最終話 雨のち雨

  染み付いた声が僕の中で響く。君の声。

僕は1人歩いている。目的地のない道を。

泣くこともしなくなった。いつから泣いていないだろうか。君が眠りについてからかな。

泣けない苦しみが僕を襲う。僕が愛した人。

路地裏で僕の時が止まる。僕の人生はあれから止まったままだ。静止画の中で僕は生きる。君が起きてくれたら、それだけでいいのに。



 今日は君へ会いに行く。一番胸が苦しい時間だ。君はそこにいて、生きている。なのに僕に笑いかけてくれない。目を覚ましてくれない。梅雨がもうすぐ終わろうとしている。僕はいつまで君は眠りを待つのかな。君の手を握る。まだ、あったかい。君が生きているのを感じる。君の寝顔を見ていると僕も眠りにつきたくなる。僕も苦しみを全て忘れて眠りにつきたい。君のように気持ちよさそうに...。


君が僕の手を強く握る。僕のこころの鼓動で外の雨の音は聞こえない。僕は驚く。あれだけ待った日が来る。そう予感する。夏の匂いがする。

     君は瞼を徐に開けた。

前が見えない。僕の目には涙が溢れる。始まるよ、僕と君の夏が。僕は君に抱きついた。君は悲しい顔をしている。なんで、そんな顔するんだよ。その時、君は僕に言った。

  「ごめんね。いつかの夏でまた会お。」



そこで僕は自分が寝ていたことに気づいた。

君の起きた顔を見たのはこれで最後だった。

僕は眠り続ける君の横で寝てしまっていた。夢だったのか。あぁ、なんでだよ...。

君は僕の夢の中で目を覚ました。そして、


ごめんだなんて..。なんでそういうこと言うんだよ。馬鹿野郎。君がいたから、僕は僕でいられたんだ。目には涙。何年ぶりだろうか、涙なんて。君はもう目を覚まさないのか?

起きないつもりなのか?

僕は夢の中で夏の匂いを感じた。それだけでよかった。君が目を覚ました瞬間を見られて良かった。

それから数日後、梅雨は明けた。





それから何十年後かの僕が死ぬ日。君が目を覚めることは一生なかった。あの日、あの夢で見た君を今でも忘れてないよ。君を待った路地裏を思い出す。

今年も梅雨がやってくる。また君と夏に会いたい。梅雨の明けた青い、青い空を見たい。君と当たり前の話をしたい。僕は先に空へゆくよ。君はまだここで眠るのか?次に会った時は千年分の夏を一緒に過ごそうよ。

僕は孤独ではなかった。僕の記憶の中に君はいた。あぁ。夏の匂いがする。またな。

      僕は目を閉じた。


  



    完結。夏の匂い。        それは夏の始まり。それは梅雨の終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眠れる梅雨の美女 ヤグーツク・ゴセ @yagu3114

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