第28話 スニーキングミッション

「ここまでは順調に来たね」


 階段を登ると、昨日見た木箱の部屋に出た。

 隊列は、このチームの中で唯一戦争を経験しているイシュタリカさんが先頭だ。

 今のところは全て屋内なので、拠点バレでもしてない限り、そうそう見つかる事もない。

 問題はここからなのだ。


「まあ、事態の重要性を考えれば、の方に注意が行くからね」


 とは、俺達よりも先立って救出作戦に動いているらしいチーム達の事だ。


 作戦を要約すると、まず第一波が暴れて敵の目を引きつける。

 次に第二波が洋館に突っ込み守りを引きつける。

 そして、第三波が洋館に侵入して陛下を救い出す。


 ここだけ聞くと俺達の出番が無いが、もちろん一番大事な役目がある。

 毒で重体の陛下には、通常ルートでは身体がもたない。

 だから、その全てを囮にして――俺達は『脱出』の役目を担う。


 そして陛下を転移門まで送り届けたら、信号弾を打ち上げる。

 これで全員撤収、めでたしめでたし。


 ……と、なれば理想である。


 が。

 あの地下水路、ノーマーク前提過ぎるでしょう!?

 スライムへの信頼感凄いですね!


「……というか本当になんであの地下水路あんなに無警戒なの?」


 王子やジンジャーさんに聞いたつもりだったが、答えはイシュタリカさんから返ってきた。


「その地下水路の話と同じかは分からないけど、昔の魔王との戦いで帝国の首都が壊滅した時に、そんな話があったような気がする。たぶん万が一に備えて、認識阻害をかけた緊急脱出用の通路と転移門を設置していたんじゃないかな?」


 でた魔王。

 村ゼミでそういう存在が過去に複数回出現しているのは教わっていたが、実際にいる話を聞くとリアリティが増して俺の背にかかる重圧が無駄に増えていく。

 ……あれ?


「認識阻害って……俺、全然そんな感じしないけど?」

「それは既知だからでしょう。認識阻害はを阻害するのであって、すでに知っている事に対しては効果が無いのです」


 今度はジンジャーさんから答えが返ってきた。


 そーなのかー。

 とりあえず魔法的ナニガシとしておこう。

 今は深い理解はいらん。

 困った時の魔法的ナニガシ!


「周囲に見張りや番兵みたいなのは居ないようだ」


 俺が理解を全力で放り投げている間に、イシュタリカさんは周囲の状況を把握していた。

 一体いつの間に。


「行くぞ」


 有無を言わせないイシュタリカさんの短い指示に、俺を含めた全員が頷く。

 さっきまで砕けていた口調が、無駄のそぎ落とされた強く短い言葉に変わる。

 覚悟を決めろ。

 同時にそう指示されたように俺は受け取った。

 握った拳に力が入る。




「待て」


 地下水路まであと少しという所まで来て、イシュタリカさんから制止の声がかかる。

 俺達は彼女に倣い、建物の陰で目立たないよう身を潜める。

 

「どうし——」


 何かあったのかと聞こうとした途端、目にも留まらぬ速さで口を塞がれた。

 そしてイシュタリカさんの翠の瞳が、鼻の頭が触れあうほどの近さで俺を睨んでいた。

 近い近い、顔が近い。

 意図は理解したけど、顔が近すぎるよイシュタリカさん。

 ゼラとの初対面以来のドキドキした心を押さえつつ、意識して仕事モードに頭を切り替える。

  

「…………」


 理解されたと見たのか、イシュタリカさんの手がそっと離れた。

 事前にいくつか決めていたハンドサインで謝罪を伝えておく。

 彼女は小さく頷くと、決めていた中で出来れば見たくなかったハンドサインを見せた。

 目視1、障害、そして戦闘回避……さらに耳を指す。

 見える範囲に敵一人。戦いを避けた方が良い実力者で、耳が良いということだ。

 イシュタリカさんに促され、指示された方向に目を凝らす。


「————!」


 かなり遠いが、かろうじて建物の上に立つその姿を確認出来た。

 人型の頭の上には三角形がふたつ、そして尻に垂れている一本の紐のような……尾。

 こりゃやべえ。

 アレたぶんネコ系の獣人だ。

 元の世界でも、音の方角を聞き分ける事に関しては抜群のネコ。

 どの程度の距離まで聞こえるのか分からないが、確かにこれだけ離れていても警戒が必要な相手だろう。


「これだけ離れていれば大丈夫。風向きも反対だから聞こえない」


 沈黙を破ったのはイヌイさんだった。

 憶測や予想といったものではなく、どこか確信めいた自信をうかがわせる言い方だった。

 仲間にネコ系獣人でもいるのだろう。

 さすが異世界の隠密(推定)である。

 さす密!


