アネモネ恋話
ジョボバンタ竹田
第1話 コーヒーの味
いつも閑古鳥が鳴くこの店に、久々にドアベルの音が小気味よく響いた。
入って来たのはまだあどけなさが残る青年だった。
「あっ、あの!ブラックコーヒー、いただけませんか。」
遠慮がちな青年の態度を微笑ましく思いながら、慣れた手つきでコーヒーを淹れる。
「あの、俺こういうカフェとか来るの、初めてで…」
「そうなんですね、しがない喫茶店ですがゆっくりしていってください。」
そわそわと忙しない青年ににっこりと微笑んだ。
「こういうオシャレなカフェの店主って男性の方だと思ってました。若い女性でもカフェってやるんですね。」
「ありがとうございます。さぁ、できあがりましたよ。」
私は彼の前に湯気の立つコーヒーを置いた。
でも彼はじっと見つめるだけで飲もうとはしない。
「どうかされましたか?」
「あっ、えっと、その……」
彼はしゅんとした表情で言った。
「俺、ブラックコーヒー苦手で……」
「あら、シロップとミルクもお出しします?」
「あっ、いえ!ブラックコーヒーで大丈夫です。」
そう言って彼はグイッとコーヒーを飲み、渋い表情で嗚咽を漏らす。
その姿に思わずクスクスと笑ってしまった。
「そんなに苦手なのにどうしてブラックコーヒーを?」
彼は頬を染めながら、言葉を漏らす
「好きな人が…大人びた人が好きって……」
恥ずかしそうに俯く彼がとても愛おしく感じた。
それから彼は毎日欠かさず来てくれた。
ブラックコーヒーを渋い表情で飲み干すのを見ながら色々なことを聞いた。
彼は私の3つ下で大学生であること、好きな人は彼と同い年で、同じ大学の子であること。今度その人とデートをすること。
来る度に彼の髪型や服装が大人っぽく変わっていくのも日々の楽しみだった。
ある時、親戚の訃報で店を空けることになった。
しばらくして店を開けると、1番に彼が来てくれた。
「いらっしゃいませ、お久しぶりで……」
そう言いかけた時、彼の顔を見て目を見開いた。
彼は大粒の涙をボロボロと流していた。
「俺、ふられちゃいました。」
嗚咽を漏らしながら泣き止まない彼をカウンターに座らせた。
「俺、実は服はカジュアルじゃなくてストリート系が好きだし、髪もこんな栗色じゃなくて黒髪のままがいいし、ブラックコーヒーよりカフェオレの方が好きなんです。でも、」
彼は大きく息を吸うと、叫ぶように泣いた。
「俺、彼女のためにっ、彼女の1番になるためにっ、頑張ったのに!」
ひとしきり泣いたあと、彼は大好きだと言うカフェオレを頼んだ。
だが、いつものようにブラックコーヒーを目の前に置いた。シロップとミルクを数個添えて。
彼は驚いて私を見上げる。
「私は、背伸びしようと頑張ってる姿、好きでしたよ。」
彼ははにかむように笑いながらミルクとシロップを入れて美味しそうに飲んでいた。
いつか彼が、私のために努力してくれる日が来ることを願いながら今日も彼のためにコーヒーを淹れた。
私の恋がどうなるかは、まだ誰も知らない。
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