第38話 ジンジャーさんのわくわく魔法教室

 何故か本日の魔法講師はジンジャーさんである。


 今日から本格的にアルカと共に教育が始まる。

 ……が、練習場で待っていたのは、昨日会った魔導省の人ではなかった。


 どうやら担当の宮廷魔導師が急な任務でしばらく不在になるとのことだ。

 それで代理講師として教会からジンジャーさんがやってきたのである。

 宮廷魔導師の代理は宮廷魔導師じゃないの?


「ジンジャーさん、教会の仕事は大丈夫なんですか? 国内で三人しか使えない凄い魔法を使える人だと聞きましたし……」


 そう質問すると、ジンジャーさんは少し困ったように微笑んだ。

 あれ、俺なんかやっちゃいました?


「その凄い魔法を使った影響で、しばらくお休みをいただいています」

「え……?」


 なにそれ?

 叙爵式にも出てたし、特に具合が悪いようにも見えなかったのに……。


「そういった魔法については、いずれ教わると思います。ただ、本日は魔法学の基礎の話なので、まずはそちらの方から固めていきましょう」


 どこから出したのか。

 度の入っていない伊達メガネと教鞭を持ちだすと、さらに黒板まで出して壁に掛け始めた。

 あ、これ《魔法収納》か。

 しかし何故そんなクラシックな女教師スタイルなんだと小一時間問い詰めたい。


「では、魔法の講義を始めます。ちなみにラスト様はチュートリアル村のご出身との事ですが、魔法についての座学はされましたか?」

「いえ、座学よりも魔力を感じる為にと瞑想をしていた程度です。結果、かろうじて指先ほどの《火魔法》が出来るくらいにはなりました。後は独学の《生成魔法》があるくらいですね」

「《生成魔法》……ず、随分と珍しいものを習得していますね」


 そういう反応かー。

 教会のジンジャーさんが苦笑いするくらいなのか。


 異世界ラノベだったら、ゴミスキルだからと追放された後に実は凄いチートだったりして、ざまあ展開になるんだがなあ……まあ、追放もされてないし見返す相手もいないけど。

 とはいえ、ショボい魔法であったとしても分からんものは聞かねばなるまい。


「やっぱり《生成魔法》ってマイナーなんですか?」

「そうですね……魔法体系の座学で少し触れますから知識として知ってはいますが、少なくとも私の見知った範囲では、習得者の話は聞きませんね」


 回復系魔法の使い手が多い教会にいるのに聞いた事もないのか。

 そりゃゼラも年収低すぎ広告になるわ。


 話を聞く限り《生成魔法》は、《治癒魔法》や《回復魔法》の下位互換と判断せざるを得ない。

 コンロやライターがあるのに、わざわざ木を擦り合わせて火を起こす技術が活躍する事はないのだ。

 そのくらいの違いだと認識されている。


「そう悲観するものでもありません。噂では、《生成魔法》を使える人は体力や魔力の回復が早いと言われています」


 ジンジャーさんはフォローしてくれるが、ランクがE級とされている事を考えれば、その早さというのも推して知るべし。

 いやほんと、俺こんなんでどうやって世界の救済目指せばいいのよ?


「だ、だいじょうぶです! 僕なんか魔法使うと失敗するか暴発するので、どんな魔法でも使えているだけで凄いです!」


 うなだれる俺を励まそうと、アルカが頑張って無理やり誉めてくれる。

 うん、君は優しい子だね。


 でもおかしいな。

 異世界勇者を「すごい」と褒めてるのは同じなのに、これほど虚しく響くのは何でだろうね……俺の知ってる異世界ヨイショと違う。


「おそらくチュートリアル村の育成方針は、座学よりも先に『魔力の恒常性の認識』を優先する事を重視しているのでしょう」

「ジンジャー先生、『魔力の恒常性』とはなんですか?」

「はい、ラスト様。順を追って説明しやすい良い質問です。魔力が常に自身の中に存在している事を『魔力の恒常性』と呼び、それを意識して感じられるようになる事を『魔力の恒常性の認識』と呼びます。そして『魔力の恒常性の認識』には四つの段階があります」


