第11話 旅立ち

 旅立つ前に、ゼラとの手合せをお願いした。


 ゼラは自然体に近い構えのまま一歩も動かず、俺の全ての攻撃を簡単に受け流したり受け止めたりする。

 素の防御力だけでも俺の攻撃は通じない。

 だが経験になるよう、あえて受け流してくれているのだ。

 耐久力だけでなく、捌きや受け方もやたらと巧い。

 たぶん防御力だけではなく防御系スキル全ての特徴をひとまとめにしたのが『完全防御』なのだろう……能力が反則過ぎてチートと呼ばれる理由も納得できる。

 俺の打撃技など、巨大なダムに長ネギブレードで攻撃するようなものだ。


 掴み技も試したが、位置・角度・距離を微妙にズラされたり体勢を崩されたりする。

 さらに掴んでも手に力が入らないように握らせてくる。昔習った技にあったな、こういうの。

 たぶんゼラから仕掛けて投げたり極めたりもできるだろうが、練習にならないから反撃をしてこない。


 今の俺の攻撃力では全く通じないようだ。

 手を止め、ゼラの前に立って握手をする。

 困惑した表情で応じるゼラだが、右手で握手をしたまま左手で肘の手前に親指で圧を入れた。


「――いたっ!?」


 反射的に手を放したゼラは、村長と目を合わせ驚いた表情を浮かべる。

 やはり。

 三大チートでも無敵ではないことが分かっただけでも収穫だ。


「今、何したんですか?」

「この世界のスキルで言えば《身体鑑定》……になるかな」

「でも《身体鑑定》に攻撃能力は無いはずですよ~?」

「もしかして過剰回復ですか?」

「それも違う。予想だけど、おそらくゼラのスキルは、その過剰回復も防ぐだろ?」

「当然です。ですが、今のはそれ以外に説明が……」

「いや、だからスキルでも攻撃でも回復でもなく、簡単に言えば『痛みを伴う鑑定』かな? 経絡……まあ、要するにツボだ」


 説明はしてみたが、結局ゼラも村長も理屈はともかく、その感覚は理解できないようだった。

 まあ、俺もどちらかと言えば感覚の後に理屈を追うタイプだから、ちょっと説明役としては適していないと思う。

 二十年以上、人の身体を触ってきた俺も、触れた瞬間に身体の状態予測候補がズラッとリストアップされる感覚は経験だとしか説明できない。


 ゼラや村長にとって、ツボは弱点や活性化の位置程度の理解しかないのだろう。

 間違いじゃないが、それは『弓に矢をつがえれば矢は飛ぶ』程度の認識でしかない。

 つまり、飛んだ矢を的に当てる方法論を何も理解出来ていないのだ。

 過去にマッサージ師とかの転移転生もありそうなものだが、その辺の知識は残してないのかね。


 しかし今回の事で可能性は見えた。

 全てが終わった時、全てを終わらせる為に、きっとやりたくない事をやらされるのだろう。

 だがそんなことはやりたくないから可能な限りそれを避けられる道を探すつもりだ。

 しかし最悪の場合は『やれる』という可能性がある事は確認できた。

 一切納得はしていないが、決断しないままその時を迎えるほど馬鹿じゃない。

 まあ、そもそもまで到達出来るのかどうか……それが一番の問題なんだけどね。

 予想されるあまりの先の長さに、俺は空を見上げ、大きくため息を吐いた。


 それからは、旅立ちの準備や挨拶回りをしながら一週間を過ごした。


 鬼ごっこで最強だったドロテアちゃんとケーシーくんから餞別として、軽くて丈夫で勇者の必殺技にも耐えるという謎キャッチフレーズのマグカップと、常に新品に戻る謎ハブラシを貰った。

 さすが異世界グッズ、理解が及ばねえ。

 それと二人とも身体をよじ登ってくるな。


 相撲で俺をぶっ飛ばして心身共にバッキバキにへし折ってくれたメジカちゃんは、実は居候先の娘さんで《料理》スキル持ちの料理っ娘だった。ゼラのような完璧さはないが、食べる相手を思って作ってくれる心のこもった料理で、俺にとって異世界でのおふくろの味となっている。

