第7話 ガバガバでもチャート進行はしっかりと
「……げほっ! ごほっ! ごほっ!」
「た、探偵さん!? どうされました!?」
死ぬのはこれで三度目。どれだけ重ねても死に慣れるなんてことはない。むしろ、死を重ねる程に摩耗していく精神と肉体をなんとか問題なく動かすことが大変だ。
溺死した後遺症のように、体が酸素を求めて身体が必死に蠕動している。必死に落ち着けて、無理矢理にでも体を動かせるようにする。
あまりにも酷い状態の僕を見て、慌てて助けを呼びに行こうとする皐月さんを手で制しながら、身体を落ち着ける。
「……げほっ、すいません……発作みたいなもので……はぁ、ごほっ……心配をかける程じゃないんです」
「本当に大丈夫ですか? 船酔いにして、苦しそうですけども……その、お医者様でしたらいますので……」
「いえ……ごほっ、大丈夫、です……はぁ、落ち着き、ましたから。すいません……船酔いで発作が悪化したみたいで。ご心配をおかけしたくなかったんですが……もう大丈夫です」
「……そうですか……でも、体調が悪いならすぐにお医者様に言ってくださいね?」
なんとか誤魔化した。皐月さんは心配しているが……顔色が戻ったのを見てこれ以上は心配しても迷惑かと考えて止めてくれる
(はぁ……やっぱりキツイな)
死んだことで出る影響は大きい。やり直しがあまりにも続けば、僕の限界が来て最初の時点で躓くようになる。そうなれば、リカバリーすることも出来ずに死に続けるだけになるだろう。その末路は苦痛に精神が折れてマガツに殺してくれと懇願するのだろう。
(……だからこそ、丁寧にやらないと)
『ひひ、まあ俺様としても作業みたいにやり直されてつまらねえからな。ある意味親切ってもんだぜ? ゲームに緊迫感をもたせる要素ってやつだ!』
(余計なお世話、ありがとう)
マガツの言葉にそうやって返しながら、皐月さんの行動を考える。
皐月さんは僕を心配している。まあ、当然だろう。明らかに演技ではなく突然苦しみ始めたのだ。とはいえ、僕の知っている皐月さんであれば今後の行動はそこまで変わらないはずだ。優秀な使用人である皐月さんは自分の仕事をちゃんとこなす。
「とはいえ、これ以上うろついてもご迷惑でしょうし……とりあえずは、部屋で休んでおきます」
「ご迷惑ではないですよ? ただ、探偵さんがそう言うのであれば分かりました。もしも体が辛いようでしたら、こちらの迷惑など考えずにすぐにお声かけくださいね?」
「ええ。その時にはすぐに助けを求めますね」
ニコリと笑みを浮かべてそう言うと、皐月さんも大丈夫そうだと思ったのか一礼して去っていく。
そして僕は部屋に入って、ベッドに横たわる。流石に気力で皐月さんの前では大丈夫だとアピールしても……実際には本調子にはまだ程遠い。
少しでも体力を回復させるために、ベッドに横になり体を落ち着ける。だが、その間も思考を止めずに脳裏で情報をまとめる。前回は色々と情報を手に入れることができた。そしてもう一つ……重要な情報がある。
(少なくとも、皐月さんが屋敷に戻ってきた可能性はない。距離を考えても、この短時間で往復するには足りないくらいだし……あの剣幕だった息子さんをあっさり止める未来は考えられない。なら、祠で故意が事故か分からないけど……殺人があったと考えるべきだね)
『お前の予想が全部外れて、最初から最後まで突発的だった可能性はねえのか?』
(可能性は低いと思うよ。準備にしろ、トリックにしろ前から準備をしてないと考えられない内容だからね……ただ、祠で殺人が起きたならむしろありがたいよ)
そう、ありがたい。というのも、皐月さんの優先度は妹さんの殺人ではないということだからだ。
だから、前回の行動を踏襲した上でルートを変えてしまえばいい。
「よし……じゃあ、最初の殺人を防いでしまおうか」
千里の道も一歩から。複数ある殺人事件だとしても、最初を防げるか否かは重要な要素になる。
そして、立ち上がり行動を開始する。
『んで、どう動くんだ?』
「途中までは同じだよ。息子さんを動かして、皐月さんに連絡をして追いかけさせる」
そして、すぐに行動。仕込みをして、息子に見せる。当然、前回と同じ展開になった。
皐月さんを見つけて、僕が報告すると慌てて追いかけていく皐月さん。
(ここからだ)
そして、皐月さんを追いかけていく。
……意外と足が速い。あっさり追いつけるかと思ったら、距離を離されないようにする方が大変だ。
「……運動、不足……なのかなっ! まあ! 土地勘とかの……問題、だろうけど……!」
『おう、頑張れ頑張れ』
僕の横に浮いて付いてくるマガツが恨めしい。
『そういや、他の助けは呼ばねえのか?』
「いや、呼ばないよ」