 ジンジャーさんの説明から、覚える事が一気に増えた。

 急いでノートに要点を書き写す。

 なんだか本当に学校で授業を受けている感覚になって来たぞ。



◆魔力の恒常性の認識段階

①無自覚段階

 魔力は存在しているが、本人はそれを感じていない。

 この段階で魔法を使う事は出来ない。

②感覚段階

 意識を集中すれば、かすかに魔力の流れを感じられる。

 日常生活レベルの『生活魔法』なら、この段階からでも使用できる。

③認識段階

 意識するとハッキリと魔力を感じられ、意識的に魔法に流し込む事が可能になる。

 この段階から、生活魔法を超えた『実用的な魔法』が使えるようになる。

④覚識段階

 意識をする必要もなく魔力の存在が感覚と同化している状態。

 使い慣れた魔法であれば指を動かすような感覚で魔力をコントロールできる。

 達人の領域。



「なるほどなるほど……」


 書き写すペンが走る。

 自分がぼんやりと意識していた事が、言語化され明確に認識出来た事で、理解が一気に進む。


 チュートリアル村の訓練は、肉体や一般常識をこの世界に順応するレベルにする事が最優先だったから、魔法はオマケ程度にしか習っていない。

 本当は座学もやりたかったが、魔力を感じられないと意味がないと瞑想ばかりでつまらなかった。


 そのせいか、今こうして改めて座学として教わるのはとても楽しい。

 子供の時に感じていた、あのわくわく感が込み上げてきている。

 隣を見ると「僕はもう覚えてます」みたいな、すました顔をしたアルカがいた。

 おにょれ、アルカ。


「魔法スキルは、この認識段階と魔法の構成を補強する効果があります。なのでラスト様は《火魔法》を持ちながら、まだ指先ほどの火である事を考えますと、まだ魔法として成り立っていない段階……つまり生活魔法レベルですので、おそらく二番目の『感覚段階』の初期ではないかと思われます」

「なるほど……あれ? 先生、そういえば自分は《生成魔法》を詠唱なしで使えますが?」

「え、それ本当ですか?」

「もの凄い地味な魔法なので、外からは見ても分からないでしょうが……」

「無詠唱なんて、ラストさん凄いです!」


 ジンジャーさんが考え込んだ横で、アルカが横から俺をヨイショしてくれる。

 改めて考えると、村では魔法の座学をしてないから、詠唱を全然知らないまま魔法を使おうとしていた。

 唯一自力で覚えた《火魔法》は、イメージが大事かと思ってそれを補助する言葉として『火よ』と言ったら使えるようになった。


 そして最初からあった《生成魔法》については、説明文にあった『普段自然に行っている健康を保とうとする力を高めるもの』というイメージが仕事柄しやすかったので何となく自然に使えていた。

 しかしこれは今のジンジャーさんの説明から考えると理屈に合わない。

 どういうことなんだ?


「《生成魔法》は習得者が少なく、その……あまり価値の無い魔法だと言われています。なので、もしかしたら《生成魔法》は効果の範囲がどこまであるのか……が、研究されていないのかも知れません」

「……どういう事ですか?」

「私も今自分で言っていて気づきましたが、魔力の恒常性の認識が『感覚段階』なのに無詠唱で《生成魔法》が使えるという可能性を考えますと……」

「考えますと?」

「今、ラスト様が使っている《生成魔法》は魔法未満……つまり生活魔法レベルであって、実はまだ魔法としての真価が発揮されていない段階なのかも知れません」


 え、ステータスの解説文て、そんないい加減なものなの!?

 あ、そういえばステータスの解説は、歴代の勇者や眷属神が知識や経験を基にウィキウィキしていったもの……とか、ゼラが言ってた気がする。


 そもそもスキルのランクもS級シングル以外は過去の活用実績から便宜上割り当てているランクであって、スキル自体に実際にランクがあったり上下があったりする訳ではない。


 おいおい、シッカリしてくれよステータスペディアさんよ。

 ……ちょっと長いからステペディアがいいかな?

 いや、名前はどうでもいい。


「じゃあ自分で《生成魔法》を研究してみようかな?」

「それは良いですね。是非お願いします。今や魔法もスキルも主だったものはほとんどが解明され尽くしていて、現在はラスト様の《生成魔法》のような習得者の少ないものを掘り起こそうとする人が増えています。新しい効果の発見や研究結果をまとめた論文などがありますと、欲しがる人や研究機関は出てくると思います」


 ショボい魔法でも、習得者が少ないが故に希少で、知的価値は意外に高いという事か。

 なんだか少しだけ自分の価値を見直せた気がした。

 こんな世界にもスコッパーはいるんだね。


「話が逸れてしまいましたが……魔力の恒常性の認識は、魔法の基礎の、さらに前提条件となります。ここまでの理解はよろしいでしょうか?」

「大丈夫です、ジンジャー先生」

「なによりです。それでは次に、魔導階層学の基本理念『五質ごしつ四大しだい三元さんげん二相にそう』についての説明に移ります」


 ご……なんて???

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