 特に汁物がホッとする味で良いのよ。あの味をしばらく口にできないと思うと、ちょっと寂しい。


 サッカー訓練にいつも付き合ってくれた後髪の跳ねたウイングくん。

 彼はサッカーボールをくれようとしたが、さすがにかさばるので丁重にお断りした。

 寄せ書きとか入ってなくて良かった。うっかり「俺も旅立つ」って書くところだった。

「ボールは友達だから連れて行って」と言われたが、「友達を危険な旅に連れていけない」ともっともらしい理屈で丸め込んだ。

 代わりに激励として彼の落ちるシュートを受けさせてもらった。

 胸にずしんと響く良いシュートだ。彼の情熱がじんわりと伝わってくる。


 ラグビーで俺のボールをカットしまくった委員長ちゃんこと黒髪ロングのチェアミンちゃんは、武術訓練でも俺をカットしてきた曲刀使いちゃんでもあった。

 たまにメジカちゃんの料理を手伝いに来て、空中に投げた食材を一瞬でカットする漫画で良く見るアレを見せてくれたのは忘れられない。剣術の派生スキル《剣舞》の力だそうだ。

 旅立ち準備も、しっかり者ぶりを発揮して甲斐甲斐しく手伝ってくれたので大いに助けられた。

 旅装の選択肢だけでなく、半端に迷う時間までしっかりカットしてくれたよ。脱帽です。

 ……ちなみに委員長ちゃんと勝手に覚えていたが、実は生徒会書記であったという俺的に衝撃の事実が最後に発覚した。


 武術訓練を担当した二人と一匹からは、最後に戦いの厳しさをこれでもかと叩き込まれた。

 相手は、《武器格闘》の上位スキル《バトルマスター》持ちの専業主婦(うそつけ!)グローリアさん。

 さらに、指揮官系スキル《大将軍》持ちでメジカちゃんのお父さんでもある兼業農家(うそつけ!)ビクトーリさん。

 そして、称号『神獣』持ち体高二メートルの飼い犬(うそつけ!)白狼シン。

 ……いや、村に娯楽が少ないからって、訓練にかこつけたストレス発散はやめろください。


 そして村長からも、ネーミングの危険が危ないアイテムとか、誰かのお下がりとかを色々譲ってもらった。

 村長とは訓練中に何度か手合わせしてもらったが、魔法どころか《杖術》スキルの時点で、全く歯が立たなかった。あのチェアミンちゃんの《剣舞》が小学生のマイムマイムに思えるほど、容赦なく、圧倒的に強かった。

 その体型であの鋭い動きができるのは、凄いを通り越して物理的におかしい……おっぱいが飛んでくるよ!?

 本人は「強すぎて嫁の貰い手が~」と嘆いていたが、最初から嘘泣きなのはバレている。

 整体二十年の眼力をナメるなよ。


 さらに、村長のS級スキル《無限回廊》について教えてもらった。

 この力のおかげで村は決められたルート以外では入れない『隠れ里』として成立しているらしい。

 能力の説明を受けた時、攻撃向きではないが、無効化する以外の実質的な攻略法が無い事を悟った。

 これ……対抗スキルが無かったら出会った瞬間に詰むぞ。

 まさに「世界最強」……その称号が伊達でないことを改めて思い知った。


 そんな、非常に濃ゆい三ヶ月を過ごしたこの村とも、ついにお別れだと思うと、少々離れがたい想いもある。


「この村を出たら、基本的に私達は支援できなくなります。ユカリさんも村を守らなければいけませんし、私も神殿に戻って色々とありますので。こちらから《遠隔通話》を送ることは、あまり無いでしょう。ラストさんから用があれば、礼拝堂で私に呼びかけてください」


