物の人語

口一 二三四

物の人語

 彼女は生まれながらにして女優であり男優であった。

 人の営みに加わる形でロボットが普及し始めた時代。

 そんな世でも人が人を演じることを辞めない中、彼女は新たな一員としてその姿を現した。


『多機能女優男優人形』


 付属のパーツと配役、指示さえあれば完璧な仕事をこなすロボット。

 素体となるボディが女型だったため彼女と呼ばれているが、実際には性別の無い自我を持つ人形。

 人間とは違う体の作りは、しかし外見からは見分けがつかず。

 監督の抽象的な注文にも即座に答え、与えられた役、渡された台本通りの演技を披露する姿は若手から大御所、さらには映画館へ足を運ぶ人々をも魅了した。

 人では醸し出せぬ魅力にファンもつき、時には小さな子供からファンレターを送られることもあった。

 無理難題でなければリテイク無しの一発オッケーで通す彼女に誰もが注目し、その完璧さ故に一部の人間からは疎まれていた。



 ――人間は人間が演じてこそ。ロボットが人間を演じても滑稽でしかない


 一番初めに声を上げたのは数々の名作を世に送り出した業界の重鎮。

 時代錯誤なことを言っても許される大物の一言もあり、計画されていた彼女以外の俳優人形製作は中止となった。

 既に存在する彼女も徐々に作品数を減らした。

 と言っても出演のオファーが減ったわけではない。ただ彼女だからこその起用が減ったのである。

 パーツと配役さえ与えればどんな演技も完璧にこなす。つまりそれは『どんな俳優にもなれる』と言うこと。

 人間はロボットと違いある日突然作品に出られなくなる。

 病気、事故、育児、出産、加齢、死、そして、スキャンダル。

 新たな役者を連れてくるにしても手間とコストがかかる。既に撮り始めているのであれば撮影し直しも考えなければいけない。

 そんな現場に彼女は頻繁に呼ばれ、抜けた役者の代役として数多の作品に使われるようになった。

 一本、十本、百本……。

 数を重ねるごとに彼女を役者としてではなく、役者を演じるロボットとして見る人が増えた。

 役者時代を知っていた者も少なくなり、正式名称も彼女の素体に刻まれたモノ以外見ることはほとんどなくなった。


『多機能役者代役人形』


 それが人々が付けた彼女の新たな名称だった。



 彼女が生まれて随分と時が経った。

 全盛期の頃と比べて動きも鈍くなり、リテイクを出すようになった彼女の寿命はもうすぐそこまできていた。

 しかし誰も気に留める者はいない。

 所詮はロボット。人間の暮らしを豊かにするため作られた存在。

 いなくなれば不便になるが、たったそれだけのこと。

 誰かの代役として使われ続けた人形は、誰でもない物のまま処分されようとしていた。



「キミ、なにか演じたい役はあるかな?」


 そう聞いたのはある年老いた監督。

 彼女がまだ女優、男優として作品に出ていた時を知る数少ない人物であり、スクリーンに映る姿に淡い恋心を抱きファンレターを送った子供でもあった。

 監督として大成した彼は、もう限界の近い彼女のために一本撮るつもりでいた。

 それは映画にのめり込むキッカケをくれた彼女への恩返しと、彼自身の悲願でもあった。


「…………」


 彼女は彼の問いかけを聞いてしばし黙った。

 元々が配役と指示で動くよう作られたロボット。

 それ以外の機能は作品を作る上で必要最低限程度しか搭載されていない。

 自我らしい自我があるにはあるが、果たして。

 言われたことを言われた通り行う彼女のそれが、どれほどのものなのか。

 沈黙を見れば誰の目にも明らかだった。

 与えられなければ何もできない。

 所詮彼女に願望など無い。言われたことを言われたままこなすだけ。

 監督以外誰もがそう思っていた。


「……私は」


 台本に書かれた一行を。


「私を、演じてみたい」


 静かに読み上げるような主張を、聞くまでは。



 世界に一体だけのロボットの映画は瞬く間に話題となった。

 興行収入の最終額を見る前に静かに停止した彼女の評価はその後見直され。

 現在は唯一無二の女優、男優として映画史に名を刻んでいる。

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