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Rinora

01話.[ただ優しいだけ]

「わぁ……あっつい」


 屋内でも暑いからちょっとアイスでも買いに行こうとしたらこれだった。

 ただまあ屋内でも暑いんだからこうなるのは当然なわけで、考えていなかった自分が馬鹿だったというだけで終わってしまう話だ。


「冷たー」


 それでもコンビニに行って私はまるで勇者の剣を手に入れたかのような気持ちになっていた、残念ながらすぐに無くなってしまうハリボテの勇者の剣だけどね。


天音あまねー!」

「わぁっ!? あ、危ないよかなでくん」


 この子は近所に住んでいる福島奏くん。

 関わるきっかけになったのは友達の弟くんだったからだ。

 初めて会ったのが彼が小学校1年生のとき。

 そしていまは早いもので小学6年生になっている。


「アイスを食べてたのか?」

「うん、エアコンは使用禁止にされてて暑いからさ」

「おれも買ってくる!」

「うん、じゃあ待ってるね」


 奏くんといるのは結構楽しくて好きだ。

 友達からはあまり甘やかさないでと言われているけど、ついつい甘くしてしまう。

 でも、仕方がない、私は高校2年生で年上なんだから。


「ぼりぼり君にした!」

「はは、安くて美味しいよね」


 別に同情とかそういうのではなくて、可愛いから仕方がないんだ。

 良くない方に育ってしまうのはあれだけど、なんでもかんでも厳しくすればいいというわけでもない。

 それに奏くんは真面目な子だと分かっているから私もなにかをしてあげたくなるんだ。


「これ食べたら家に行こう、おれの家ならエアコンついてるから」

「あ、それなら行かせてもらおうかな」


 どうせ家に帰っても母からだらだらするな的なことを言われるだけだから丁度いい、それにせっかく誘ってくれているのに断るなんてできないからね。


「お邪魔しまーす」


 彼の家は私の家より一回りぐらい大きい。

 だからリビングがやたらと広かったり、ソファが凄く良さそうで少し羨ましくなる。


「あ、おはよう」

「うん、おはよう」


 この子は奏くんのお兄ちゃんのしんくん。

 つまり私の友達、奏くんに会えるようになったきっかけの子だった。


「あはは、寝癖がすごいよ?」

「うん、さっきまで寝ていたからね」

「え、駄目だよそれじゃ、夏休みだからってだらけちゃ駄目だよ」


 私だってお昼過ぎまで寝ていたい。

 けれどそこに文句を言うのが私の母だ。

 お休みの日ぐらいだらだらしたっていいじゃんと考えている自分ではあるものの、自分ができていないのに彼だけできるのはなんだか嫌だったから言わせてもらった。

 ……自分勝手なのは分かってはいるけど複雑だからしょうがない。


「そう言うあなたはエアコンのためにここに来たのでは?」

「うっ、そ、そんなことないべさよ?」

「ははっ、なにその言い方っ――って痛いよ奏!」


 奏くんが私の代わりに攻撃を仕掛けてくれた。

 なんでも正論を言えばいいというわけではないのだ。

 

