彼の日記
今日も昨日と同じ一日そして明日もきっと同じ
9月23日(水) 雨
今日も15分足のドル円チャートを眺めるだけで一日が終わってしまいそうです。ここ数日は本当に動きがないですね。売りも買いもできない状態。2日前に104円ロングをポジっておいたのは大正解です。今はもう105円まで戻してきていますし、あとはいつ利確するかって感じでしょうか。
FXは神!
今みたいな生活ができるのはFXのおかげです。怒りに任せて辞表を叩きつけたのが3年前。もちろん次の就職先なんてすぐに見つかるはずもありません。と言うより当時の私には働く気がなかったのです。貯金を取り崩しながらネットをするだけの日々。あの頃が私の人生でもっとも堕落していた時期と言えるでしょうね。
「別に今日限りで命がなくなっても構わないさ」
そんなことはこれっぽちも思っていないくせに強がりばかり言っていたような気がします。生活も荒れていましたねえ。外出するのは買い物だけ。まあそれは今でもたいして変わりません。食事はひどいものでした。酒しか口にしない日が月に何度もありました。いわゆる自暴自棄ってやつでしょうか。そんな状態で目にしたのがFXだったのです。
「わははは!」
あんな大声で笑ったのは久しぶりでした。ネットで見つけたのは資産運用に失敗した方々の体験記。特に面白かったのはFXで大損をした投資家たちの断末魔のような阿鼻叫喚でした。人の不幸は蜜の味とはよく言ったものです。
――虎の子の200万があああー!
――主人には言えない。風俗に落ちるしかない……。
――強制ロスカットされました。次はリストカットです。
――うそだあー、どうしてだよー、助けてー!
そんな彼らの恨みつらみ嘆きを笑いながら読んでいるうちに、ふと、自分が彼らの立場だったらさぞかし愉快だろうなあと思うようになったのです。投資に失敗して泣きわめき、貯金をなくして一文無しになり、毎日小麦粉をなめて飢えをしのぐ、そんなみすぼらしい自分の姿を見たくて仕方なくなったのです。
異常?
そうですよね。自ら不幸を望むなんて正常とは言えないでしょう。あの頃の私は自分自身を嫌っていたのです。嫌いな人物が不幸になれば嬉しくなるでしょう。不幸のどん底に落ち込んだ大嫌いな自分を眺めて愉悦に浸りたい、そんな倒錯した思いに囚われていたのだと思います。
そしてもうひとつ、嫌いな自分を滅すれば新しい自分に生まれ変われるはず、そんな期待もまた抱いていたのです。貯金が底を突けば嫌でも働かざるを得ません。死んでも構わないなどとほざいている人間ほど生への欲求は強いのです。当時の私がまさにそれでした。自分の体を鞭打つことで自堕落な生活から脱却しようとしたのです。FXで文無しになって今の人生をリセットすれば真っ当な社会生活に復帰できるはず、そんな虫のいい願望もまた心の奥底に潜んでいたのだと思います。
「大損してやる」
何の知識も持たぬまま口座を開設し取引を始めました。儲ける気など毛頭ありません。もともとあまのじゃく気質の私は相場の流れに逆らうように取引しました。上がり始めれば売り、下がり始めれば買う、それが逆張りという手法だと知ったのはだいぶ後のことです。
その結果は、
大失敗でした。
そうです。ひと月もたたないうちに私は自分の失敗を認めざるを得なくなりました。純資産は減るどころか増える一方なのです。さまざまな通貨で売りと買い両方のポジションを保有するという滅茶苦茶な取引をしているにもかかわらず、全ての評価損益がプラスになっていました。ビギナーズラックというにはあまりにも運が良すぎます。そして増える一方の評価残高を眺めているうちに私の気持ちは変わり始めました。
「もしかしたらコイツで生計を立てていけるのではないか」
それからは投資に関するノウハウを必死になって集めました。でたらめな取引はやめてリスクを最小限に抑える手法に切り替えたのです。ところが不思議なもので手堅く運用し始めた途端、勝率はがた落ちしてしまいました。人間、欲に駆られるとろくなことはありません。無欲こそが一番の武器なのでしょうね。
今のところ勝率は6割といったところでしょうか。それでも普通に生活する程度の金額は稼ぎ出せています。
「おっと、動いた」
今、30ピピほど動いたので手動決済させました。こうして日記を書きながらでもチャートからは目が離せないのです。とりあえず益が出たことですし今日はこれまでにして寝ることにしましょう。
「ふう~」
ため息が出てしまいます。一日中部屋にこもってディスプレイに表示されるグラフを眺めるだけの毎日。幸福なのかと問われれば即答はできかねます。無機質な虚像ばかりを見せられているこの哀れな両目に、広大な青い海や鮮やかな山の紅葉を見せてやりたいと思うことがよくあります。
けれどもたとえ外出したとしてもそんな無価値な景色には目もくれず、スマホに表示される有益な投資情報ばかりを見てしまうことでしょう。いつかこんな自分から脱却できる日が来るのでしょうか。それは今の私にはわかりません。
9月26日(土) 雨
今日で4日も雨が続いています。今年の残暑は厳しいのでこの雨はありがたいですね。エアコンをつけなくても快適に過ごせます。ただ食料の買い出しに行けなかったのが残念でした。為替市場が休場の土日は掃除洗濯買物などの雑用を片付ける日。スーパーへは自転車なら15分ほどですが歩くとなると40分くらいかかってしまいます。往復で1時間半はさすがにツライ。まあ明日は晴れるでしょう。
それでも暇じゃないのかって? ゲームとかはやらないのかって?