「そうか、なら少し喋っても大丈夫だな」


 イヌイさんの言葉にイシュタリカさんも少し警戒を解く。

 彼女は猫系獣人の知り合いがいて、その人基準で警戒していたらしい。

 小さく息をついて、イシュタリカさんが続ける。


「あそこの奴はなかなかの強さだ。戦って勝つだけなら難しくはないが、お前達を守りながらは戦いたくないね。なにより周囲に気付かれないよう勝つのは不可能に近い」


 なるほど。

 例えばここからスナイパーライフルで狙撃したとしても、倒れて屋根から落ちれば間違いなく他の敵に異変を察知される。

 それでも地下水路まで到達するだけなら、掛けられた強力な認識障害によって何とか逃げ切れるだろう。

 だが俺達は陛下を連れて戻らなければならない。

 戻って来る水路付近の警戒を強化させる訳には行かないのだ。


「おそらくそっと行けば大丈夫。でも隠密スキルは駄目。逆に気付かれるかも知れない」

「なるほど、やっぱその辺りは獣人には敵わないね。それじゃ下手に小細工をせず、刺激しないよう普通にコッソリ行こうか」


 頷くイヌイさんを見て、イシュタリカさんは諦めたようにその言葉をそのまま受け入れた。

 うむ、諦めは大事である。

 諦め仲間が出来たな。

 だからどうしたという事でもないが。

 俺は特に意味のない共感を勝手に感じながら、慎重に移動し、無事に地下水路へと入ることが出来た。


 そして地下水路はスライム達の協力もあって何事も無く順調に進み——途中イシュタリカさんに雫の事をアレコレ聞かれたが——洋館内暖炉下の隠し扉へと到着した。

 そこで外の様子を伺いながら、出るタイミングを決めねばならない。

 僅かに見える隙間から周囲を窺おうとすると、不意に肩を掴まれ待てがかかった。


「今、探ってるから」


 おっと。

 つい転移前の世界の常識で動いてしまった。

 この世界には魔法が当たり前に存在しているという事実に、俺の意識がまだ追い付いていない。

 一体なにをどうしているのかは分からないが、すでにイシュタリカさんが周辺の状況を探っているらしい。

 なんか俺、スライムの件以外だと役に立たないどころか、少し足引っ張ってね?

 ……反省、そしてちょっと自己嫌悪。


「少し……厄介な状況みたいだね」


 そうつぶやくと、イシュタリカさんは眉をゆがめて考えるような仕草をする。

 どう厄介なのかを聞いてみると、どうやら館内ではすでに敵味方の小競り合いが始まっているようだ。おそらく第三波のチームが敵の守りを潜り抜けているものと思われる。

 館内で小競り合いが始まっているという事は、他に軟禁されてたおそらく無関係の一般人達の混乱も相当なものになっているだろう。


 その話を聞いて、俺は苦々しく顔を歪め、王子の顔には不安感がにじみ、イヌイさんは相変わらず表情の変化があまり分からないが、少し表情が硬くなったように見えた。

 しかし、ややマイナス方面の変化を見せた自分達三人とは違い、ジンジャーさんは物腰の柔らかさが消え、スタートの合図を待つアスリートのような気迫を見せ始めた。

 ジンジャーさんに中てられたのか、イシュタリカさんからも気迫のようなものが見え始める。

 それを見て、ここは腹をくくるべき場面であると悟った。


 彼女達とは少し違うが、俺もまた意識が仕事モードへと切り替わる。

 例え相手が巨漢であろうと、病人や怪我人であろうと、客が求める以上は仕事として客を満足させねばならないと覚悟して施術に臨むような、強い緊張感が身を包む。

 ふと隣を見ると、一人だけスイッチが切り替わっていない、顔に不安をいっぱいにじませている王子がいた。


 俺はどう声をかけるべきか考えたが、少し考えてそれをやめた。

 代わりに背中を軽く叩き、驚いてこちらを見る彼を軽く抱きしめた。

 王子は驚きつつも俺の腰に手をまわし、僅かに震える腕で力強く抱きしめてくる。


「……もう大丈夫か?」


 その時間は一分とも三十秒とも感じられたが、イシュタリカさんから声を掛けられた時には王子の身体に震えは無く、覚悟を決めた緊張感のようなものが見て取れた。

 君は強い子だな。

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