人肉即売会に行ってみた

出雲 海道太

第1話

 こんにちわ。WEBでレポ記事を書いたりしている体当たりライター、山田です。

 突然ですが、皆さん「人間の肉」って食べたことはありますか?


 ……恐らく「あるわけねえだろ」とお思いになる方がほとんどだと思います。

 それはそうです。人間の肉を食べた経験がある人は高確率でヤバい人でしょう。


 しかし、10年ほど前、僕は友人から「人間の肉を培養して売っている即売会があるらしい」という情報を聞きました。

 話によると、その肉は人の細胞を培養した「培養肉」なので誰かを傷つけているわけではなく、

 さらに危険物質も取り除いているので健康への被害も発生しない――とのことでした。


 「人間って実際食べたらどんな味なんだろう」

 無類の肉好きである僕は、好奇心をおさえることができなくなりました。

 ヒト、食ってみたい……。10年前の私はそう思いました。


 本当は、その時の体験は他言してはいけないのですが……

 その即売会は、いま全国でほぼ行われていないそうです。

 関係者もほとんど培養人肉からは手を引いているらしいのです。


 それならまあ記事にしてもいいだろうということで、10年前の記憶を元に記事を書いてみたいと思います。

 幸い、10年前の私は当時の出来事をスマホのメモに残しておいたので、文章に起こすことが可能なのです。

 ナイスだ、あの時の私。



 なお、詳しい場所や名前は伏せさせていただきます。ご了承ください。



 そもそものきっかけは、友人同士の飲み会でした。

 大学時代の友人で集まり合ってお酒を飲んでいた時、酔っぱらった一人の友人から言われたのです。

「山田、お前”人肉即売会”って知ってっか?」

「えっ、何それ……?」

「人間の肉をクローンにして売ってるイベントがあるんだってよ。お前体当たりライターなんだろ? 行って取材してこいよ、記事になったら読んでやるから」

 私のことを何だと思っているのかと言い返したくなりましたが、好奇心の方が勝り、ぐっとこらえて詳しく話を聞きました。

 書き出すと、友人の話はこのような感じでした。


・都内で”人肉即売会”というイベントが執り行われている

・会場は秘密だが、どこかのビルの地下で行われる

・売られている人肉は細胞をクローンして培養されたもので、本当の人肉ではない

・味は割と旨いらしい


 他の友人は全然信じておらず、「そんなの都市伝説だろ」「あっても行きたくない」と苦笑いでした。

 ですが、私は違いました。

 そんなアングラなイベントが本当に行われているのだとしたら、ぜひ参加してみたい。この目に焼き付けてみたい。

 そして何より、人肉というのはどんな味がするのか。

 気になりだしたら止まらない。私はそれから何日かかけて、人肉即売会の情報を集めました。

 知り合いのライターのツテも頼りながら調査すると、即売会についておぼろげに分かってきました。


 普通に調べてもなかなかヒットせず、アングラなサイトや掲示板を調べまくってようやく情報を得ることができました。


 まず、都内では人肉即売会は不定期に、場所を変えながら行われていること。

 人肉は危険物質を取り除いているため、健康的にも安全だということ。

 そして、開催場所はいずれもビルの地下であり、次回開催は僕の家から近い場所にあるらしいということ。


「ふーん、次回開催は〇〇ビルって所の地下なのか……いやちょっと待て、これ私の家の近所じゃね?!」


 偶然にも、開催場所は私の住居から電車で1本。

 ちょっとした運命めいたものを勝手に感じた私は、休みの日に早速そのビルへ向かいました。


 5階建てのそのビルは非常に古びていて、1階に小さな雑貨屋があるだけ。それ以外は全て空きテナントになっていました。

 雑貨屋が即売会の受付をしているということで、私は早速突撃しました。

 1階のドアを開けると、ペルシャ絨毯やらインドの像の置物やらアロマハーブやら、独特の商品ばかりが並ぶ、とてもオリエンタルな雑貨屋で一瞬面食らいましたが、ここでビビったら負けと思い、余裕の表情を装い、奥の店員に話しかけました。


「すみません、人肉の即売会があると聞いてきたんですが、私も参加できますか?」


 店員は、30~40代の男性でした。

 私の質問に即答はせず、無言で机の中から何かのチラシを出し、私に渡してきました。


「アレの参加希望者か。残念ながら今日は延期だ。このチラシに次の日時が書いてあるからよく読んでまた来い」


 そっけない態度でしたが、即売会があるのは間違いありません。むしろ確実な情報が手に入ったんだと私は嬉しくなりました。

 チラシは、「◆◆会」という団体名と、即売会の開催日時だけが書かれた簡素なもの。

 それによると、時間は10時から16時で、肉はなくなり次第終了なのだそうです。なるべく早く来た方が良さそうだと思いました。


「ありがとうございます。また来ます」


 私は店員にそう告げて、その日は店を後にしました。



◆◆◆



 そして開催日――時間ピッタリに、私は再びその雑貨屋に足を踏み入れました。

 店員に再度、参加希望の旨を伝えると、「わかった」と店員は頷き、何かの用紙を渡してきました。

 それは同意書でした。


「良く読んでサインしろ」


 同意書には、「即売会運営は、起きたことの責任はいっさい負わない」「この即売会の内容を他言しないこと。SNSにも拡散しないこと」といった項目があり、それらに同意した者だけが参加できるようでした。