 ちなみに《遠隔通話》とは、転移直後にゼラと話していた、あのスキルだ。

 遠方の相手と会話できるが、スキルを持つ側からしか繋げられないし、距離制限もある。さらに相性が合わないと繋がらないという、便利だが不便でもあるスキルだ。

 もっともゼラの場合は神特権で距離制限が無いらしい。

 なんかずるい……あ、だからチートか。


 礼拝堂から神に呼びかけると、相性さえ合えば何故か同じように呼びかけた神との通信が可能になるようだ。

 この世界でいう「神のお告げ」の正体がコレであるらしい。巫女や聖女の素質なんて関係なく、神との相性だけで決まる。

 当時の神様が「面倒だから限られた人にだけ応えた」のが巫女や聖女の始まりだそうだ。

 神秘性も無ければ情緒も無い、身も蓋も無さすぎて泣ける。

 ……まあ、全員の話を聞いてられないってのは分かるけどさ。


「それは聞いたから分かっているが……この村の人達って守られる必要あるのか?」

「世界中の人達が、勇者の子孫だと以前にも言ったはずです」

「分かっているけど言わせてくれ。俺はどんな非常識な世界に旅立つんだ……」

「すぐ慣れます」

「それはそれで嫌だな!」


 この世界では街の外は危険なので、基本的に外に出たりしないそうだ。都市間の移動も、転移門という大型の魔道具で済ませるらしい。

 もちろん出る者もいるが、いつ初見殺しモンスターが現れるか分からないので、よほど目的があって腕に自信でもない限り長期の外出はしないそうだ。


 でも、こんな小さな村ですらあんな人外染みた連中ばかりなのに、外に何の危険があるんだ?

 そう思って質問したら、村長の一言で全て納得した。


「異世界転生って、人間だけじゃないんですよ~」


 コンチクショー!

 聞くたびに世界の常識が崩壊して、頭痛を通り越して泣きたくなる。

 そういえばラノベでも、魔物やアンデッドや魔王軍の幹部転生とかあったわ。

 そこに神獣や規格外魔獣の子孫まで混ざってるとか、勇者の血を継いでるくらいじゃ安全とは言えないらしい。

 魔境かな。


 人間の勇者率に比べれば少ないらしいが、それでも規格外率は五割。

 二回に一回の初見殺し!

 さすがこの世界、何の慰めにもなってねえ!


 そういえば、初日に戦ったゴブリンもノーマル種族で、チート種族との縄張り争いに敗れて流れてきたらしい。

 そんな彼らを自身の支配域で受け入れていたのが、あのナルフェニニスイケドラゴンだ。

 ゼラですら警戒する規格外が潜む地域ながら、彼はノーマル種族も共生できるよう支配を敷いているという。

 もし出会い頭でチート級に当たっていたら間違いなく即死だった。

 いや、実際に当たったんだけど、たまたま謙虚なイケドラゴンだったから助かった。


 たぶん彼は最初から俺を殺す気なんて無かった。

 ゼラが来ることを見越して、俺に「異世界人の危うさ」を教えつつ、ゼラに「なぜ喚んだのか」と非難を突きつけたのだろう……誰も傷付けずに。

 彼は本当にイケドラゴンだ。

 次に会う時は菓子折り包んで持って行こう。そうしよう。


 ともあれ、俺は今日この村を発つ。

 旅の先に待つものは、まあ……予想できなくもない。

 だけどせめて、トラブルは少なめで、安全に、無事に終われたら良いなあと思う。

 そんな事はまあ……有り得ないんだろうけどね!


 でも願望くらいは言わせてくれ。

 思うのは自由だ。

 日本国憲法にも書いてある。


 そう心の中で悪あがきをしつつ、ゼラや村の人達に見送られて、俺はチュートリアル村を旅立った。





―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―

序章終了時点のステータスメモ。


◆名前:ラスト・マッキーデン(←松木手才悟)

◆Lv:8(+7)

◆技能(5→14)

 身体鑑定/生成魔法/身体魔法/身体洞察

◇NEW

 武器格闘(←格闘)/察知/隠密/パリイ

 火魔法/精神耐性+/魔法抵抗/低毒耐性

 タイムカウンター/メジャー

◆固有技能(2→3)

 ★マンガボディ

 ★精密接触

 ★ついの加護(NEW)

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