死にたくても死ねない少女

キョーカ

死にたくても死ねない少女

 死に憑りつかれた少女がいた。少女は思い付く限りのあらゆる手段で死のうとした。飛び降りてみたり、電車の前に飛び出してみたり、体に思い切り刃を突き立ててみたり。だけど、いつも最後は病院のベッドの上で目が覚める。


「また駄目か……」


 悲鳴を上げる体が生を実感させる。見舞いに来た人々は、生きてて良かった、とかなんでそんな事するんだとかさまざまな事を言っていたけどぼんやり絶望した頭には何一つ響かず、入って来なかった。

 皆が去った後、ようやく一人になれたと思った矢先、病室の入口に立っている者がいた。その人は男女ともつかぬ顔をしている。が、少女にはどうでも良かった。何となく話し掛ける。


「貴方は? 」


「……音無アリカ。いま君が思い浮かべるモノ」


 女性らしい名前だった。


「モノ……? 」


 少女は一瞬訝しんだが、すぐにどうでもよくなった。むしろ、この人なら気軽に話しかけられる、そう思った。その時少女はどうでも良かった。何もかも。


「わたし、死にたいの。でも、死ねないの。何度やっても……」


 少女は今までの事を話した。また、皆と同じ事を言われるだろうか。そう思いながら。けれど音無は言った。


「生きてる限り、何度でも死ぬチャンスはあるよ」


「……引き止めたいとか思わないの? 」


 音無は答える。


「ないよ」


「どうして? 」


 それが、願いなんだろう?

 そう言われて少女は複雑な気分になった。正直に言えば半々な気持ちだからだ。答えを返せずにいると、音無はそのまま続ける。


「今日は君に伝えたい事があるんだ」


「……伝えたい事? 」


「ちょっとした御遣いを頼まれてしまってね。言ってたんだ。君はある特定の死に方じゃないと死ねないって」


 音無は無表情のまま答える。


「特定の死に方……? 何それ! 」


 少女は思わず声を荒げた。


「つまり、今までの方法は正解じゃないって事だね。だから君は未遂で生きてる」


「どういう事よ……ねえ、わたしはどうやったら死ねるの!? 教えてよ! 」


 音無は相変わらず無表情だ。


「さあね、それは僕も解らないんだ。教えて貰えなかった」


 少女の目に涙が浮かんだ。


「まあ、この世に絶望してるんなら、死に方を探す為に生きるのがいいんじゃないかな。その間、暇だったら話し相手にはなれるよ。僕も予定の日まで暇だから」



 特定の死に方。予定の日。


 突っ込み所満載なことを喋っているのに、その人を何故か怪しめない。少女はその日から会って音無と話すようになった。

 面会時間を過ぎても、ぬるりと影から現れる音無は明らかに人ではないと解っても。


「ねえ、アリカは前にわたしが思い浮かべるモノって言ったよね? それってどういうこと? 」


 音無が薄く笑ってみせる。


「君は僕を神か天使の類だと思っているのかな」


「じゃあ言うわ……どうして神様は何もしてくれないの……? どうして救ってくれないの……!? 」


「君にとって都合のいいものが神なのか? だったら、そんな神は実在しないよ。きっと神は何もしない。ただ見ているだけ。祈りは命令でもなんでもないからね」


 涙。また少女はベッドの上で目を覚ます。また駄目か……音無はなおも無表情で見下ろしているだけだ。正解は自分で探すしかないのだと悟った。


「あの子、また来たのね……」


「家族はどうしてるのかしら。見た事ないわ……」


「いい加減、さっさとし……」


「ちょっと、聞かれるわよ! 」


 最早何も響いて来ない。音無アリカは少女の生い立ち、何もかもを知っていた。ありふれた不幸な境遇だ。

 ここに語るまでもない。少女にとって味方と呼べるのは今は音無だけだ。今日はこっそり溜め込んでいた薬を酒と一緒にがぶ飲みした。気が遠くなる。

 音無は味方と言っても特段助けたりはしなかった。


「これもきっと不正解なのね……」


 薄れゆく意識の中で、また無限と錯覚するような、病院での生活を想う。音無は何もしない。だけど、いるだけで安心できた。



「そういえばまだ聞いてなかった。予定の日って何? 」


 今は起き上がる気力がない。音無は……やはりいつものように無表情。だから嫌な顔ひとつせず答える。


「大袈裟に言えば、君にとって最後の審判の日みたいなものだよ」


「こんな世界、無くなっちゃえばいいのに……」


 少女は思わず漏らす。


「だから僕が来たんだよ」


「でも、肝心の死に方は知らないのね。アリカは神と同じで名前ばかりで何もしないの? 」


 くるくると回る少女の絶望は消えてなどいなかった。


 ベッドの上で何年も過ごし、少女はその度に絶望し、それ故に夢を見た。自分の死を。自分に適した死に方を。人に疎まれて、友人や家族とと呼べる人を失いながら、尚も尚も。


 音無と出逢ってから何年経っただろうか。相変わらず少女は生きていて、何度死のうとしても死なずにいた。どんなに体が軋んでも、呻いても、死のうとするのを止めなかった。

 活き活きと死のうとした。一日中死ぬ事ばかり考えていた。失敗したら、音無と会話する、それだけが楽しみだった。全てをあの日から変わらない姿で、音無はずっと見ていた。何も言わずに。



 ある日、眠ったままベッドの上で動かない少女を音無は見つけた。


「おめでとう。やっと死ねたね」


 音無は今までにない、慈愛に満ちた表情で少女に話し掛けた。

 少女の死因は老衰だった。最後まで、誰にも看取られる事も無く。静かで穏やかな死だった。

 音無は本当は知っていた。『特定の死に方』の訳を……実は理由などなかったという事を。頼まれごとも、あってないようなものだった。


「君はこれから、幸せになれるかどうかが決まるよ」


 少女がどんな死に顔だったかは、音無アリカしか知らない。



***



 ×××は見ていた。その一部始終を。今頃死にたがりの元・少女の魂は、音無アリカによって食われてしまうのだろう。

 音無によって少女がどうなるのかなんて、×××にとってはどうでもいい事だった。今度はどんな死に方を設定しようか、などと思い巡らすくらい×××は退屈だった。

 そう思っているうちに音無アリカは少女がいた場所から飛び去って、次を探しに出かけたようだ。無い音の在処、そんな駄洒落た名前をまた名乗るのか。


 少女が思い描いた神や天使がいるのなら、今頃必死で人を救おうとしているのだろう。果たして、それが導く先は何処なのか。少女はそこまで考えていたか。


 ああ、面倒だ。

 ×××は音無アリカが此処に帰って来るまで、少し眠る事にした。

 何も此処にはありはしないから。

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死にたくても死ねない少女 キョーカ @kyoka_sos

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