まず、故人の友人ということで全員が老人だ。走って追いかけても足手まといにしかならないだろう。
と、そこでふと気になって聞いてみる。
「……そういえば、他の要因で死んだ場合には? 崖から落ちたとか、心臓麻痺とか」
『ああ、それもやり直しだな。不可避の死以外はやり直しだし』
「だよねっ! なら余計に呼ばないや!」
そして走る。もうそろそろ限界というか、脇腹が痛くなってきた。
というか、体力が違うんだろうか。今度から体力をつけるために普段から走るべきだろうかと脳裏で煩悶しつつ、ゴールが見えてくる。
「あそこがっ……! 祠、だ……!」
そして、足を止めて少しだけ呼吸を整える。
入ってすぐにぶっ倒れてしまうわけには行かない。
「……よし!」
そして、息を整えて祠の中に入っていく。
そこには乱暴な手付きで何かを探している息子と……それを止めようとしている皐月さんの姿だった。
「やめてください! ここにはなにもないんです!」
「うるせえ! 邪魔をするんじゃねえ!」
皐月さんが止めようとしても、息子さんは振り払って祠を荒らすかのように何かを探り続けている。
彼女にとって、ここが思い入れがある場所だと知っている僕は流石に焚き付けた責任もあるので止めることにする。
「ちょっと、やめましょう! ここは古びてるから危険ですし……」
「お前には関係ねえだろ! 家の事情だ! 首を突っ込むな!」
ザクザクと良心が咎めていく。家の事情じゃなくて僕の事情でこの状態になっているし、犯人なので罪悪感が刺激される。
『可哀想になぁ。お前のせいで大切な祠が壊されて……』
(マガツは黙ってて!)
そして、皐月さんの方を見る。
「すいません、無理やり止めますね!」
「は、はい!」
まあ、これも仕方ないだろう。それに、そこそこの量の酒を飲んでいたはずだ。
アルコールが回っているなら、多少の抵抗をされてもなんとか押さえつけれるだろう。
「これ以上はダメですから!」
「ぐっ……! 離せ! クソ、ここにあるんじゃねえのか!?」
羽交い締めにしながら、必死に体を押さえつける。
普段なら完璧に押さえつけるには体格が足りないのだろうが……アルコールが入って、足場も安定しないせいか、息子さんか抵抗はされているが振りほどかれるほどではない。このままなんとか祠から引き剥がしてしまおう。無理やり力を込めて……
「うおっ!?」
「えっ? あっ」
突然の浮遊感に襲われて、前回に皐月さんと祠へ来た際に教えてもらった言葉を思い出す。
管理はしているとはいえ、この祠は足場が不安定なので足元には注意をしてくださいという話だ。
(アルコールのせいで上手く足元の踏ん張りが聞かなくて……)
僕が無理やり押さえつけたから上手く踏ん張れずコケたと。
そして、当然ながら息子さんがバランスを崩してしまえば、羽交い締めにしている僕に成人男性一人分の全体重が襲いかかる。そうすれば、体格に自信があるわけじゃない僕もバランスを一緒に崩して……
「ぐえっ!」
そして背後に倒れれば僕がクッションになるわけだ。そのまま二人してぶっ倒れて……受け身を取れずに思いっきり頭をぶつけた。ゴツンという音がして、脳がミキサーにでも入れられたような感覚に襲われる。
口から出た悲鳴もとんでもなく情けない。言い訳をしたいが、声がうまくでない。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「探偵さん!? 探偵さん!」
視界が暗くなっていく。
大丈夫だと言おうとしても、パクパクと酸欠の魚のように口だけが動くような状態だ。
「大丈夫ですか!? 探偵さん!! ど、どうしましょう……!」
「い、医者を呼んでくるからな! クソ……! なんでこんな事に……!」
そう言って走っていく息子に、皐月さんが心配そうな顔で僕を心配している。
しかし、僕はといえば立ち上がれず大丈夫ということも出来ない。頭は今もグワングワンとしている。
(……あ、これダメだな。多分このまま気絶しそう)
脳震盪を起こしているせいか、視界がぼやけている。
何度か経験があるので分かるが……このままだと、自分の関与できない時間が出来てしまう。そして、その薄れかけの意識でとんでもなく嫌な予想までしてしまう。
(というかこれ……息子さん、足を滑らせてぶつけどころが悪くて死んだんじゃないだろうな……)
そうだとしたら……このまま僕も死んで空回りにも程があるんじゃないだろうか。そんな事を考えながら、ふと目を閉じる前に見えたもの。
……それは、大爆笑しながら腹を抱えて涙を流しているマガツだった。
本当に最悪だった。
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