第37話 アルカとラスト

 エウロパ王国。


 史上最古の国、始まりの血を継ぐ者、偉大なる帝国の祖等々、多くの呼び名がある歴史ある国である。

 王家は、始まりの勇者コウ・ヌシビトの子孫だとされている。


 ゼラから聞いた話によると、かつてエウロパは、世界を統一した大ナーロッパ帝国と深い結びつきを持っていた。

 その帝国はすでに滅び、遠い分家が再興したのが今の小ナーロッパ帝国である。

 両国とも正式名称は『ナーロッパ帝国』だが、便宜上「大ナーロッパ」と「小ナーロッパ」と呼び分けられている。


 エウロパ王国と小ナーロッパ帝国は少々面倒な経緯があり、決して仲が良いとは言えない。

 それでも今まではそれなりに付き合ってきた。


 しかし先日、陛下の暗殺を企てたのが、その小ナーロッパ帝国だ。

 国内貴族には戦を望む声もあるが、相手は海を越えた遥か彼方。

 この世界の大きさは分からないが、地球で言えば日本とブラジルのような位置関係にあたる。

 現実的に考えて、戦争には踏み切れない状況である。


 ちなみに『ナーロッパ』と聞いて、飲んでいたお茶を鼻から噴き出してゼラに怒られた過去は置いておく。




◇◇◇




「おはようございます、ラストさん」

「おはようございます、殿下」


 朝、王子の部屋に入ると先に挨拶されてしまった。


 王室特命顧問官という、仰々しい名前だが具体的に何をするのか傍目にはよく分からない役目を仰せつかった。

 それは、時に相談に乗り、時に守り、時に導き、時に共に切磋琢磨し、時にいさめ、時に助け、そして時に友として、時に身内のような存在として、彼の成長を助ける事が、役目の大半を占める。あとはオマケみたいなものらしい。


