隣に住む幼馴染は、窓から侵入してくる頭おかしい奴なんだけど、どうすればいい?

久野真一

第1話 隣の彼女は自由奔放

 虚構における幼馴染の定番に、「隣の家に住んでいる」というのがある。

 そんな幼馴染は、たとえば、家族ぐるみの付き合いをしていたりする。

 あるいは、幼馴染は主人公を朝、起こしに来たりする。

 あるいは、窓辺で語り合ったりする。

 と、お約束を挙げれば枚挙に暇がないだろう。


 高校2年生の男子、瀬戸洋介せとようすけにも、そんな幼馴染がいる。


「おっはよー、洋ちゃん。今から、そっち行くから」


 元気いっぱいの声で電話口からしゃべるのは山岸遊子やまぎしゆうこ

 洋介の住む一軒家の隣に住む幼馴染だ。


「またテンション高いな。はいよ」


 いつもの事といった感じで受け流す洋介。

 3mは離れた隣家のベランダから、悠々と歩いてくる遊子。

 余人が見れば一体、何の冗談だと思う風景だろう。

 彼と彼女の部屋のベランダは、立派な橋で繋がれているのだから。


「改めて、おはよー。元気してる、洋ちゃん?」

 

 部屋のベランダまで到達した彼女は、窓をガラガラと開けて入ってくる。

 容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群として学校で知られている彼女。

 しかし、天才となんとかは紙一重と言う。

 彼女はまさにそれを地で行く存在だ。

 白いペンキで塗られた立派な橋を開通させたのも彼女の仕業。


「ま、元気といえば元気だな。しかし……」


 彼女が開通させた通路をふと見る。


「どしたの、洋ちゃん?」

「前よりだいぶ立派になってないか、その通路」


 ふと、彼女の背後を見ると、そこにあるのは白い橋。

 最初は、厚い木の板を白く塗装し、ベランダに打ち付けたものだった。

 それが、いつしか、立派な橋に進化した。

 落下防止用の柵に手すりまである立派な代物だ。


「せっかく作ったんだし、立派にしたいじゃん?」


 ふふんと不敵な笑みで胸を張る彼女を見て、ふと思い出す。

 二人で木材を使って簡易の橋をかけた頃を。

 それが小学校高学年の頃だったか。以来、少しずつ強化を重ねて今に至る。


「いくら何でも立派過ぎ。手すりもついてるし。バリアフリー過ぎる」


 ため息をつきながら言う洋介。

 今や、彼と彼女の部屋の間には障害がない。

 部屋の窓の鍵さえ開ければシームレスに移動出来てしまう。


「そんなに褒められると照れるよー」

「褒めてない、褒めてない」

「む。最初に作った時は、洋ちゃんも協力してくれたのに」


 痛いところをついてくる遊子だ。

 この橋の最初期の設計には彼も携わっているのだ。

 と言っても、厚い木の板を複数枚適当に繋いだだけの代物だが。

 よくあんな危ない橋を渡って……と回想する。


「今の状態に発展させたのは、ほとんどお前の力だろ」


 凝り性な遊子は、知識を得るにしたがってこつこつと通路の改良を重ねた。

 7年越しの改良を重ねた橋は、今は非常に頑丈になっている。


「洋ちゃんも協力してくれれば良かったのに」

「俺は飽きっぽいしな。橋が出来て満足しちゃったんだよ」


 面白がって協力していたものの、通路が安定するにつれ興味を失った。

 「隣同士で行き来するって、面白くない?」という提案に乗っただけのことだ。


「洋ちゃん、瞬発力はあるのに、そういうところ勿体ないよね」

「お前の方こそ、容姿だけ見れば可愛いのに……」


 なんで、こんな変な子に育っちゃったんだろう、と心の中でため息をつく。


「洋ちゃんも容姿だけ見ればイケメンなのに……」


 と言い合って、お互い笑い合う。

 二人の仲は、腐れ縁あるいは遊び友達といったところか。


「洋介ー、遊子ちゃんー。朝ご飯よー」


 一階から母の呼び声が響く。

 当然のように、遊子の名前が入ってるのはどう言えばいいのやら。


「はいはい。行きます、行きます!」


 と元気よく、部屋を出て、階下にかけおりていく遊子。

 

「ほんっと、困ったやつなんだから」

 