 私が同意書にサインして店員に渡すと、


「くれぐれも言っとくが、写真は撮るなよ。この即売会が存続している限りは従ってもらう。分かったな?」


 そう念押しされました。正直ちょっと怖かったです。

 それから店員に店の奥へ案内されました。裏口のドアを開けると、そこには地下につながる薄暗い階段がありました。この奥に違いない。私の心拍数は否が応にも上がりました。

 私は慎重に階段を降り、突き当たりにある鉄製のドアを開けました。


 そこは、大きめの事務所くらいの広さがある空間で、明るく、多くの人で賑わっていました。

 あちこちに屋台があって、そこに並ぶ行列があって、肉の焼けるいい匂いで充満していました。

 客層はやや男性寄り。20代~40代が万遍なくいるような印象でした。女性の姿もちらほらと見えました。

 入り口では「即売会にようこそ~!!」というにこやかな係員がいたので、話を聞いてみることにしました。


「すみません、ここは初めてでして……どう回ればいいんでしょう?」

「あ、初めての方ですね! いらっしゃいませ~! ここは培養人肉をつかった料理や商品を売ってますので、各自の屋台で購入なさってください。向こうにはベンチもありますのでお使いになってくださ~い!」

「そうなんですか。人間の肉って……食べても大丈夫なんですよね?」

「ここのお肉は大丈夫です! 本来、人間の肉には「プリオン」というタンパク質が含まれていて、普通に食べると脳障害を引き起こしてしまうんですが、この即売会はプリオンを取り除いたプリオンフリーとなっております! 安心して食べてくださいね!」


 プリオンフリーとは、なかなかにすごいワードが飛び出たぞと思いました。私は平静を装い、さらに質問しました。


「何かおすすめの屋台ってありますか?」

「それなら、アイドルの培養肉を利用した”アイドルケバブ”が人気ですねー。大人気なんですぐ売り切れちゃうんですよー」

「アイドルケバブ……?!」

「あそこの列がそうですよ。人気グラビアアイドル・鞍馬塚れいこさんの培養肉です」


 係員が指さす方向には行列が続いていました。


「ご興味がおありでしたら、ぜひ並んでみてください! 人肉は待ってはくれませんよ!」


 人肉は待ってはくれない――。

 その言葉に言いようのないパワーを感じ、私はさっそくアイドルケバブの列に並びました。

 鞍馬塚れいこ。最近TVに引っ張りだこのグラビアアイドルです。

 抜群のプロポーションもさることながら、明るい表情に天然な発言から、バラエティ番組の露出も多く、タレントとして現在も活躍している方です。

 行列は見た目よりも回転が速く、すぐに前に進むことができました。。

 屋台には肉の入ったショーケースがあり、傍から見れば完全にお肉屋さんです。看板には「鞍馬塚れいこケバブ発売中!!」と楽し気なポップ文字が書かれていて、違和感がものすごかったです。

 ショーケースを覗くと、冷房管理された肉の横に鞍馬塚れいこの写真が飾られていました。まるでサイコホラー映画のようです。

 私が自らの倫理観と戦っていると、とうとう注文の順番になったので、意を決して頼むことにしました。


「アイドルケバブ1つください」


 驚くほどすんなりと声が出ました。店員はすぐに注文の品物を渡してくれました。


「はいよ。熱いうちに食べてね」


 小麦粉から作られたクレープ状の生地に、ぎっしりと詰まった肉。ほかほかと湯気が立ち上り、すごくおいしそうでした。値段は800円でした。

 ベンチに座って、さっそく実食タイム。

 どうしたものかと1分ほど思案しましたが、ここまで来たんだと自分を鼓舞し、えいやとケバブにかぶりつきました。

 ――おいしい。普通においしい。

 それが素直な最初の感想です。

 言葉にするなら「少し硬めの豚肉に近い」という感じでしょうか。若干の歯ごたえはありますが、しっかりと噛めば許容範囲。かけられたソースも良い味を出していて、すぐに完食しきってしまいました。

