第32話 おもいおもい
「ちゃんと回復したようだな」
俺の身体が毒から回復するまで三日かかった。
回復魔法やらポーションやらが存在する世界であり、しかも一国の最高峰医療体制の中で治療を受けたのに、だ。
さらに言えば途中で気が付いて二日目から俺の使える数少ない魔法である《生成魔法》を使っている。
それでも、回復に三日を要した。
魔法もポーションも万能じゃないんだな。
「そのせいでだいぶ足を引っ張ってしまいましたが」
「それは一応想定の範囲内ではあった……まあ、かなり悪い方の想定ではあったがな。しかし結果的には役目を果たした。今の君の力を考えればむしろ良くやってくれたと言える」
体調が回復するや、ヘルマン宰相に呼ばれた。
何の話だろうかと思って構えていたが、どうやら普通に労いのためであったようだ。
今回の作戦責任者として、総括のために、関係した者達から報告を受けたり話を聞いたりしているようだ。
同時に、帝国との外交交渉もしながら、向こうの対応によっては断交や戦争も視野に入れているらしく、城全体が物々しくなっている。
そして断交になった場合は帝国へ繋がる転移門の閉鎖等も必要になり、それをすると国内の交通が混乱しかねないため、対策も並行で進めているらしい。
そのせいか、テーブルの向こう側で紅茶をすする宰相の顔には疲労が色濃く見えていた。
「そういえば聞こうと思っていたのですが……」
「なんだね?」
「自分が陛下を助けに向かうのはともかく、殿下は例の転移門の隠し部屋で待っていた方が良かったのでは?」
「今さらだな」
「そうですね」
ヘルマン宰相は再び紅茶を啜る。
今朝、回復状況を確認しに来たぽちゃ貴族が教えてくれたが、俺が毒によって気を失ってからは、かなり大変だったようだ。
まず、ジンジャーさんが陛下の回復で魔力を使い切ってしまって魔力酔いを起こして倒れた。
魔力酔いとは何なのかと聞くと、魔力を使い切ると起こる貧血みたいなものらしい。
魔力の枯渇した身体が外から急激に魔力を吸収しようとするため、体内で魔力が偏って渋滞のような状態を引き起こし、貧血に似た症状が出る。
だが、待つ余裕はなかった。老紳士や若紳士の助けを借りながら、ぽちゃ貴族と共に陛下を連れて地下水路への隠し通路へ脱出。
二人は陛下がまだ脱出していないという偽装と、味方の支援に残り、そこで二人とは別れる。
気を失っていても俺が居たせいかスライム達は襲ってくるような事は無かった。
イシュタリカさんが俺の代わりに呼びかけてみたが、スライム達は何の反応も示さず、ただ何処かへバラバラに去って行ったそうな。
途中でジンジャーさんがやむを得ず陛下に回復魔法を使った事で探知に引っかかり、地下水路を出てからは、かなりの数の襲撃を受けて修羅場となった。
それからの移動は強行軍だった。陛下はジンジャーさん、俺はぽちゃ貴族が背負い、イヌイさんが二人を守る。イシュタリカさんは迫る敵をほぼ一人で薙ぎ払いながら駆け抜けた。
転移拠点バレを承知でイシュタリカさんが魔法の防壁を張って時間を稼ぎ、さらに魔力酔いで憔悴しきったジンジャーさんに代わり、俺に自身のできる回復魔法をかけ続けてくれた末、ようやく俺が目覚めたという。
ちなみに俺達全員を転移門に放り投げた後、自身も通りながら追手を断ち切るため、建物ごと、あの部屋もろとも暴風魔法で吹っ飛ばしてきたと……イシュタリカさん無双過ぎる。
そしてワインセラー、君の尊い犠牲は忘れない。
たぶん三日くらいは。
もう三日経っちゃったけどね。
「あまり多くは語れないが、この国は王位を継ぐ際に必ず受け継がねばならないものがある」
ああ、なるほど。納得。
たぶん《感応》による記憶継承の事か。
俺が《感応》によって予備の王冠役を引き受けている事は、陛下に確認するまで誰にも言うまいと思っていたので宰相にも伝えていない。
陛下が亡くなる可能性も考えての事か。
でも確か王子はまだ《感応》を習得していなかったはずだが……それでも継承は可能なのか?
