第2話 レディ・グレース②
それもこれもきっかけは突然事故で父親が亡くなったことと、それに伴い判明した莫大な借金のせいだ。
「お父様、いい人だったんだけどね。いえ、人がいいというか、お人よしというか」
現世の父であるソリス伯爵は、一言で言えば投資に取りつかれた人だった。いい話があるとすぐに金を出してしまう。気前がいいと言えば聞こえはいいけれど、実際は計画性がないうえに大変な楽観主義者だった。
おかげで先祖代々の財産は食いつぶされ、父の死で残ったのは莫大な借金。優雅に見えていた生活は実は張りぼてだったと分かった時、グレースは目の前にスーッと暗闇が落ちてきたものだ。
(ええ、おばあ様が実際倒れたのも無理のない金額だったわ。あのくそオヤ……げふんげふん)
心の中で女子高生だった前世の自分が顔を出し、ぱぱっと打ち払う。今の立場はれっきとした「レディー(貴族の令嬢)」の称号を持つお嬢様なのだ。汚い言葉は控えないといけないわ、おほほ。
「はあ。腐っても鯛……、いえ、この場合は武士は食わねど高楊枝が近いかしら」
当時の年齢のせいか、思い出した前世の記憶は美古都が高校生くらいの頃までだ。自分がそのあたりの年で死んだような記憶がないので、また何かのショックで先のことは思い出すかもしれない。
それでも前世を思い出したことでグレースは変わった。
深窓の令嬢ともいうべき、か弱い女の子を卒業できたのだ。
「もし前のグレースのままだったら、何もしないで、年単位で現状を嘆いて泣いていただけだっただろうな」
そう思うとちょっと恥ずかしい。でも実際は泣いてる余裕などなかったのだ。
グレースの母は十年前に流感であっけなく命を落としている。両親なき今、グレースは祖母と四歳年下の弟、そして領地を守らねばならない。でもか弱いお嬢様では何もできない。だからこそ、見ていられなくなった前世の自分が飛び出してきたのかもしれない。
以前のグレースは体が弱く頭痛持ちで、領地にあるカントリーハウスの中が世界のすべてだった。だが美古都の精神はまさかの原因を突き止めてそれを打破し、今ではすっかり健康になった。それに伴い言動も変わったのだが、周りからは父の死で大人になったのだろうと思われたようだ。時々発言が変なのも、おとぎ話しか知らない世間知らずだからだ思われるのも不幸中の幸いといえる。
母を早くに亡くし、頼りの父まで亡くしたのだ。そうせざるを得ないのだろう、と。
めまいがするほどの借金があったが、幸運にもグレースには弟がいた。グレースのほうが四歳年上だが、残念ながらこの国で爵位を女性に譲るには複雑な手続きが必要で、父はそれをする前に亡くなってしまった。
まさか父もこんなに早く死ぬとは思ってなかっただろうし、娘はいずれどこかに嫁ぐと思っていたのだろう。頭痛持ちで社交界デビューも逃した令嬢には、恋愛はおろか、出会いさえ無縁だったのに。
「というか、万っっっが一、物好きな相手がいたとしても、持参金さえ用意できなかったでしょうけどね」
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