「兄貴はどこかに行ってくれ」

「はいはい……じゃあゆっくりしていって」

「うん、ありがとう」


 こんなことを言っているけど兄弟仲が悪いというわけではない。

 ただ小学6年生ということもあってプライドがあるというか、女の子の前では少し格好つけたがる歳というか、いやまあ自分を女の子扱いをするのはあれだけど……。


「天音、ゲームをやろう」

「いいよ、あ、難しいのはやめてね」


 家にはゲームなんかないから地味に助かることでもある。

 だって無駄遣いするな口撃を仕掛けてくる母がいるから駄目なのだ。

 その点、福島家に来れば涼しいし美味しい飲み物を飲めるし奏くんに会えるしで最高だった。


「天音はさ、兄貴とどれぐらい仲いいの?」

「新くんと? うーん、親友レベルかなあ」


 ぷ、プレイ中に話しかけてくるとは恐ろしいことをしてくれるじゃないか。

 こういう不意打ち攻撃を仕掛けてくるところはお兄ちゃんとよく似ている。

 が、奏くんはそこで操作するのをやめてしまった。

 気になって見てみたらどこかがっかりしているような感じの彼がそこにいて。


「じゃあ……おれは?」

「お友達かな、新くんの弟くんって感じが強いけど」


 嘘を言うことがなんでもいいというわけではない。

 相手は小学生だけど、だからって思ってもいないことを言う方が失礼だ。


「おれも天音の親友になりたい」

「それじゃあこれからも一緒にいよっか」


 来年はもう中学生になって部活も始まるから難しくなるけど会おうと思えば毎日会える距離だから言ってみた。

 全ては彼次第、ただすぐに気になる子を見つけて来なくなると思うけどね。

 彼は新くんと同じで顔が整っているからモテるのだ。

 バレンタインデーだって10個ぐらいチョコを貰っていたりもする、だからあげるときに結構保険をかけるようなことをしなければならないのは微妙な点だった。

 でも、でもね、私があげたときに凄く嬉しそうにしてくれるからついついあげたくなってしまうというか、だって表面上だけのことであっても他者である私からしたらそこだけでしか判断できないんだからさ。


「奏くんが中学生になったら会うの難しくなるね」

「毎日会いに行くよ、部活が終わってからだけど」

「来てもらうばかりなのは悪いから中学校の校門のところで待っていようかな、たまにだけど」


 私が美少女とかだったりしたらざわつくかもしれない。

 けれど女子高校生が校門のところで誰かを待っている、というだけで似たような感じになることは分かっていた。

 事実、私が中学生のときにお友達のお姉さんが来ただけで男の子のテンションは上がっていたわけだし。


「そ、それはやめてくれ」

「えぇ、それって可愛くないから?」

「う、噂が出たら……恥ずかしい」


 可愛いかよ……奏くんが女装をしていた方が絶対に可愛いよ。


「ゲーム、どうする?」

「もう終わりでいい」

「分かった、じゃあ消しておこっか」


 あまり長居するのもあれだからそろそろ帰らないと。

 それに……汗をかいているから奏くんに臭いって思われたくない。


「天音ちゃん、ご飯作るけど食べてく――」

「食べるっ」

「はははっ、そうこなくちゃね」


 実は新くん、私よりも家事ができるから有能だった。

 ご飯だって下手をすれば母よりも美味しい物を作れるからすごい。

 ……結局欲に負けてしまった形になるから奏くんにはこうなってほしくなかった。


「おれもやる」

「え、奏はできないでしょ?」

「兄貴が教えてくれればできる、働かざる者食うべからず、だろ?」


 うっ、こっちに深く突き刺さった。

 見ているだけなのは気まずいから手伝うと言ったら「狭いから」と拒まれて終わってしまい……。

 ソファにも汗をかいていたことを先程思い出して座れず。

 だから床の上に正座をしていた、微妙なそうな顔で彼らが見てきたけど気にしないでおく。


「いただきます!」


 こうなればやけになるだけだ、がつがつと食して――美味しかったので予定よりもゆっくりと食して。


「美味しいっ」

「奏も手伝ってくれたからね」

「奏くん偉いっ」

「兄貴にばかりしてもらうのは違うから」


 うっ、私も休日だからとだらけてばかりいないで母の手伝いをするべきだろうか。

 お前は駄目だと遠回しに指摘してきているわけじゃないよね? なんかやけに突き刺さるよ?

