第33話 勧誘

「やあ、来たかマッキーデン殿」


 ヘルマン宰相のところから部屋に戻ると、今度は陛下に呼ばれた。

 部屋に入ると、そこにはベッドで上体を起こし、メイドらしき老婦人と話す陛下の姿があった。

 ホッと一安心。

 良かった、生きてた。

 昨日まで帰りの転移門での事が現実だったのか、もしや陛下は遺体だったのでは……みたいな変な想像ばかりしてしまって不安と恐怖が募るばかりだった。


「君がちゃんと回復してくれて良かった」

「そのせいでだいぶ足を引っ張ってしまいましたが」


 何だかさっきやったような気がするぞ、このやり取り。


「なにを言う。そもそも君が居なければ、私が生きて再びこの地を踏む事は無かっただろう。

 なんなら死んでからも、この地に帰ることは叶わなかったかも知れない。だから気に病む必要はない、君は私の命の恩人なのだ」


 またお礼かー。

 そこまで言われると恐縮してしまう。

 自分が実際に出来た事は限りなく小さいのに、それをした相手があまりにも大き過ぎたせいで、評価だけが無駄に爆上がりしている。

 自己評価から考えれば、針小棒大にもほどがある。


 もう評価され過ぎると居心地が悪いので話題を変える事にした。

 体調の話題……は、王の体調なんて国家機密だろうからダメか。

 話題の基本、天気の話……も、国王相手にする話じゃない。

 駄目だ……まだこの世界にうとくて話題の種が無い。

 ええい、ままよ。


「しかし……この“毒”は何なのでしょうか? 最上級の回復魔法や解毒魔法の他、教会関係の方々の……なんの魔法か分かりませんが何度も受けました。それでも回復に三日もかかってしまう“毒”とは……」


 陛下の体調の話題に限りなく近いが、共通の話題がこれしかなかった。

 どうやら俺の受けた“毒”は、陛下のものと同じものであったらしい。

 まあ、俺は半ばそれを理解した上で、あの毒虫を踏んづけた訳なんだが。


 陛下から渡された記憶の中に、あれと同じものが視界の端に映った後すぐに倒れたのでそれが原因だろうと推測していた記憶があった。

 それと同じものがいつの間にかイシュタリカさんの背後にいたので、陛下の記憶がフラッシュバックして彼女が危ないと、反射的に踏んづけたのだ。


「そちらの説明は私の方から。あれは『呪毒じゅどく』でございます」


 今まで置物のように佇んで陛下と俺の話に入らなかった老婦人が代わりに説明する。


『呪毒』――複数の毒を混ぜ、呪いまで重ねた最悪の合成毒。

 解毒ポーションはメジャーな毒には対応できるが、マイナーな毒には効果が薄い事がある。

 しかもマイナー毒にさらに希少性の高い毒を厳選して作られていると思われる。


 そこに強力な呪いまで付与されていたので、本当に厄介極まりない。

 呪いはその種別系統を調べ、それに合わせた魔法を使わなければ解呪は難しいそうだ。


 そんな最悪と最凶が悪魔合体したみたいなものを受け、二日もの間を耐え切るなどという離れ業が出来たのは、陛下の超人的な気力体力精神力が揃っていたからだ。

 毒耐性を持っていた俺でさえ、一瞬で気を失った。

 それを考えると、当初は毒耐性を持っていなかった陛下が、俺が現れるまで生きていただけでなく、意識を失っていなかった事が本当に信じられない。


 王様半端ないって。

 だってそんなの出来ひんやん普通。


「それでに入りたいのだが……」


 俺もいつ切り出すかを考えていたが、陛下の方から切り出してきた。

 言われて、俺は老婦人の方を見る。

 彼女がいる前で陛下から話題を振って来たという事は、おそらく執事長並に信頼のある人なのだろう。

 もしや彼女が帰郷していたという侍女長かも知れない。


「彼女は侍女長のハイジだ。無論者だ、安心してもらっていい」

「侍女長を仰せつかっておりますアーデルハイト・モンテヴェルディでございます。皆からはハイジと呼ばれております」


 そう自己紹介をすると、宮廷作法なんてまるで分からない俺でも洗練された熟練の所作であると一目で分かるようなカーテシーをしてきて滅茶苦茶驚いた。

 されるとこちらが敬服してしまいそうなカーテシーもそうだが、あまり覚えてないが、確かカーテシーは目上の人にしかやらないんじゃなかったっけ?

