その日のために

@kai-kunn

第1話

私が首を絞められ、吊られてから3日がたった。不思議なことにさほど苦しくはない。まあ、私が生きているのか死んでいるのか、と問われても、どちらともいえないのだが。とにかく私はとある家の窓際につるされている。幼い少年が私を前に一生懸命手を合わせており、その父親らしき人が、

「晴れるといいな」

と少年に語りかけている。

 そう、私は『てるてるぼうず』というらしい。あまりセンスを感じない名だ。私を窓際に吊るすと、晴れる、という言い伝えがあるそうだ。

 だが、晴天を祈願する相手の首を絞め、吊るすというのが正しいのだろうか、私には分からない。私の脳が紙でできているからなのだろうか?

 とにかく私は一週間後に起こる晴れ晴れとした日のために生まれたらしい。その日は運動会とやらがあり、家族総出で出席するそうだ。

 ここ数日テレビというもので学び、わかったのだがこの家には父親と母親、そして勇と言う息子の三人がおり、彼ら三人を家族、と呼ぶらしい。

 だが、父親は仕事が忙しく、母親もパートとか言うもので家に居ないことが多かった。勇少年は、その事が淋しいらしい。いつもつまらなそうにしていた。

 そのためか、彼は物言わぬ私によく話しかけていた。

 学校のこと、友達のこと、そして、家族のこと。

 今日も両親の帰りが遅いとか、友達も同じ境遇だとか、授業はつまらないとか、その話はとりとめもなく、そして尽きなかった。

 おそらくだが、彼はきっと両親と話がしたかったのだろう。

 だからこそ、一週間後の運動会とやらに両親が来てくれると聞いた時の勇少年は満面の笑みだった。

 私にはそれがそれほど嬉しいことなのか、と思ったものだ。

 しかし、そう上手くはことは進まなかった。父親に問題が発生したのだ。

 接待?とかいうものでスポーツをしに行かねばならなくなったのだ。ゴルフとか言うらしい。

 勇少年は傍で見ても分かるくらいに落胆していた。母親も必死でなだめていたが、勇少年は、両親の顔を見ようとはしなかった。

 ゴルフとは自分の息子をここまで落胆させても行かねばならないスポーツなのだろうか、私には分からない。

 だが、行かねば、家族が路頭に迷うらしい、恐ろしいスポーツだ。クラブと言うものを振り回して、私の頭くらいの丸い球を、穴に入れるというものだそうだ。なぜ人間はそんなことをするのだろう。家族を泣かせてまで……。

 私は見ていた。

 勇少年が淋しさから私に話しかけていたように、両親も私に語りかけていたのだ。

その内容はほとんどが勇少年のことで、こんなに大きくなったとか、時間を作ってやれず申し訳ない、とかそんなことだったが、寝る前には、二人とも勇少年の寝姿をみてから眠りにつくのだ。そのときの顔を何といったら言いのだろうか、私には、生まれて数日の私には表現できない。

 だが、あの顔を見れば両親が彼をどれほど大事に思っているかは、私にも分かった。

 その彼を悲しませることが父親の本意ではないことは、私にも分かっていた。会社の上司という支配者の命であり、断れないのだそうだ。

 閉められた子供部屋の前で、父親は何度も謝っていた。

 部屋からは嗚咽が漏れ、母親は父親の方を見れなかった。


その日の夜半、両親は項垂れながらボツボツと話していた。

「どうにかならないの?」

「無理だよ。行かなきゃ首だってさ」

「何度も言ったんだけど、子供の運動会位で、って言われてさ」

「あんなに楽しみにしてたのに……」

「いっそ雨でも降ればな」

「それこそ無理よ。日曜は晴天だそうよ」

「上手くいかないなあ」


私の役目は晴天の日曜にすることらしい。だが、そこに意味はあるのだろうか?

私の役目とはきっと……


 そして日曜日が来た。勇少年は起きるなり私を握り締め、ゴミ箱に投げ捨てた。

 それはそうだろう。

 外は大雨だったからだ。

 運動会すら延期になった彼の心中を思えば当然だった。


ゴミ箱の中で耳を澄ます。父親の声が聞こえてきた。

「何してるんだ、勇」

「おとうさんこそ、ゴルフじゃないの?」

「雨だからゴルフは中止になったんだ」

「え?」

「学校から連絡があってな今日は休みだそうだ。おかあさんも休みだし、雨だけどどこか行こうか?」

「うん」

私は安堵していた。きっとこれでよかっただろう。果たして、紙でできた私に天候をかえられたかどうかは分からない。だが、必死で祈った。その結果、私は投げ捨てられた。

 しかし、これでいいのだ。私の役目は彼らの晴れ晴れとした日曜日を作ることだったのだから。

                                       完

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