。


「……親父を奪われたようなもんだからだ。事情は知らねえが、親父はあの子を我が子のように可愛がっていた……俺には手切れ金と自分の会社だけを渡してろくに会話すらしてくれなかった。仕事の繋がりすらもなかった……俺はなんなんだろうな。結局死んでから呼ばれても、意味はねえよ」


 その言葉には寂しさと、複雑な感情が見えている。

 ……確かに、彼からすれば本当に怒り……いや、悲しみすらあるだろう。自分を捨てて、知らない人を、自分の本当の子供のように可愛がっているというのは。実際は皐月さんも血の繋がりはあるのだが。……これだと、彼と皐月さんは腹違いの兄妹になるのか。


「だから、俺は探してるんだ……親父の……」

(探している……?)


 と、そこで物音がする。食堂の扉が開いたようだ。

 そこには妹さん……うわぁ、凄いな。会話できてなかった人が揃い踏みだ。


「……探偵代理と、あんたか」

「おばさんか……どうしたんだよ。わざわざこんな時間に」

「喉が渇いたから水をね……それで、何を悪巧みしてるの」

「悪巧みじゃねえよ。親父の思い出話を探偵にしてるだけだ……」


 なんというか、今までにない展開にちょっと動揺はしているがそれが表に出ないようにしている。

 ここで色々と情報を手に入れられるのか。


「兄さんのねぇ……それも探偵の仕事ってやつ?」

「まあ、興味本位もありますが……何事も情報を知っておくのが重要だっていうのが探偵の鉄則なので」

「ふうん……まあ、兄さんの話ならちょっとは出来るけど……何が知りたいわけ?」


 ……色々と話をしてくれるようで助かるな。

 きっと、この屋敷では語れないからこそ誰かに話すタイミングが欲しかったのかも知れない。

 そういえば、彼女に関しては最初の事件で、部屋の中で首を吊って死んでいた。だから、こうして話すことすら初めてかも知れない。


「そうですね……思い出話でもしていただければ」

「大した話もないわよ。兄さんとは年が離れてたからあんまり仲も良くなかったし……母さんも兄さんも、この島にこだわってたみたいだけどね。そんなに生まれ育った村が大切なのかしら」

「ここの生まれじゃないんですか?」

「ええ、あたしは本土の生まれだもの。母さんは新月の日には、この島に毎回来てた。あたしも連れて来られたけど……よく分からない儀式と思い出話ばっかりね。退屈だったわ」

 

 儀式……それは気になるな。くわしく聞いてみるとしよう


「その儀式って、どんな時にしていたんですか?」

「くわしくは覚えてない……ああ、でも新月だったわね。月もなくて真っ暗で怖かった覚えがあるから。この島、明かりがないから本当に真っ暗になるのよ。それがどうかしたの?」

「いえ、ただ今日も似たような日じゃないかなと思いまして」


 外を見る。そこには月がない新月だ。


「ああ、そういえばそうね……どこ行くの、梅ちゃん」

「梅ちゃんはやめてくれおばさん。トイレだよ」


 そう言って食堂を出ていく息子さん。

 彼を見送った後に、妹さんは口を開く。


「あの子、こういう話が嫌いなのよね」

「……こういう話っていうと?」

「人智の及ばない話が嫌いなのよ。まあ、兄さんが相手をしないしあの奥さんも構わなかったからめでたしなお話とか、神様が嫌いなのよね……あたしがあの子の相手をしてたからよく知ってるのよ。かわいい甥っ子だからね」

「面倒見がいいんですね」


 そう言うと、妹さんは薄く笑う。


「まあ、お金も貰えたしね……当時はお金に困ってたから」

「……ああ、そうなんですね。面倒見がいいわけじゃないんだ」

「流石に報酬もなしにお邪魔しないわよ。奥さんも苦手だったし……兄さんからすれば、金を無心する嫌な妹だったでしょうね。悪口くらいは言われたんじゃないかしら?」


 掘り下げても、なんというか……死んだ厳島桜人という人間は良い親ではなかったらしい。

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