第27話 異人種と作戦と
「さて、呼ばれて来たは良いけれど……こいつ、なに?」
「ラスト・マッキーデン殿だ。それより、ちゃんと時間までに来いと言っておいただろう」
「なんだ、ちゃんと来ただろう。お前は本当に誤差のことをいつまでもいつまでも煩いなあ」
「誤差など無いと何度言えば分かるんだ! 陛下の命が掛かっているのだ。いい加減こちらに時間感覚を合わせろ!」
「それを先に言え!」
「そんな機密を伝言なんぞできるかあっ!」
「ったく、相変わらず煩いな。ま、たまたまこっちに来ていて良かったのか悪かったのか……どうやら穏やかな話ではなさそうだね」
さらに二人して文句を言い合った後、宰相はようやく事態の説明を始める事ができた。
それを見ながら、俺はうずうずとしている自分を頑張って抑えていた。
エルフ!
この世界で初めての異人種!
古代中国で活躍した似た名前の武芸者……とかのオモシロ起源説的ネタではなく、ちゃんとしたエルフ!
耳が長い。ジャパニーズタイプのエルフだ!
髪を後頭部で三つ編みにまとめている。
そして身体は……思ったほど細くないな?
人族だと考えれば華奢に見える、という程度だ。
金縁で黄緑と白の服、そしてフードマントを羽織っている。
短パンとブーツの間に伸びる色白のおみ足が眩しい。
全体的に動きやすさを考えた服装なのだろう。
身長は俺より少し低い。
村ゼミによれば、エルフは人系種族の中で最も長い寿命を持つと言われている。1000年生きたエルフもいるらしい。
エルフがいかに桁違いの寿命を持つ特異な人種なのかがよく分かる。
そう、耳も特徴的だが、俺としてはその桁違いの寿命を持つという人種の身体がどうなっているのかが是非知りたい!
しかし「身体を触らせてくれ」とか言ったら、翌日には牢屋の偽王子に引越し蕎麦を献上している事にもなりかねないから断腸の思いで諦めた。
「何やら変な視線を感じるんだけど?」
気が付くと鼻先が触れるほどの距離にめちゃくちゃ美人の顔が迫っていた。
少女の面影を残しつつ心身共に大人へ変わり行く美少女と美女の中間期……日本で言えば二十歳前後の女子大生くらいに見える。宰相とのやりとりを見る限り、精神的な年齢もそんな感じがする。
ゼラの儚げな魅力や村長の恵体美、イヌイさんの小動物的愛らしさ、ジンジャーさんの健康美、王子の神秘的な美しさとはまた違う、朝露に透き通った光のような美しさだった。
この世界、超絶美人多過ぎだろ……一人男だけど。
「失礼しました。エルフを実際に見るのが初めてなので……」
俺は素直に認めて頭を下げた。
嘘ではない。
本当のこと全てでもないが。
「ふーん……?」
値踏みするようにジロジロ見られたが、鑑定スキルを受けているような感じはしない。スキル無しで普通に見定められているのだろうか。
ちょっと居心地悪い。
「ま、いいさ。私も今こうして見させてもらったしこれでお互い様だ。それともキミはエルフの貧相な身体が好きな、アッチ系の人なのかな?」
「アッチでもコッチでも無いです……」
変な誤解をされても困るからちゃんと否定しておく。
そもそもそれ以前にまず魅力的かどうかの問題をクリアした後の話だと思うのだがなんだって皆そういう部分的な事ばかりを挙げるのか理解に苦しむ逆に言えばそこがクリアできていればアッチにもコッチにもなるのだがそこは愛とか恋とかなんかその辺の……うん、落ち着け俺。
今は大事な作戦会議中だ。
とりあえずお互いに自己紹介はしておいた。
イシュタリカさんという名前で、エルフには苗字が無いらしい。
というか、イシュタリカを名前として使うならイシュタルとかイシターとかじゃなかろうか。イシュタリカという名前はなんとなく地名っぽいから苗字みたいな感じがするが、エルフの感覚では姓名の区別が無いから気にしないようだ。
苗字が無いのは長命で繁殖力が弱く人口が少ない為、顔ぶれの変化が少ない。だからその内覚えるだろうという、かなり雑な理由であるらしい。
なるほど、時間感覚が自分達とは違うわ。
数が少ないから知らない顔でもエルフ同士ならほとんど〇〇村の誰それとかで通じるそうだ。
結構いい加減な種族なんかね?