 というかこれってさ、なんか男の子だけの家に来ているわけでさ、なのに適当なファッションで来ちゃってるよ、女子力ないとか言われたらかなり凹むんだけど……。


「ごちそうさまでした、美味しかった」

「お粗末さまでした」


 食器を流しに持っていって戻ってきたときのこと。


「あれ、寝癖綺麗になってるね」

「うん、流石にそのままにしておくのはね」

「へえ、すぐに直るのはすごいね」

「ちょ、あんまり触れないでくれるとありがたいのですが」

「ごめん、でも、手は洗わせてもらったから――あっ、もしかして臭かったっ? ごめんね!」


 くぅ、夏は容易に社会的に殺してくれる。

 一応女なのに体臭とかがやばかったら本当にどうしようもないぞ……。


「え? 臭くはないけど」

「あ、そ、そう」


 ふぅ、少し落ち着こう。

 先程も言ったことだが私は高校2年生の女、木本天音17歳。

 目の前には小学生の子もいる、それなのに年上が無様なところを見せてはならないだろう。


「ならいいんだよ、それじゃ私はここに座っているから」

「なんでそんな喋り方?」

「なんの話? よく分からないことを言うのねあなた」


 少しは年上らしいところを見せておかなければならない。

 実際自分が小学生のときに来てくれた当時中学生の先輩はこんな喋り方だった。

 美人に育ったらこういう喋り方をしようと願い続けて少しして、無理だと悟って諦めて。

 無難な一般的な喋り方を選んだというのが私の人生。


「洗い物はおれがするからいいよ」

「あ、じゃあ頼もうかな、僕は天音ちゃんとゲームでもやっているから」

「天音には手伝ってもらう」

「それじゃあ俺がするとは言えないじゃん、でも、少しは働いてもらおうかな」


 それぐらいなら言われなくてもするつもりだ。

 食べさせてもらうだけ食べてなにもせずに家に帰る、なんてことはできないから。


「天音は夏祭りとか行くのか?」

「うん、適当に見てこようかなって」


 友達と遭遇したら一緒に見て回るのもいいかもしれない。

 空気を読んでひとりでなにかを買って食べるというのもいい過ごし方だ。


「じゃあ一緒に行こう、兄貴は父さんの手伝いで焼きそばを焼くからさ」

「お友達とはいいの? 気になる子とかいないの?」

「集まって行くとか言っていたけどさそってこなかったから」


 私も同じです、残念ながら誘われませんでした。

 いや、この子の場合は選択権があるだけマシだろう。

 多分、誘われたけど断ったんだと思う、それに比べて私は……。

 もういい、だって彼が誘ってくれているのだからそれで十分だ。

 ……彼って言うとなんか同い年になった気分になる。

 奏くんが高校2年生だったら、新くんと双子だったら、それはもう女の子から求められるだろうということは容易に想像できる。


「分かった、何時に集合する?」

「17時で、あんまり早くに行ってもお金は少ないから」

「私としてもありがたいかな」


 彼の前でなら暴飲暴食することもないだろうからね。


「天音は浴衣持ってるっけ?」

「うん、持ってるよ、あ、まさか着てこいって?」

「うん、また見たい」


 ま、真っ直ぐ言われるとどきっとしちゃうからやめてほしい。


「奏くんぐらいしかいないよ、見たがるのは」

「可愛かったから」

「ははは、ありがと、それなら着てくるね」


 ……あまりだらけすぎすにスタイルを維持するために運動する必要があるかも。

 せっかく可愛いと言ってくれているのだから現状を維持しないとね。


「さてと、私はそろそろ帰るよ、またお祭りの日に会おうね」

「送ってく」

「大丈夫だよ、まだお昼だし」

「送らさせてほしい」


 小学生でも男の子なんだなあって。

 いかんいかん、男の子として見てしまうのは良くないだろう。

 そういうことじゃない、奏くんはただ優しいだけだ。


「じゃあ、送ってもらおうかな」

「うん、送るから」


 お兄ちゃんの方に事情を説明して外へ。

 屋内は冷房が効いていただけに外に出たらすっごく暑かった。


「暑いねー」

「うん」


 家に帰ったらなにをしようか。

 夏休みの課題はもう終わらせてあるから手伝うぐらいがやれることか。


「奏くんは宿題終わった?」

「まだ残ってる」

「早く終わらせておいた方がいいよー、後になればなるほど面倒くさくなるから」


 ソースは私。

 暑さと面倒くささが凄くて放置していた結果、最終日付近になっていて慌てて新くんに頼ることになった苦い思い出がある。

 流石に中学生になった頃には真面目にやるようになっていたから小学生時代にしか黒歴史はないんだけども。


「天音が見てくれていればやる気が出るかも」

「それなら私の家に持って行ってやる?」


 エアコンはつけるの禁止だけどリビングはまだマシな感じがする。

 飲み物をきちんと飲んでいれば大丈夫だろうからと説明したら、彼は「すぐに取ってくる!」と物凄く元気な感じで走っていった。


「お待たせ!」

