第16話 新しいもの
人が初めて見るものを警戒するのは当然だ。知らないものは怖い――そう感じてしまうものだから。
(私が今カフェで出しているものだってそうだわ。ここで馴染みのあるものからはじめて、少しずつ馴染んでいってもらったんだもの。新しいものが好きな王都の人でも、まったく知らないものははじめ、注文してくれなかったものね。ポテトサラダも、ピラフも。信頼を築けた今だから、新しいものでも楽しんでもらえているけれど)
グレースは長いようであっという間だった三年を振り返り、あらためて目の前のクリームに意識を戻した。
「レディ・グレース。このクリームと普通の生クリームで、扱いの違いはあるのですか?」
「扱いですか?」
思ってもみなかったオズワルドの質問に目を瞬かせると、彼は軽く頷いた。
「そう。代替品とはいえ違いはあるでしょう。それとも全く同じに使えるのでしょうか」
「違い……」
グレースは今日試したことと前世の記憶をさらった。代替クリームは、ほぼ前世でいう植物性生クリームと同じだと考えていい。
「そうですね。ミルクを嫌いな人にしか差は分からないように思いますけど、あの独特のにおいが苦手な人にはこちらの代替品のほうが喜ばれると思います」
「なるほど。僕の知り合いでもミルクが苦手な人がいますよ。そういう方がクリームを楽しめるなら喜ばれるかもしれませんね」
オズワルドが優しく目を細めるのを見て、グレースはどぎまぎしながら視線を下げた。薄く色のついた眼鏡越しとはいえ、間近で見てしまった微笑みに心臓がバクバクとうるさく騒ぐ。
(こんな静かな店内で、心臓の音が聞こえちゃったらどうしよう)
突然、今ここに二人きりだという事実に気づいてしまい、グレースは(これは仕事、仕事です!)と言い聞かせ、なんでもない顔で微笑み返した。こんなとき感情を上手に隠せるのは、祖母から受けたお嬢様教育のたまものだ。おばあ様、ありがとう。
「あと、これはまだ予想の段階なんですけど、こんな風にケーキに添えたり手軽なお菓子を作るなら、この代替品が合うと思うんです。でも火を通す料理やチョコを使うなら本物の生クリームが合うと思います」
「チョコですか?」
「え……ええ、なんとなくですけど」
生チョコとか、トリュフとか――そんなことを考えていたグレースは、オズワルドの言葉にあわてて言葉を区切った。コーヒーと共にイリシアに流通する様になったチョコは、まだここでは飲み物か薬の扱いをされることが多い。菓子として食べるのは一般的ではないことを思い出したのだ。
「ホットチョコを、食べられるお菓子にしたらおいしそうですよね」
そんなものが上流貴族では流通していると聞いたとグレースが言うと、オズワルドは少し考えるような仕草の後、何かに気づいたように「あっ」と言った。
「チョコの菓子、食べてみたいですか?」
「はいっ!」
前世で大好物だったため思わず即答してしまい、あわてて口元を手でおさえる。子どもっぽいことをしてしまったと焦るものの、彼は全く意に介してないかのように優しく笑った。
「もしかしたら手に入るかもしれないです」
(それって、分けてくださるってこと?)
ニコニコしているオズワルドにそれ以上追及することはできないけれど、なんだか楽しい気分になったグレースはにっこりと微笑んだ。
もしチョコがあったら何を食べたいだろう。
チョコチップクッキーにトリュフ。生チョコにチョコレートケーキ。夏だったらアイスクリームも素敵。バニラとチョコの組み合わせなんてできたら最高だ。
(ああでも、一番好きだったのはチョコと生クリームが入ったクレープ! バナナかイチゴがあれば最高だったわ)
頭に浮かんだ懐かしい映像に、グレースは「あ……」と声を漏らした。
「レディ・グレース?」
「クレープ……。オズワルドさん、クレープってどうでしょう」
「クレープですか? あたたかいクレープは今の時期に合うものですが」
オズワルドが戸惑うのを見て、グレースは小さく頷いた。
ここでのクレープは、煮詰めた果汁などに煮からめたものを食べるのが一般的だから、生地に何かを巻いて食べるということはしない。そのためオズワルドが不思議な顔をするのはもっともだった。
「はい。私が考えているのは、クレープの生地をソースで煮ないで、このクリームを巻いて食べるものです。まずは気軽に食べてもらえば、これが怖いものではなく、いいものだってわかりやすいと思うんです」
屋台で食べ物を買う文化が浸透しているのだ。歩きながらでも食べられるクレープは受けるのではないだろうか。
「煮ないとボソボソしませんか?」
その疑問にグレースは少し考えてから、「大丈夫、だと思います」と頷いた。
「明日試作品を作りますので食べていただけますか?」
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