「それで、この遅刻魔を含めた君達五人での作戦になる」
「いちいち煩いなあ……この小言魔が」
「黙って聞け」
「なら余計なこと言うな」
「ふふっ、お二人とも相変わらず仲が良いですね」
……俺の最強バディ説は間違いかも知れねえ。
憎まれ口を言い合える時点で互いに信用はあるのだろうが、仲が良い訳でも無さそうだ。
間に入るジンジャーさんの台詞も結構ズレてるが、それはそれでストッパーにはなっていて、チグハグしてるのに結果的に纏まっているから何だかムズムズする。
人間関係ってむずかしいよね。
「おほん、それではチームとしての作戦内容を説明する。とはいえ、内容は簡単だ。昨日の脱出ルートを今度は逆に辿る――それが今回の救出作戦だ」
宰相からの説明は確かに簡単だった。
説明だけなら。
昨日見つかった辺りは警戒されているはず。難易度は確実に上がっているだろう。
まあ、そうさせない為に宰相が陽動チームを出す訳なんだが。
「では、昨日実際にそのルートを使った者達から、何か他に言うべきことは無いかね?」
大体の説明が終わった後で、こちらに話を振って来た。
いきなり振られても困る。
この世界に疎い俺が言えることなんてないぞ。
「…………」
王子とイヌイさん……なんで俺を見る?
ここはどう考えても今回のチームリーダーである王子か、あの場の戦闘を乗り切ったイヌイさんから何か言葉があるべきでしょ。
ほら、イシュタリカさんもジンジャーさんも、つられて俺を見てるじゃないか。
俺が説明するはずみたいな変な期待の眼差しに、仕方なく脱出している時の事を思い出しながら説明する。
「まず……転移門の向こう側は完全に真っ暗です。暗闇の中でも周囲の状況が把握できる人は手を上げてください」
王子、イヌイさん、イシュタリカさんの三人の手が上がる。
村ゼミでエルフやドワーフ等の亜人種は魔眼持ちが多いという話は聞いていた。
だからこれは想定通り。
「では自分とジンジャーさんは転移直後は周りが見えません。なので三人は我々のフォローをお願いします」
三人が頷く。
ルートの状況の変化に併せて、誰が何をできて何ができないのかを知っておく事は非常に大事な事だ。
さて、次に気を付けるべきは……
「転移部屋の壁を抜けるには、殿下が先導する必要があります。大幅に前に出る訳ではありませんが、壁の向こう側へ最初に出るのは殿下になります。可能な限り殿下と同時に近いタイミングで壁を抜けられるようにしましょう。また、壁を抜ける前に壁の向こう側の状況が把握できる人は……」
イヌイさんとイシュタリカさんの手が上がる。
イヌイさんは予想していたが、イシュタリカさんもできるのか。
まあ、よく考えたら今回の救出作戦の為にわざわざ呼んだ人だ。
陛下の所にいた老執事や若執事のような、かなりの実力者と考えて良いだろう。
「では、お二人には壁を抜ける際の安全確認をお願いいたします」
「わかった」
「任された」
「壁を抜けた先は地下ワインセラーとなっており、上に行くと木箱が並ぶ倉庫になっていますが、建物自体は一軒家で大きくありません。もしここで戦闘になるような時は、この転移拠点自体が特定されていると見ていいでしょう。このルートを使った作戦は失敗です。その際、自分は即時撤退を提案します」
「そうだね。私もそれに同意する」
「そうですね。救出チームは私達だけでは無いので、他のチームに期待しましょう」
「殿下に血路を開かせるような事をさせる訳にも行かん。やむを得んな」
俺達は、あくまでも複数いる救出チームのひとつに過ぎない。
しかも王子が居るので、危険に飛び込むような無茶もまずい。
イシュタリカさん、ジンジャーさん、ヘルマン宰相もそこは理解している。