「あ、ちょっとじっとしてて」


 今日はまだ使ってないから大丈夫だと内で言い訳をしておでこに滲んだ汗を拭かせてもらう。

 なんにも言わせずにそのまましまって、なんにもなかったかのように歩き出した。

 こういうさり気なさがいいと思うんだよね、なんで小学生の男の子相手に好感度を稼ごうとしているのかが分からないけれどさ。


「天音、これ持って」

「いいよ」

「それと、ありがと」

「どういたしまして」


 にしし、鬼母も小学生の子を連れてきたとなればエアコンをつける許可をくれることだろう。

 あのね、無理して我慢して死んでしまったら自分の責任になるんだから気をつけた方がいい。

 万が一死んだ場合の方が電気代なんかよりもかかるんだから尚更ね。


「ただいま」

「おじゃまします」


 あー……リビングに鬼母がいるから部屋でやることにしよう。

 初めてというわけではないから奏くんには先に行ってもらっておいてその間に説得をする。

 今日だけという限定ではあったが許可が下りたので飲み物を持ってちょっとハイテンションな状態で2階に上がった。


「エアコンをつけてもいいと許可が下りましたっ」

「だいじょうぶ、宿題やるから天音は自由にしてて」

「分かった、分からないところがあったら遠慮なく聞いてね」


 とはいえ、汗をかいたからベッドには座りたくない。

 なので彼の対面に座って見ておくことにした。

 ガン見じゃないよ? ただぼけっと天井を見上げたりとかしているだけ。

 想像だけど、新くんとは少し違うような顔つきに変わっていくんじゃないかと想像している。

 なんかもっと大人っぽいというか、乙女ゲーに出てくる男の子みたいになんて大袈裟なことを言うつもりはないけど格好良くなってくれるんじゃないかってね。

 そうしたらまず女の子は放っておかないと思う、というか、中学生になった途端に「彼女できたからもう会うのやめる」とか言われかねないぞ。


「ん? どうしたの?」


 なにかついているのだろうか?

 彼はふっと視線を宿題の方に戻していたけど……不安になるからなにか言っておくれよ。


「や、やっぱり臭かった?」

「え? ちがう」

「分からないところがあったとか?」

「ちがう」


 私が知りたいのはどう違うのかであってですね……。

 いや、宿題を再開してしまったから邪魔するのはやめよう。

 新くんに言われてもショックだけど奏くんから言われたら多分ショック死する。

 

「本とか読んでていいよ、転んだり自由にしてくれればいい」

「分かった」


 それなら少し転がっていることに。

 横に視線を向けてみれば律儀に正座をしている奏くんの下半身が見える。

 夏というのもあって半ズボンのため、高校生の男の子とは違ってつるつるすべすべの足が。


「なっ、なに!?」

「あ」


 気づけば手を伸ばして触れてしまっていたらしい。

 慌てて謝罪をして手に注意をしておく、小学生に手を出したら犯罪だぞ……。


「こ、怖がらないでね? いまのは気づいたら触っていただけだから」


 いや、それが問題でしょうよと自分にツッコミを入れる悲しい時間となった。

 怪しい大人はこうやって言って騙すんだよ、彼からしたら私がそれだよ!


「ごめん……」

「もう謝らなくていい」

「そっか、奏くんは優しいんだね」


 今度は許可を貰ってから頭を撫でさせてもらった。

 こういうことをしたかったんだよ、なんか年上らしいでしょ?

 子ども扱いをしているわけではない、本当に優しいと感じたからこその行為。

 そういうつもりではないけど、ひとりの人としてきちんと見ているのだ。


「そうだっ、昔みたいに膝枕してあげようか?」

「え……」

「い、嫌ならしないけどさ……」

「あ、なら……」

「うん、どうぞっ」


 大丈夫、さっき上がってくる前に汗ふきシートで拭いたから!

 正座をして待っていたら彼が横にやってきて体重を預けてきた。


「いつもありがとね、一緒にいてくれて」

「それはこっちが言いたいことだから」

「でも、無理はしないでね、お友達を優先したかったらお友達といてくれればいいからね」

「うん、だいじょうぶ」


 気づいていないだけなのか、気づいているけど気づいていないふりをしているだけなのか。

 彼のことを気になっている、もしくは好きな子はそこそこいそうで。

 だからこそこうして彼の時間を取っているのはいいのか悪いのかと考えてしまう。

 言ってしまえばその後のおまけみたいな感じでいないと駄目なのだ。

 メインみたいに側にいるのは良くない、だからといって自分から距離を置きたくないという難しさがそこにある。


「奏くんが来たくなったら来てくれればいいからね」

「うん」


 彼の意思でしていることならなにも言うまい。

 私のところに積極的に来てくれるのなんて福島兄弟ぐらいしかいないからね。

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