 しかし、その後すぐに、耐えがたい違和感に襲われました。

 あまりにパワーがありすぎる現実に、理性と感情がついていってないというか……。

 「これはうまいぞ」という心と、「いやでもこれって人間の肉なんだよな」という心がぶつかり、その繰り返しでどうしていいか分からないという状態に陥ってしまったのです。無理もないよねこんなの。

 そのようにして私が違和感と戦っていると、横から一人の男性に声をかけられました。


「どうしたんスか? 気分でも悪い?」


 髪を金色に染めた、整った顔の男性でした。ベンチャー企業の社長のような雰囲気を漂わせたその男性は、気さくに声をかけてきました。私は戸惑いながらも答えました。


「あ、いえ、その、初参加なんですけど少しびっくりしまって」

「あー、それはしょうがないっすよ。お肉はどうでした?」

「はい、味はとてもおいしかったです」:

「おおーそりゃ良かった! 実は僕、ここの主催者に肉の培養のやり方を教えたこともありましてね。そういう言葉を聞くと嬉しくなるんスよね」


 聞くとその男性はとある大学の研究者で、趣味が高じて培養肉を研究し、人肉培養のアイデアを考案した一人なのだそうです。

 名はもちろん伏せますが、この会場の影の立役者と言ってもいいかもしれません。

 再び好奇心の熱が灯った私は、色々と質問をぶつけてみることにしました。


「あの、聞いてもいいでしょうか。人肉ってそもそもどうやって培養するんですか?」

「おや、興味あります?」

「あります!! ……いや正直言うと、お肉の味そのものはおいしかったですし!」

「フッ、そう言われると嬉しくなるっスね。いいでしょう、答えられる範囲でならお教えしますよ」


 男性はニヤリと笑い、大きく頷いてくれました。


「いいっスか。培養のステップとしては、まず人間の体から皮膚を少しちょうだいするんです。皮膚といっても薄皮一枚だけで十分です。次に、その皮膚に特殊な遺伝子を注入して、IPS細胞化させます。IPSはご存じですよね?」

「分かります。30年くらい前にノーベル賞を取ったんですよね」

「そうっス。IPSは分かりやすく言うと、人間のどんな細胞にもなれる細胞のことですね。医療分野ではもう使われてるみたいですけどね」


 本来、皮膚の細胞は皮膚にしかなりません。けれどもIPS細胞にすれば体のどのパーツにもなれる。おいしい肉になるように調整することも可能だ――ということのようです。


「そうやって、皮膚細胞を「筋肉組織」と「脂肪組織」に変化させて培養していきます。なぜかというと、お肉のおいしさを決めるのは「筋肉」と「脂肪」だからです」

「なんだか植物を育てるみたいですね」

「そう、そうなんスよ。面白いですよね。それで筋肉細胞と脂肪細胞の培養がうまくいくようなら、プリオンみたいな危険物質を取り除き、あとは細胞を専用の3Dプリンターにセットします。あとは基本放置するだけっスね」

「えっ、培養肉って3Dプリンターで作れるんですか?!」


 3Dプリンターというと、フィギュアとかそういうものに使うとばかり思っていたので、思わず声をあげてしまいました。


「使うんスよ、3Dプリンター。というか、むしろそうじゃないとうまく作れないんです。肉と脂肪をそのまま培養するだけだと、ただのひき肉にしかならないんスよね。ロース肉みたいなちゃんとした形にするためには、力を加えながら成形する必要があるんスよ」

「へぇぇーー……」

「さらに、大きくするに従い、細胞が壊死する危険性もあるから、血管組織を作る必要がある。そういう細かい調整をするのに、3Dプリンターが適してるんスよ」

「すごい世界だ」

「そうやって3Dプリンターにセットされた細胞は、培養液に浸されながら少しずつ力を加えられ成形されます。そうして「栽培」された肉は良い感じの形になったら取り出して保存。これだけです。遺伝子をいじってますから腐りづらくて保存も効くんスよ」

「……よくわかりました。すごいテクノロジーが使われてるんですね。技術の発展ってとんでもなくヤバいですね」


 私は頷き、さらに質問を続けました。


「でもこれを作ったり食べたりする時、迷いはないんですか? だって……一応、人間の肉なわけですよね? 嫌悪感とかはないんですか?」

「嫌悪ですか? 別にないっスよ。そもそもなんで人肉食がダメかというと、「殺人になってしまう」のと「健康を害する」からでしょ」


 男性は、顎をさすりながらゆっくりと答えました。


「培養肉は誰も害しません。少し皮膚をもらうだけです。それに、遺伝子をいじって危険因子を取り除いてますから、健康へのリスクもない。どこの誰も傷つかず、おいしく肉を食べられる。それは素晴らしいことですよね」

