002 平穏に暮らしたかった。

―――さてと。依頼を受けなきゃいけないんだから、まずはギルドに行かなきゃいけないな。



ギルドとは冒険者が所属する団体のようなもので、依頼の処理などの業務をしている。冒険者はここで依頼を受け、それをこなし、報酬なりをいただく。ギルドを通さずに依頼を受けることは、基本的にルール違反となる。



「お、これだこれだ。」



――――――採取依頼 薬草 買取制限なし



完璧かんぺきな依頼じゃないか。とればとるほど儲かる。受諾じゅだく回数の制限もない。これを毎日続ければ、完璧な地面ライフだっ。



「これをお願いします。」



受付の女性に依頼書を手渡す。



「はい、えーっと。採取依頼ですね。時間制限はありませんが、日付が変わると無効になってしまいますので、それまでにはギルドにお戻りくださいね。」



女性は依頼書に日付入りのスタンプを押してくれた。これで依頼の受諾は完了だ。



「では、お気をつけてー。」



女性の声に送られ、俺は記念すべき地面ライフをスタートしたのだった。



「あぁぁぁぁーっ!いたーーーーーーーー!」



すごい土煙をたてながら、誰かがくる。恐怖すら感じる光景だが、あの顔には見覚えがある。冒険者登録のときの少女だ。



「ど、どうしたんですか…?」



暴れ馬をなだめるが如く、とする。



「杖を、杖を返してくださいっ!」



「杖?」



「そうですっ!あなたが持って行ったのは、私の杖なんですー!」



あれ初心者用の武器じゃなかったのか。そういえば装飾もあったな。



「えっ…困ったな…。」



「早く返してくださいっ!あれがないと困るんですっ!」



「そういわれましても…。」



隠してもしょうがない。事情を話し終えると、数秒の空白時間が流れた。



「売ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!?あの杖を、の杖を。どどどどこに売ったんですかっ?」



「質屋…です。」



「質屋ぁぁぁぁっ!?早く案内してください。取り返してくださいっ!」



「は、はい。」



少女の剣幕けんまくに圧倒されつつ、質屋に急ぐ。



「あれ、また来たのかい?…ありゃ、彼女さんまで連れてら。」



「杖を、杖を返してくださいっ!私の杖を…。ふえーん。」



店主があっけにとられている。少女は泣きじゃくっているため、俺が事情を説明する。



「そうなのか…そりゃ困ったな…。返してやりたいのはやまやまなんだけど、もう売れちまったんだよ。」



「誰にっ!?」



少女の勢いに店主も圧倒されている。



「上下黒い服をきた妙な客さ。杖なんか滅多に売れないから、10000ゴールドのぼったくり価格をつけてたんだけど、なんと一括払いだぜ。小一時間で9000ゴールド以上儲かっちまったぜ。」



