竜と幻想~イリニの住人による竜の探索記録~

カザハタ

プロローグ・彼女は今日も荒野を眺める

「ふむ……」

 ヘラは風に煽られた赤い髪を押さえつけて、遠くを睨む。イリニの町の一番西側にある見張り台の上から、さらに西側にある荒野には、大きな砂嵐が舞っていた。


「これは、来そうだな」

 ヘラは見張り台に備え付けられた鐘を三度鳴らすと、素早く見張り台を降りた。


「ヘラさん、どうしたんですか!?」

 見張り台を降りると、一人のエルフが銀色の髪を振り乱しながら駆け寄ってくる。


「イールオール、急いで建物の影に隠れろ。あれが来るぞ」

「わ、わかりました!」

 イールオールは腕に薬瓶を抱えたまま町の東側へと逃げていく。さて、自分はどうしようか?

 ヘラは少し考えた後、畜舎にヤギを置いてきたままなことに気づき、避難する住民とは反対の方向へ駆けていく。すると誰かが「降ってくるぞーっ!」と叫び、直後に目の前へ硬い何かが降って地面を抉った。

 足元に転がるこれは……鉄鍋だ。地面にぶつかった衝撃でグシャグシャに凹んでいる。

 ヘラは西の空を見上げて、一歩右に飛び退いた。自分がいた跡には錆びた剣が刺さっている。

 さらに物は降ってくる。ヘラは走り出して数メートル先にあった家屋の影に隠れた。悲鳴が響き渡る中、落ちてきた無数の物が家の屋根を破壊していく。砕けた瓦の破片が地面に散らばるのを横目に、ヘラは畜舎へと向かった。

 畜舎には薄い茶髪の男が、怖がるヤギを引っ張って逃げようとしていた。


「ヘラ!危ないから隠れて……」

 彼がそう叫んだ瞬間、その頭に小さな何かか直撃した。


「れ、レフィ!大丈夫か!?」

 ヘラは慌てて倒れた男に近寄る。気を失ったのか反応が無い。脇を抱えて家屋の影まで引きずると、「物の雨」が止んだ。

 辺りはしんと静まり返る。物陰から住民達が恐る恐る顔を覗かせ、平和が戻ってきたことに安堵のため息をついた。

 ヘラもその場に膝をついて大きく息を吐く。町を見回すと、家の屋根や下ろし途中の積荷、店先に並べていた果物が辺りに散乱していた。とにかく酷い有り様だ。


 また町を直さなければ、と肩を落とす町長の姿が目に浮かぶ。

 これも全部、あの荒野にいる竜のせいだ。ヘラは西の空に高く舞い上がる砂嵐を見て、一際大きなため息をついた。

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