「なるほど」

「それに、常識ってのは常に更新されていくもんです。「食事における常識」だって、当然、常に変わる。かつてのタブーだからといって、頭ごなしにすべてを否定するのはナンセンスだと僕は思います」

「……なるほど」

「それに……この即売会は動くお金もバカにならないっスからねぇ。ひっそりやっているのにも関わらず、売り上げは右肩上がりですから」

「この即売会って、売り上げ的には好調なんですか」

「フフッ、かなりいいっスよ。というのも、僕が思うに、この即売会はただ肉を食べるだけじゃないですから。アイドルや芸能人の肉を食べるという、密かな背徳感があるんです」


 男性はニッと歯を見せて笑いました。


「憧れのあの人を身近に感じたい。そういう考えは昔からあったっスよね。アイドルと「握手会」をしたり、一緒に「写真撮影」をしたり。女優のSNSを追いかけたり。そういうやつです。この即売会はその延長線上にある」

「それはつまり、憧れの人間を味わいたいという、そういう欲望ですよね」

「そうっス。そしてそれは、食欲という極めて強い欲望とセットになっている。SNSでも食事の画像は人気あるでしょ。「食」というものはヒトにとってとても強い快楽なんですよ」


 男性は私の目を見つめて、はっきりと続けました。その表情は蛇のような抜け目ない雰囲気を纏っていました。


「その強い快楽に、女優、アイドルという偶像をプラスしたんですよ。これはもう――――受けないわけがないでしょ」

「それは……そうかもしれません。実際私もそれで好奇心が惹かれましたし」


 男性は目を細めて笑いました。人懐こい表情に、もう蛇のようなものは感じませんでした。


「まあね、もちろん女優やアイドルさんいは許可とってますよ。無許可で細胞を培養しようとする業者は、永久出入り禁止にするルールも設けてます」

「ああ、そういうところは厳しいんですね」

「クローン技術にもつながることをやってますからね。変に目ェ付けられても困るっスから」


 男性は持っていたペットボトルの水を一口飲んで、続けてこう言いました。


「今は、便利な時代になりました。情報、寂しさを埋めるもの、娯楽、色々なものが手軽にアクセスでき、ワンタッチで購入できるようになってます。昔とはまた違ったニュアンスで、気軽に背徳ができる時代になった。いけないモノやいけないコトを、我々は手軽にダウンロードできます。だからこそこういう背徳的なことっていうのは、あくまでアングラで、世間の影に隠れているからこそ成立する。そして犯罪にならないようにラインを見極める必要がある。それを自覚しなきゃいけないとは思ってるっスよ」

「なるほど」

「ま、受け入れられないって気持ちもわかるっスよ。ムリだけはせんようにしてくださいね。気が向いたらまた次来ればいいんですから」


 男性はそう言って笑いました。

 ヒトの肉を培養する。そんな倫理を踏み抜くような考えを持ちながら、彼の笑顔はどこまでも爽やかでした。

 彼らの行いはフランケンシュタインのごときものか、あるいは現代のプロメテウスなのか、どちらなのかはまだ僕にはわかりません。



◆◆◆



 僕はその後……それ以上自分を試す気にはなれず、結局普通に家に帰りました。その後、即売会には行っていません。

 色々調べたところによると、もう日本では、培養人肉のイベントはほぼ行われていないそうです。

 細々と行われていたイベントは、資産をもった出資者が母体となって行われた、フリーマーケットのようなものだったそうです。

 法律をギリギリでかいくぐっていた彼らは、あるとき市民団体に目をつけられ、猛抗議にあい、あっけなく即売会を閉めることになったのだとか。

 彼らは企業が後ろ盾になっていたわけではありません。抗議を受ければ泡のように立ち消える、割と弱い存在だったわけです。

 ですが、まあ、道徳的にどうなんだということを隠れてやっていたわけですし、仕方のないことだと思っています。


 そして、ここからは余談です。

 あくまで噂ですが、欧州では今でも趣味人たちが集まり、人肉即売会を行う国がいくつかあるそうです。

 海外はセレブ信仰みたいなのが過熱していて、一定の需要があるのだとか。

 興味がない……と言えばウソになります。

 ただ正直言うと、それを追って海外に向かう勇気が出ません。

 「いつの日か行ってみようかな」と、時々ぼんやり考える今日この頃です。


 僕は思いを馳せさずにはいられません。

 海外では、あの時のような熱狂が、今もアンダーグラウンドで細々と行われているのでしょうか。

 海の向こうでは今も趣味人たちが、お金を片手に、屋台に向かって注文しているのかもしれません。

 「女優の肉、一つください」と。


 ……もし新たな情報をキャッチしたら、その時は記事にさせていただきます。今後もアンテナを張りつつ、ひとまずお別れとさせてください。


 それでは皆さん、さようなら。

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