事情を忘れ顔の店主をしり目に、少女が俺に詰め寄ってくる。



「たった1000ゴールドで?あの杖をたった1000ゴールドで売ったんですかっ!?」



「…600ゴールド…です。」



「ろっぴゃ…。」



少女が気を失ってしまった。慌てて倒れゆく少女を支える。知らなかったとはいえ、申し訳なさでいっぱいだ。



―――そういえばって言ってたな…。



余計に申し訳ない気持ちになる。さすがに少女が「世界最強」を持っているとは思えないが、少女にとってはとても大切な杖なのだろう。



「はっ!…それで、その杖を買っていたお客はどっちへ行ったんですか…?」



正気に戻り、少し落ち着きを取り戻した少女が問う。



「それが一見いちげんさんでね…。どこのだれかもわからないんだよ…。すまねーな。」



店主も申し訳なさそうにしている。ただ、店主に特段の非は…いや、ぼったくったのはどうかと思うが。



「そうですか…。」



そんなに悲しい顔をされてしまうと…。



「その…ごめんなさい。」



「いえ、タイキさんが悪いわけでは…。あんなところに置いた私が悪いんです…。」



せめて事情だけでも聞いてみることにした。新人冒険者にできることなどない気もするが、責任の一端いったんは自覚している。



「そんなに高い杖なんですか?」



「そうですね…お金に換算はできませんが、もし売るとすると…1のあとに0が10個ぐらいつくでしょうか…。」



「…。」



「嘘だと思ってません?」



「…。」



「本当ですよっ!」



「…。」



「店主さんまで…。あれは大勇者さまからいただいたものなのですっ!」



「…。」



「私はミレイ。大勇者さまより新人冒険者の認証のにんを与えられた、最高位の魔法使いなのですっ!」



「…はあ。」



「もーっ!絶対信じてないですね…。わかりました。今はあの杖がありませんが、これでも良いでしょう。」



そういうとミレイは魔法を唱えた。すると、背丈せたけほどもある長い杖が姿を現した。杖には高級そうな装飾がされており、いかにも高そうだ。ミレイの話が真実味しんじつみびてくる。



召喚しょうかん魔法…おいで、ミール!」



ミレイの杖に合わせるように、純白の鳥が姿を現した。とんでもない魔力量だ。何もされていないはずなのに、圧倒されてしまう。



「これでわかりました?私は超すごい魔法使いなんですっ!」



言い方はともかく、実力は本物のようだ。素人目にも「超すごい」ことだとわかる。



「…本当だったんだ…。」



「あっ!やっぱり嘘だと思ってたっ!」



すっかりテンションが戻ったミレイは、店主から杖を買っていった客の人相風体を聞き出した。



「…なるほど…。ん?もしかして、その服に…えーっと、こんなマークついてませんでした?」



ミレイの絵画センスはともかく、どこかで見覚えのあるマークだ。



「あー、そういえば袖にあったな。なんだい、それ?最近のはやり?」



「…。まずいです、まずいです、まずいです。これはまずいーーーーっ!」



だから急激なテンションの変更はやめてほしい。心臓に悪いから。



「あの杖がやつらの手にわたってしまうとは…。ふえーん、ふえーん。」



また泣き出してしまった。



「ひぐっ。そうですっ…もとはといえばタイキさんのせいですっ!」



「急な責任転嫁せきにんてんかっ。さっき自分が悪いって言ってたよね。いや、俺も悪いけど…。」



「そんなこと言ってません。」



そういうミレイの目は、荒波あらなみにもまれている。



「思いっきり目が泳いでるけど…。」



「責任とってくださいっ!」



「いや、俺にそんなお金はないし…。」



さすがにそんな大金はもっていないし、一生働いても稼げないと思う。



「お金には代えられないんですっ!はやく取り返さないと、あの杖がやつらの手にわたったということは…この世界の危機ですっ!」



「そういうことは早く言ってよ。いくら地面ライフを謳歌おうかしたい俺でも、冒険者の端くれ…。」



「タイキさん…。」



「なんて言うわけないでしょっ!無理、無理、無理。どうせ災厄とか怪獣モンスターがらみなんでしょっ!そんなの嫌ですっ!」



俺の言葉にミレイの顔が真っ赤になる。



「はぁーっ!?なんなんですかこの人。信じられないっ!えーいっ、もう強引にでも手伝わせないとっ!」



「えっ!?」



身体が急に熱くなる。ミレイに目を向けるが、ミレイは涼しい顔をしている。



「どうしますぅ?探すの手伝うって言わないと、どんどん熱くなりますよぉー。」



とんでもないことをする少女だ。



「ちょっと、強要は良くないって…って、熱いっ!…わかった、わかったよ。手伝うからっ!」



「契約魔法っ!」



俺とミレイの身体が魔法陣に包まれる。



「ちょっ、何したのっ!?」



「契約ですよ、魔法契約。破ったらどうなるか…。」



―――ゴクリ。



「…一年間小さな不運が襲い続けます。」



「…それだけ?」



「はい。」



「…本当?」



―――よし、逃げよう。



「…今逃げようと思いましたね…。そうはさせませんよっ!」



「ふぎゃっ!」



突然、頭上にタライが落ちてきた。



「どうします…?これが一年間続くんですよ…。」



―――なんて恐ろしい契約だ…。



「わかったよ…。手伝うから。」



これにて俺の地面ライフは終了となりました。ここからは、自称じしょう・最高位の魔法使いである少女に強要され、杖探しライフとなります。



―――はあ…。なんでこうなったんだろう…。

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