ワケあってドラゴンになった貧乏令嬢は高所恐怖症の竜騎士を愛でたい
保月ミヒル
プロローグ 騎士と乙女
私は一人の男性と共に、風が吹きすさぶ荒涼とした大地を歩いていた。
どうしてこんなことになっちゃったのかしら……。
ぼんやりとそんなことを考えながら、私の前を歩く男性――キースさんの後姿を眺める。
黒くすっきりしたデザインの軍服と、ドラゴンが大きく翼を広げたデザインの銀の襟章は、彼が王都の騎竜隊所属であることを示していた。
キースさんが私の視線に気付いたように足を止め、こちらを振り返る。
その唇は、意志の強さを示すように固く引き結ばれていた。
グレーの瞳が陽に当たり、銀の光を散らしたように輝く。
さらさらの金髪が風を含んで揺れた。整いすぎた容姿は、まるで硬質な宝石のように隙が無い。
思わず見とれてしまいそうな容姿に生真面目そうな表情を浮かべて、彼は唇を開いた。
「ブルーノ、王都へはあの森を通るぞ」
『あの、私の名前はクラウディアなんですけれど……』
私が喋る声に合わせて、大地がかすかに震えたような気がした。
「なんだ、もう腹が減ったのか? 仕方ないな、これを食え」
『違いま……ちょっ、げほっ、干し肉を口にねじ込まないでくださいっ!』
反射的に大きな翼をばたつかせると、辺りに激しい旋風が巻き起こる。
っ……いけない。
私ははっと我に返ると、キースさんを翼で覆って風から守った。
「機嫌の悪い奴だな。仕方ない、森に入る前に少し休んでいくか」
『仕方ないはこっちの台詞ですよ、もう……』
彼には私の言葉が通じない。
それがどうにももどかしくて、私は鋭いかかぎ爪を大地に食い込ませる。
「急にお前を相棒に選んで悪かった。だが、そう気を悪くするな」
キースさんは凛々しい瞳に温かな感情をのぞかせて、優しく私の首元を撫でてくれた。
硬い鱗だらけの肌を優しく撫でられただけで、どうして何も言えなくなってしまうのだろう。
キースさんは小さくため息をつくと、私に寄り添うようにして草の上に腰を下ろした。
本来の私よりもずいぶん背の高い男性のはずだけれど、今の私にとっては、か弱く小さな存在だ。
そのさまは――可愛い。
さながらつぶらな瞳の子リスちゃんのように可愛いわ。
今私を撫でてくれたお返しに、こちらからもちょっとだけ撫でちゃだめかしら。
少しだけ、ほとんど力を入れずに触れるだけなら、傷つけることもないのでは……?
そろりと鉤爪を持ち上げかけて、私はまたもや我に返った。
……いけない、ドラゴン特有の庇護欲に飲み込まれかけていたわ。
ドラゴンは、人間に対して厄介な感情を抱いているのだ。
守りたいし可愛がりたいのに、身体の大きさと力の強さゆえにうっかりすると傷つける。
そんな感情に葛藤している私も、元は人間である。
没落しかけている貴族の娘ではあったものの、冒険とは無関係で、毎日ドレスを着て屋敷の中で過ごしていた。
そして――近々、見知らぬ誰かと婚約をする予定だった。
それがなぜこんなことになったのか。
きっかけは、あの夜にあった――。
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