 言いつつも、洋介は自然と頬が緩むのを感じる。

 こんなちょっと変わった彼女が大好きだから。


「おばさま、おかわり!」


 ぱくぱくと白米をかきこんだ遊子は、早速おかわりコール。


「遊子ちゃんは、いつもよく食べるわよね」

「そりゃー、成長期ですから!」


 ほんとに元気のいいことで。


「ほんと、それだけ食べてよく太らないもんだ」


 ちょっと皮肉を込めて言うものの、


「そりゃあ、運動してますから」


 と、遊子は涼しい顔。


「そういうとこは、努力家なんだよなあ」


 遊子は筋トレを日課にしている。

 腹筋が割れる程ではないものの、基礎代謝が非常に高い。

 一日絶食してみたら、300gも減った事があるとか。


「筋トレ、洋ちゃんもやればいいのに」

「コツコツ続けるのは性に合わん」


 事あるごとに洋介を筋トレに誘おうとする遊子。

 コツコツ地道な作業というのが苦手な洋介にとっては、気乗りしない。


「「行ってきまーす!」」


 朝食を終えて、鞄を取って来た遊子はいつもこうして、彼の家から登校する。

 最初、彼女の父と母は苦い顔をしていた。

 しかし、我が子の奔放ぶりにいつしか諦めるようになって今に至る。


「たまには、自分ちから通学してやれよ。お袋さんも親父さんも嘆いてるだろ」

「もう諦められてるから大丈夫だって」

「開き直りもそこまで行くと清々しいな」


 奇行癖があると言われる洋介も、彼女には及ばない自信がある。


「んー。秋風が涼しいー。やっぱり、季節は秋に限るよね!」


 隣を歩く遊子は、目を細めて気持ち良さそうな顔。


「いやいや、春も捨てがたいだろ。桜も綺麗だしさ」

「んー、わかるけどー。花粉症とかあるし」

「お前、花粉症なったことないだろ」

「わからないよー?来年から、私も花粉症になるかも?」

「ならん、ならん」

 

 割とどうでもいい会話を交わしながら、登校をする。

 こんな風景は二人にとっては、いつものこと。


「おっはよー。皆!」

「おはよう」


 教室の扉をガラっと開けて、中に入る。


 いつものように、窓際の席に隣同士で座る。

 席替えの時に策を弄するのも常で、今のこの席次も根回しの結果だ。

 「なんで、俺の隣にこだわるんだよ」

 と以前聞いたことがある。しかし、答えは

 「毎年、隣の席とか、お約束っぽくてよくない?」

 とのことだ。つくづく、奇人、変人の類である。


 着席して、洋介は最近のマイブームである数独すうどくを解き始める。

 頭を使う遊びが好きな彼は、パズルを好む。


「最近、いつもやってるけど、数独、面白い?」

「結構頭使うから、面白いぞ?遊子もやってみ?」


 数独を解きつつ、答える。


「ふーん。じゃあ、私もやってみようかなー」


 早速、スマホで数独アプリをダウンロードし始めた遊子。

 こうやって、彼が遊んでるものをやりたがるのもいつものこと。


「ほえー。結構、面白いね、これ」


 ちらりと横目で見ると、もう熱心に数独を解き始めている。


「だろ?頭の体操にちょうどいいんだよ」

「そんなこと言って、一ヶ月もしたら飽きてそうだけど?」

「その時は、その時」


 飽き性なのは自覚しているけど、性分なのだ。


「なあなあ、それって何やってるんだ?」


 声をかけて来た方を見やると、そこには長身の男子。

 真田佐助さなださすけという古風な名前の男子。

 高校に入ってからの友人だ。


「数独だ。佐助もやるか?」

「数独ー?なんだよ、それ」


 初めて聞いたとばかりの佐助に、ざっと概要を説明する。


「なんか、頭使いそうだな。俺はパス」

「やってみると、意外と楽しいぞ?」

「そりゃー、お前は頭いいしな」

「そうか?授業とか適当に聞き流してるけどな」


 あのくらいの内容に50分とか時間取りすぎだ、と心の中でつぶやく。

 簡単過ぎだ、とまで言うと嫌味っぽいので、そこは抑える。


「それで、テスト90点以上キープしてるから、頭おかしいんだよ」

「頭おかしい、ね。ま、いいけどな」

「む。佐助君。それ、私の事も言ってる?」


 頭おかしい、という言葉に反応したらしい。

 遊子が顔を上げて、不満顔で佐助を睨んでいる。


「い、いや。遊子ちゃんは別枠っていうか。そのー」


 洋介と遊子は秀才コンビとして同クラで知られている。

 故に、勉強絡みのツッコミは必然、遊子にもヒットするのだ。


「ま、いいけどね」


 さっきまでの不満顔が無かったかのように、数独を解きに戻る遊子。

 他人からの評価を「ま、いいけど」と受け流す二人。

 こんなのだから、変人同士と言われるのだろう。


(ま、今更気にしても仕方ないけどな)


 二人が変わっているのは昔からの事。

 今更、言われて傷つくヤワなハートは持っていない。


 しかし、彼が最近、少しだけ疑問に思うことがある。

 それは、「こいつ、恋愛とか興味ないのか?」ということだ。


 元々、二人一緒にいる事が多い彼ら。

 だからか、どちらも告白される事は非常に少ない。

 のだが、今朝は事情が違っていた。


「あの……山岸さん。ちょっといいかな?」


 声に二人して振り向けば、一人の男子生徒。

 160cmくらいのやや小さい背丈に、緊張が滲む表情。

 制服のボタンを全部きっちり留めている辺り、真面目さが伺える。


「あ、矢田部やたべ君。どしたの?」


 彼女と少年、矢田部真やたべまことはさして話す仲ではない。

 物怖じしない彼女にとっては、どうでもいいことだったが。


「お昼休みだけど、少し時間もらえないかな?」


 どこか恥ずかしげに、でも、精一杯の勇気を振り絞った声だった。

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