 色々な配慮をしてもらったとはいえ、貴族として国に仕える事になったからには、役割の優先順位の第一は国の事でなければならない。

 まあ、当然である。


「ラストさん、初めてにしては立ち振る舞いがどことなく慣れているように見えますね」

「接客の仕事をしておりましたので」


 仕事は接客業だったから初めての人に比べれば慣れているだろう。

 そういう意味では全くの新人という訳でもない。

 うちの会社はリラクゼーション業の会社ながら、同業他社に比べて接客を重視していたのもある。


 特別室の人やVIP客にも、ホテルの接客レベルを疑われるような対応をしないよう、店長会議では接客の話題も度々挙がっていた。

 男性は執事長のように、女性はメイド長のようにと教わったのは、分かりやすい接客イメージとして自分の中に根付いている。


 俺は元々田舎町で整体の自営業をしていたが、年々客足が減ってきて、このままじゃやっていけないと思い、リラクゼーション系の会社に転職した。

 十年以上独学で試行錯誤してきた俺にとって、目的に応じた様々な指針を示してくれる会社の研修はどれも新鮮だった。


 最初に配属された店舗が、接客研修を担当した店長の店だったのも幸運だった。

 その仕事ぶりを間近で見ることで、自然と接客スキルも身についた。

 まさかその経験が、異世界で役に立つとは思わなかったが。


 人生、どこで何が活きるかは本当に分からない。

 一見関係なさそうな経験が、思いもよらない場面で意外な力を発揮することがある。

 このナーロッパ的異世界で、俺の整体スキルが『偽者を見破る力』となったように。


「今日はラストさんを連れまわすのが僕の仕事です。僕の習い事もあるけど、それは一緒に習うようにと爺やから言われてます」

「かしこまりました。ありがたい話です」


 なるほど。

 だが、まさか一緒にやる事になるとは。

 レオ執事長からは「戦闘力も社交力も大事だから、そちらも学んでもらう」という話はされていたが、てっきり個別に訓練でも受けるのかと思っていた。

 俺の頭は、あっちの世界の情報で埋め尽くされてしまっている。

 そんな頭で、この世界の習い事についていけるのか……王子に負けそうだ。


「それと。皆の前ではともかく、二人の時はアルカと呼んでくださいって言ったじゃないですか」


 昨日、挨拶を兼ねて王子付きの役になった事を伝えに行ったらそう言われた。

 自分もラストと呼ぶからお願いしますと言われたけど、皆の前でうっかりそう呼ぶ訳にも行かない。だから慣れるまでの間は見逃して欲しいと昨日伝えたんだけど……さすがに昨日の今日では無理だよ!?


「アルカという愛称は、三年前までは父様からも母様からも呼ばれていたものなんです。ですが、母様が病で亡くなってからは……」


 そうか。

 国王が居て王子もいるのに王妃が居ないのは何でだとは思っていたが……病で亡くなっていたのか。


 回復魔法のあるこの世界で病死がある原理がよく分からんが、未だに陛下が呪毒の影響から回復できていない事を考えると、やはり回復魔法は万能では無いようだ。


 続けて話を聞いていくと、どうやらその時から陛下は厳しくなり、色々と教育も増え、外交へ同行させたりするようになったそうな。


 三年前か……となると、七歳か。

 日本で考えると小学校低学年だ。


 その頃の俺はといえば、近所の幼馴染と遊び回って、服を汚し怪我をしてギャーギャー喚いたりしていただけの、ただのわんぱく小僧だった覚えしかない。

 そんな時期から母親を亡くし、父親が厳しくなって、仕事もしなきゃならないというのは、同時期の俺を思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。


 早く一人前にさせる事で、母親の死を乗り越えさせようとしたのか。

 あるいは、忙しくさせる事で気を紛らわせようとしたのか。

 いずれにしても、お互いに苦しい時間であった事は想像に難くない。


 今俺に出来る事は、せめてアルカに寄り添ってあげる事くらいだろう。


「かしこまりました、アルカ様。ですがまだまだ貴族としては駆け出しなので、今はこのくらいでご容赦ください」

「えー、仕方ないなあ」

「アルカ様の寛大な御心に感謝いたします」


 わざとらしく困り顔でニヤニヤするアルカに、俺もまたわざとらしく大げさに返す。

 出会ってから今までには見られなかった、アルカの自然な笑顔がようやく見られた気がした。

 俺は、この国ですべき仕事をひとつ見つけた。


「ではラスト卿、今日は顔見せに回る」

「かしこまりました、殿下」



 ◇◇◇



「お疲れ様です、ラストさん」 

「アルカもお疲れ様……」


 王室特命顧問官だいたい王子のお供就任初日の仕事が一応終わり、ようやくアルカの部屋まで帰って来た。


 ぶっちゃけて言えば、とても疲れた。

 なにせ常にアルカに付いて回るのだから、アルカが習う帝王学を俺も覚えておかねばならない。

 要するに、若輩ゆえに王太子としてはまだ未熟なアルカを、俺との二馬力にする事で補わせようという事だ。


 それだけでも途方もない勉強が必要になるのに、帝王学には知識だけでなく武術や魔法の訓練もある。

 俺……この仕事ちゃんとやれるのか?