 俺は慌ててボウ&スクレイプで応対した。


「チュートリアル村のラスト・マッキーデンでございます」


 カーテシーの返礼にボウ&スクレイプで良いのかも含めて全く分からないが、咄嗟に付け焼刃の知識で対応してみた。

 しかし相手は侍女長だ。

 侍女長なんて役職、三角眼鏡を掛けててこういう礼儀作法に死ぬほど厳しそうなイメージしかない。

 名前はハイジだが、イメージは〇ッテンマイヤーさんだ。

 なんで自己紹介されただけで、俺が冷や汗かいているんだ。


「…………」


 侍女長がジロリとこちらを睨む。

 やべ……俺なにか拙いことでもやらかしたか。

 侍女長がさらに睨みながら俺に顔を近づけてくる。

 誰かヘルプ!


「おや、これは失礼いたしました。どうにも目が悪くなってきておりまして、お顔がよくお見えにならなかったので、つい……」


 急に思いついたようにそう言うと、侍女長は胸ポケットから眼鏡を取り出した。

 睨んでいたんじゃなくて目が悪かっただけかよ!

 ハッと思いついて陛下を見る。

 案の定、陛下は声を殺して笑いを堪えていた……にゃろう。


「いや、すまないマッキーデン殿。これは彼女が初対面の者にやる試験のようなものでね」


 その言葉に、今度は侍女長へ首をぐるり。


「ご安心くださいませ陛下、私が見る限りこの方は問題ありません」


 何の問題!?

 というか、そういや執事長もコレ系の悪戯して来たな。

 この国の近習達のトップが二人共悪戯好き過ぎだろ……いや、陛下も好きだから質が悪いよ。

 願わくば王子がこういう事をしない王に育ってくれ。

 心臓に悪い。


「いや、何だか理解したのでもういいです。この国の上層部の共通スキルが《悪戯》だという事は理解しましたので本題に移りましょう」

「いやいや、申し訳ない。こういう悪戯は、普段なかなか出来なくてね。迷惑かけたついでにもう少しだけ許して欲しい」


 俺はガス抜き要員か何かか。

 まあいい。

 違和感はあるがどうやら陛下の回復は順調そうだ。

 たぶん違和感は呪いか何かの影響がまだ残っているのだろう。

 本題の話を進めよう。


「単刀直入にお聞きしますが、自分は今後どうしたら良いでしょうか?」


 そう質問をすると、陛下は侍女長と目を丸くして顔を見合わせた。


「いや、実はこちらがそれを聞こうと思っていたのだよ」

「どういう事でしょうか?」

「今回の事が無かったのならマッキーデン殿はこれからどうするつもりだったのか、と聞こうと思っていたのだ」

「そうでしたか。今のところは決まっておりません……いや、これは正確ではないですね。目的が無い訳ではなく『何が目的なのかを探しに行くのが目的』が正確でしょうか」

「それは、この国に居ては出来ない事かね?」

「分かりません……が、おそらく世界を一周するほどの広い範囲を探す必要があると思いますので、ひとつの場所に留まっては出来ない事だろうと考えています」

「では聞き方を変えよう。それはでは出来ない事かね?」

「それはどういう……」

「例えば……分かりやすいところで、仮に各地を回って情報を集める役に就くとする。行動の自由にある程度の制限は付くだろうが、国の仕事だから移動や活動に対しては、支援をすることが出来る」

「……それは密偵という事でしょうか?」

「マッキーデン殿の目的の具体的な内容にもよるな。そういう類の情報も必要になる目的であれば、そういう役目を与えたチームとして派遣し支援する事も出来る」


 移動や情報、さらに人の支援は非常に魅力的な提案だ。

 宮仕えの行動制限は付くが、国の所有する転移門の使用や他国へ入る際の手続きのアレコレ支援、そして移動費用や滞在先での活動費用も出してくれるという訳だ。

 なんなら移動先の情報を先に入手する事も可能だろう。


 俺は国の機密を色々と知ってしまった。

 本来なら国の中で飼い殺しにされるか、最悪命を消されても不思議ではない。

 それを国で囲わせてもらうが俺自身の目的や行動はなるべく尊重するという。

 おそらく俺が知ってしまった機密の内容から考えれば、かなり譲歩してもらっている。

 妥協点としては十分過ぎる条件じゃないだろうか。


「そういう事であれば可能かも知れません」

「ならばこちらの事情に巻き込んで申し訳ないが、君を召し抱えさせてもらう」

「かしこまりました。しかし、お仕えするにあたり、いくつかご検討いただきたい事が……」

「うむ、可能な限り希望に寄り添う事を我が名において約束しよう」

 

 俺はいくつかの希望を出した。

 ただ、目的の内容に関しては、一応ゼラに確認しておいた方が良いだろう。

 ゼラの話から考えると『俺がゼラによって召喚された』という情報は、味方がいきなり敵になってもおかしくない情報である可能性がある。

 そして目的を話すには少なからず自分の召喚についても話す必要がある。

 しかし誤魔化すような情報の小出しは、相手の不信を買いかねない。


 あああ、もう!

 情報を制限しながら話すの本当に面倒くさい!

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