「あえてそれが何かは問いませんが、大事な理由があった事は理解しました」
「そう言ってくれると助かる」
「そういえば皆さんには助けてもらいましたので、お礼の一つでもと考えているのですが、それぞれ個人的に会いに行く事に問題はありませんか?」
「それは問題ないが……イシュタリカに関しては陽動に動いたチームの救出で帝都に行ってもらっている。ここにはいないぞ」
「え!?」
陛下も救出して窮地も脱したから肩の荷が下りたと思っていた。
が、三日経った今も向こうではまだ戦闘が続いている。
あの緊張感と苦しさが三日間途切れることなく続いているのかと思うと、また自分で行く訳でもないのに一気に気分が重たくなった。
あの隠密隊長は大丈夫だろうか。
陛下のいた部屋を守っていた門番Bは大丈夫だろうか。
向こうに残った老紳士と若紳士は、無事に帰って来られるのか心配だ。
「そこは私が気にする事だ。君が気にする必要はない」
俺が俯いた理由を悟ったのか、俺の心配を拒絶するような言い方だった。
素っ気ない言葉だが、己の仕事に対する強い責任感と自負を感じる。
たぶん俺が目指している理想的な仕事人は、こんな感じであるように思えた。
「それと……」
宰相がいきなり居住まいを正し、なんだと戸惑っていると、深々と頭を下げられた。
全く想定していなかった行動に、俺の意識が追い付くまで数秒を要した。
「君のおかげで陛下は帰ってくることができた、ありがとう」
「いや、ちょっと待ってください。自分そんな大した事してないです!」
実際大した事はできていない。
なんなら足を引っ張ったと言っても過言ではないだろう。
俺の働きからしたら、最初の労いだけでも十分過ぎた程度の働きしかしてない。
「何を言う。君がここに来なかったら、この国がどうなっていたか……」
言われて思い返せば、俺の登場によって脱出経路がゴールまで繋がったとも考えられる。
別ルートから脱出できたとしても、脱出は遅くなるから二人の王子問題はおそらく俺がいた場合よりも解決が遅れただろう。
そしてここで《毒耐性》を得られなかった陛下はタイムアップになる。
そうか、俺が現れた事で遅延が最低限で済み、陛下が延命し『生きている内に助けに行く』という選択肢が出現したのか。
王子も暗殺されていた可能性を考えると、下手したら王と王太子を一度に失うところだ。
見方によっては、確かに俺のおかげだとも言えるが……それでも、実感は伴わない。
「いや、全部偶然居合わせただけです。今回だって、ほとんど倒れていただけですし……」
「それは違うぞ、マッキーデン君。正直に言ってしまうが、今回の作戦で私は『君をそこに居合わせること』が作戦成功の鍵だと考えていた。理由は……おそらく言わなくても解るだろう?」
俺は言葉に詰まった。
あまり考えたくないが、とっても心当たりがある。
状況に対して自分自身の条件があまりにもハマり過ぎている。
それを『運命』だと俺は考えている。
そしてそれを逆から考えれば、何かが起きても俺という強い運命力がその場に居合わせることによって状況は俺が対処できる形になるという理屈が、極論ではあるが成り立つ。
だから宰相は不測の事態に備えて俺という布石を現場に打っておいたのだ。
俺の世界の常識なら、荒唐無稽過ぎてオカルトに等しい暴論だ。
だが、この世界では——
「納得してもらえたようだな」
悪役のような不敵な笑みを浮かべると、宰相は再び頭を下げた。
下げる頭の深さに、想いの重さが滲んだ。こちらが圧倒される。
言っている事は理解したが、やはり自分が何かした実感はない。
きっと世に溢れる異世界ラノベの主人公はこんな事で悩みはしないだろう。
でもこんな重たい思いを、なぜ彼らはそんな簡単に受け止められるのだろう。
実際にこうしてみると本当に俺には理解できない。
こういうところ……つくづく自分は異世界ラノベの主人公には向かないと実感する。
どうして俺なんかが召喚されたんだろう。
戦う勇気も無い。礼を受け取れる勇気も無い。
勇気無き者……すなわち勇者!
「はあ……」
自分で考えてて虚しくなってきた……後でゼラに愚痴でも聞いてもらうか。
そんな事を考えながら、俺は必要な報告を済ませた。
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