そうですね。いくら雑用に時間がかかると言っても、土日全てを費やすわけではないですからね。実は以前、ネットで提供されている有名なオンラインゲームに登録したことがあるのです。登録だけなら無料ですからね。
けれどもどうにも面白くないのですよ。クエストを思ったように進められないとイライラするし、逆に簡単にクリアできてしまうとツマラナイ。レベル上げは単調で飽きてくる。見知らぬプレイヤーとの協調プレイは気ばかり使って少しも楽しくない。そんなこんなで1週間もたたずにアカウントを削除してしまいました。きっと私には向いていないのでしょう。静かに本を読んだり音楽を聞いたり何もせずにぼ~っとしているのが一番です。
『来週はアメリカの雇用統計』
大切なことなので『』付きで記入しておきました。市場が休みでもFXは休みません。土日は為替展望や市場レポートなどを読み込んでいます。経済指標のチェックも重要。相場が大きく動きますからね。まあ今回の雇用統計が悪化しそうなのは織り込み済みでしょうから相場への影響はあまりないでしょう。
今年はコロナの影響で円高一直線。現在の105円から見ると2月に付けていた112円は富士山の頂のようにかすんで見える高さです。3月にコロナショックで101円台まで円高が進んだときはかなり儲けさせてもらいましたよ。あの時は日本だけでなく世界中の株価が総崩れでしたからね。高笑いした人の数だけ大泣きした人もいたことでしょう。お気の毒さま。
とりあえず売っておけば大丈夫な一年だったわけですが急に高騰したりするのが為替の恐ろしさ。リスクヘッジは大切ですね。先日ポジった104円ロングも指標発表前に決済しておいたほうがいいかな。
売り買いだけなら猿でもできる!
そう、結局のところ相場は上がるか下がるか変わらないか、この3通りしかないのですよね。だから適当にポジったとしても儲かる確率は2分の1。損する確率も2分の1。正確にはスプレッドがあるので相場が変動しなくても損はするわけですが、最近はほとんどの業者が1銭以下なので無視できるでしょう。つまり何も考えずに取引しても平均すれば儲けはないけど損もない、それが本来の姿なのです。
それじゃFX殉職者たちの阿鼻叫喚は何なの?
と思いますよね。ビギナーズラックで勝率100%だった初心者の頃の私もそれが不思議で仕方なかったのです。でも儲け心が芽生えて普通に負けの回数が増えてくるとその理由がなんとなくわかり始めました。
たとえ勝ちと負けの回数が同じでも、小さく儲けて大きく損をすればトータルでは損になる、それだけのことなのです。
儲かっていると早く利益を得たくてまだ儲かりそうなのに小さな益で利確してしまう。逆に損しているときは相場の反転を期待してズルズルと損失確定を引き延ばし、その結果傷口を大きくした時点で泣く泣く決済する、あるいは強制ロスカットされてしまう、それがFXで悲嘆の涙にくれる方々の行動様式なのです。
わかっている、でもできない……
そんなことは誰でも知っているのです。大きく儲けて小さく損する、それが投資の基本であることは常識なのですから。しかし人間はいつでも理性的に行動できる生き物ではありません。その逆を行ってしまうことが多いのです。
自分の負けを認めたくないからです。大丈夫、まだ負けてない。我慢していれば勝てる、マイナスがプラスになるまで耐え切れば負けじゃないんだ、そんな心理が投資家を破滅に導いてしまうのです。
ああ、これは自分への戒めですね。
こんなことを書いている私もまだ未熟者です。損切のストップ注文を出していても手動で取り消してしまう、あるいはもっと低いレートに設定し直す、そんなことが今でもあるのです。マシンのような冷徹な心で一度決めたルールを遂行できればもっと大きな収益をあげられるのでしょうね。
おや、もうこんな時間ですか。くだらない戯言を書くのはやめてそろそろ眠るとしましょう。平日はチャートを眺めて一日が終わり、土日は雑用と情報収集と下らぬ妄想で一日が終わる、こんな日々があとどのくらい続くのでしょう。
もちろん不安はあります。奨学金返済もありますし生活費も稼がなくてはなりません。会社を辞めていなければ普通に結婚して普通に子供を作って、平凡でも安定した生活ができていたかもしれない、そんな思いに駆られることもあります。
でも後悔はしていません。あのままあの会社で働いていたらきっと体も心もズタボロになっていたでしょうから。それにサラリーマンだって単調な日々が続くだけです。その点では今のこの生活とさほど大きな違いはないでしょう。毎日が同じことの繰り返し、幸福な暮らしとはそういうものなのかもしれません。
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