「だいぶ疲れたみたいですね」

「そりゃあね……全然知らない事を一から覚えるだけでも結構大変なのに、さらに馴染みのない事ばかりだから疲れも倍増だよ」

「大丈夫ですか?」

「慣れるまでは大変だろうね」

「その……すみません」


 急にアルカの表情が暗くなったと思ったら、いきなり謝られてしまった。

 どうして謝られたのか分からず、思わず聞き返す。


「なんであやまるの?」 

「その……僕のせいで大変なので……」


 ああ、そういう事か。

 アルカは社会人的な考え方に慣れていないのか。


「ごめん、ちょっと誤解させる言い回しだったか。大変だという事は間違いないんだけど、俺はそれを問題とは考えていない……と言った方が、分かりやすいかな?」

「大変なのに問題ではないんですか?」

「そりゃあね。どんな仕事だって、ちゃんとやろうと思えば大変なのは最初から分かり切っている事だ」


 最初から分かっているのに、大変なのは問題だなんて後から言うのはただの間抜けだ。

 そんな事にいちいち文句を言ってたら何も始められなくなって人生迷走するぞ。


「でも、どう大変かによっては問題になったりしないんですか?」


 この子、やっぱり頭が良い。

 自分の求める論点が見えている。

 これで十歳かあ……俺が論点とか意識するようになったのはインターネットやり始めた二十歳くらいからだぞ。


「それはが問題なんじゃなくて、が大変だという話だから、少し話が変わって来るかな」

「……どういう事ですか?」

「う~ん……」


 上手く伝わるか分からないけど、勉強で例えてみようか。


「まず、勉強が大変なのは当たり前。でも、数学みたいに公式や解き方を覚えて何度も練習するのが大変なのか、歴史みたいにひたすら年号や出来事を覚えるのが大変なのかで、大変さの種類はまったく違う」


「大事なのは『勉強が大変かどうか』じゃなくて、『勉強の中で何が大変なのか』を知ること。そこが分かれば『じゃあどうするか』につながってくる。それを続けていけば、大体の大変さはそのうち何とかなるから、結局のところ問題じゃなくなる……という話になる」

「……そういうものでしょうか?」

「全てがそうだとは言わないけど、それで紐解ける問題は結構あるもんだ」


 アルカが上を向いて考え込む。

 ちゃんと聞いた言葉を飲み込もうとしている。

 まあ、それはそれとして。


「今日のやる事は終わったのは良いとして……アルカはもう少し大丈夫?」

「え、ああ、大丈夫ですけど、何かありましたか?」

「いや、今日の俺の反省会を手伝ってくれればと思ってね」

「反省会……ですか?」


 勉強や訓練とかは一朝一夕にいかないからともかく、それ以外のものに対しての反省点を洗い出しておきたい。


 仕事では同僚の仕事の仕方や施術を見て良いと思えた事をガンガン真似して覚えていったが、この仕事に関してはそういう先輩や同僚がいない。

 強いて言えばリヒトハルト卿だが、彼は見かけによらず多才で、色々な仕事を掛け持ちしている超有能貴族であるそうだ。


 その為、アルカの相談役ではあるが多忙であまり相談に乗れる時間も作れないらしい。

 俺がアルカ付きの役目になったのは、おそらくそういう事情もあったのだろう。

 独りは寂しいもんな。


「なるほど。そこで何が大変なのかを知って、じゃあどうするかを考えるんですね!」

「そ、そうね……」


 すっごい食いつきが良いですね!

 どうしよう……『じゃあどうするか』には『諦める』とか『どうにも出来ない事を認める』とかもある。

 でも、この食い付き方は、そういうネガティブな方向に行かない事を信じている、期待の込められたもののように思える。


 そしてそれをすっごく言い出しにくい空気!

 自分で自分のハードルを上げてしまったかも知れない……が、仕方ない。子供の前だ。

 少しくらい背伸びして頑張ってみるか。


「それじゃ、今日一日回ってみてアルカの気になったところを教えて欲しい」

「あ、でも……自分も出来てないところがたくさんあるので言いにくいです」

「それは気にしなくていい、自分の事は考えないで教えてくれ。そんな事を言っていたら最終的に誰も何も言えなくなる」

「そうですね! わかりました……ええと……」


 アルカは顎に手を当て、難しい顔をしながら首をかしげる。

 だからお前、自然にしてるそういう仕草マジで美少女みたいなんだよ。

 本当、アルカを見てると脳がバグって変なものに目覚めそうで怖い。


 まあ……これに慣れるのも、俺の仕事かな。

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