王子は少し俯いてしまったが。
「その時は、宰相閣下の判断を仰いでからになりますが、撤退後に別チームのルートを行く手もあります。上手くいけば先に進んだチームを支援することができるかも知れません」
王子とイヌイさんが無言で頷く。
俺と他の三人は分かっている。
その時は、少なくとも王子は確実にこちらに置いていく事になるという事を。
俺も留守番係になれれば良いんだが、地下水路は使うだろうから、そんな可能性は無い。
「続きます。建物から出ると、裏道とはいえしばらく身を隠せない場所を移動しなければなりません。昨日は見つかってしまい戦闘になりました。私以外の身分は偽っておきましたが、それを素直に信じているとは思いません。昨日通った道は警戒されていると考えた方が良いでしょう。なので、ここをいかに怪しまれず通過するかが最初の難関になると思われます」
言いながらイシュタリカさんとジンジャーさんの方を見る。
「耳はフードで隠せる。問題無い」
「私は少し……目立ちますね」
ジンジャーさんが俯く。
確かに女性で身長180センチは、この世界でもやや目立つだろう。
さらに身体に比して胸も大きく、美人で魅力的なプロポーションをしているから、かなり目を引くだろう。
その上、ぱっと見で黒に見えてしまう髪色……少し目立ってしまうか。
ちなみにこの世界の人族の平均身長は、男性172センチ、女性162センチなんだそうな。
確かイタリアあたりの平均身長がこんな感じだったような気がする。
「安心しろ……とまでは言わんが、向こうは曲がりなりにも大ナーロッパの旧都だった都市だ。異世界勇者の本場でもある。部分的な黒髪も含めればそれなりにいるだろう。マッキーデン君のようにな」
そういえば俺も銀髪になってたけど黒混じりだったわ。
なるほどね、俺みたいな感じで黒髪が混じってる奴もいるのか。
それと、あそこは世界帝国ナーロッパの旧都だったのね。
行った時は即捕まって、戻った時は裏道を使って逃げたから、周囲を見ている余裕が全然無かった。
この件が解決して安全に向こうへ行けるようになったら観光してみたいな。
「だ、そうです。自分もそうですが、変に意識すると逆に目立ちそうなので、そこは自然体で行きましょう」
「そうですね。そうします」
ジンジャーさんは小さく苦笑いを浮かべて肩をすくめて見せた。
この人、身体が大きくて目つきの少しキツいクール系美人なのに、なんか仕草が可愛くて脳がバグる。
この世界の美人は脳をバグらせるユニークスキルでもあるのか!?
この世界は俺の脳をバグらせに来ているのか!?
それともただのギャップ萌えなのか!?
「ごほん、話を続けます。その道を抜け、我々は地下水路を目指します……」
俺は気を取り直し、ルートのひとつひとつを思い出しながら話を続けていく。
話しながら、いよいよもって命のやり取りをする、事件の渦中に飛び込んでいく自分が具体的にイメージされていく。
指先が固まる。
――が、その手に掴まる小さな手にぎゅっと力が入った。
不安そうにこちらを見上げる王子の顔がある。
「大丈夫だよ」
王子の頭を撫でる。
手に伝わる感触が、余計な感情を排除する仕事モードに意識を切り換えていく。
長く同じ仕事をしていると、こういう条件反射が身に備わる事がある。
必ずしも良いことばかりではないが、この世界に限っては良い方向に作用するだろう。
頭がクリアになっていく。
まだ作戦も始まってないのに、今から緊張してどうする。
この世界でのあらゆる戦いは、ある意味これから始まるのだ。
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