優しさのかたち
@hkmi
運命の出会い?
「こちらの大陸には、魔獣族は残ってはいないのか。」
空中に浮かぶ人工都市エルジオンの一角で獣人の男ギルドナが呟く。
この都市は「プリズマ」と呼ばれる星のエネルギーの酷使により進んだ大地の汚染の影響で、生物の生存が困難になった地上から生き延びるために人間が技術を駆使し建設した空中都市である。
ここは「ゼノ・プリズマ」と呼ばれる「プリズマ」の力を人工的に増幅させたエネルギー体を利用し、その力で文字通り空中に浮かんでいる。
土の大地に根差す草や樹木、雄大に流れ母なる海へと還る川といった自然のものとは全くもって縁のない、目に映るものはほとんど人工物の無機質な街並みだ。
街を歩く人々の多くは機械的に縫製された、一定の品質に保たれた量産の衣服を身に纏っている。
対して獣人の男ギルドナは上半身には獣の毛皮が大胆にあしらわれたマント、下半身には簡単に加工された前掛けのような布を纏うだけのほぼ半裸の姿、まさに時代錯誤といった言葉がぴったりな服装で市街を歩いている。
そんな獣人の隣を歩く黒髪の青年アルドが、先ほどの呟きに反応する。
「そういえば、こっちの人は魔獣たちがまだ地上で生活してることを知らないんだよな。」
「前にミュルスを連れてきた時も本物だと思われなかったし…」
このアルドという男も獣人の男ほどではないがかなり場違いな恰好をしている。青色の上着の上に肩甲骨を隠すような短い鮮やかな赤色のマントが映える。片肩には金属製の肩当てを着け、背中には大剣を背負い、ザ・RPGの主人公といったような出で立ちだ。
事情を知らない人が見たら間違いなく映画の撮影か、コスプレ-コスチュームプレイ-と思うのも致し方がないだろう。
なぜこの二人の服装がこんなにも浮いているのかというと、彼らはこの時代の人間ではなく地上が汚染される前の時代、中世から時空を超えてここ未来にやってきたからだ。
時空を超えられる彼らは人々の最悪の結末を回避するため、救けたい人のために様々な時代を巡る壮大な冒険の途中なのである。
人間のアルドはさておき獣人の男ギルドナ、彼は魔獣族という種族でかつてはその長を務めていた男だ。
先のやり取りは魔獣族であるギルドナの末裔が未来に生存していないことを嘆いたものである。いや、アルドの反応の通り正確には魔獣族は完全に絶滅したわけではない。
冒険の折訪れたここより東方の地、イージアと呼ばれる空中都市の真下、汚染された地上の小さな集落アンガルで魔獣族の末裔は生きていた。
限られた食糧と汚染を免れたわずかなエリアで終わりを待つように細々と暮らす彼らに対し、ギルドナは深く絶望した。汚染の進む地上で逞しく生きる姿に勇気づけられた一方、己の不甲斐なさ故の結果だと自責の念も抱えていた。
「やはり俺たちの生き残りはアンガルにいた者だけか…」
失意と憂いを帯びたギルドナの言葉に対し、アルドは返す言葉を探し沈黙が続く。
妙な緊張感が流れ始めたとき、後方から誰かが呼び掛けてくるような声が聞こえた。
「おーい!そこの君たち!」
こちらの時代でアルドたちに声を掛けてくるような知り合いなどさほど多くはない。
聞き覚えのない声だと思いつつ、つい振り返るとやはり覚えのない青年がこちらに向かって駆けてくる。
「そう!今振り向いたそこの君たちだ!」
心当たりはないけれど辺りを見回しても自分たち以外に人はいない。
どうやら自分たちのことだと思ったアルドは、見知らぬ青年に対して「どうしたんだ?」と呼応した。
アルドたちを呼び止めた青年は二人の傍までくると立ち止まり、こう話し始めた。
「僕は映画監督を目指していてね。今デビュー作を作るために出演者をスカウトしているところなんだ。」
映画とはスクリーンという大きな射影幕に映像作品を投影し臨場感を楽しむ娯楽であるが、もちろんこのアルドとギルドナの生きていた時代には存在しない。
しかしアルドは過去に自身の仲間であり、ここ未来で出会った茶髪の少女エイミと一度一緒に観たことがある。エイミからは作品のチョイスがとにかく不評だったが、自身は未来の技術とストーリーに感動を覚えた。
そんなことを思い出したアルドは映画監督を夢見る青年に対し
「へえー、映画を作るなんてすごいな。」
と素直に感嘆の言葉を漏らした。
そんなアルドの反応に気をよくした映画監督志望の青年は上機嫌にこう続ける。
「それで君たちに声を掛けたんだけど、僕の作品に出演してくれないか?」
青年の放った言葉に対し、また面倒なことに首を突っ込んだな、という顔をするギルドナ。
そんな彼の表情をよそに
「ええっ!俺たちがか!?」
とアルドは今度は驚嘆の声をあげた。
このアルドという青年は、思ったことは比較的口に出す上にあまり空気を読むのが得意ではない。
エイミという女性と観た映画も、恋愛、アクションとジャンルが様々ある中で彼がチョイスしたのはホラー映画であったため、女心には全く響かなかったどころかセンスを疑われた。
そんなアルドの素直な反応に益々手応えを感じた青年は
「ああ、僕の作ろうとしている作品なんだけど、史実を参考にしたものでね。見たところ君たちは相当な中世マニアのようだし、ぜひとも僕の作品に参加してもらいたいんだ。」
と言った後、言葉を止め一呼吸したのち先のテンションとは打って変わった高揚した声で
「特にそこの、魔獣のコスプレをした君!!!!」
とギルドナに詰め寄った。
あまりの豹変ぶりに無言を貫いていたギルドナも動揺し
「コス…プレ…?」
と初めて聞く単語を反射的に口に出した。
なんでも口に出すアルドに対しギルドナは寡黙だ。
今回のように不意を突かれた場合などは別だが、自身の考えなどは必要があれば口にする程度で自ら進んで話すことはほとんどない。
話は戻るが先ほども言ったように、ここエルジオンでは魔獣の存在はとうの昔に絶滅したとされている。ギルドナのような魔獣(の格好をした者)がいれば、問答無用でコスプレ扱いされるのだ。
ちなみに現在の景観からかなり浮いているように、魔獣は人間とは衣服の文化が違いより自然に寄り添った服装をしている。
まずこの格好を普段着とする未来の人間はいないだろう。さらに外見は頭には角が生え、耳の先は尖っていて特徴的だ。性別問わず締まった身体をしており、鍛え上げられたその肉体を見れば一目で只者ではないとわかる。そして特に特徴的なのが肌の色で、まるで空のような色をしている。
そういった非日常感からか、未来において魔獣はコスプレの題材としてはニッチな需要があるようだ。
腕を組み立ち尽くすギルドナの周りを、まるで忍者のような身のこなしで飛び回る青年。
「ああ!僕はここまで完成度の高いコスプレは見たことがないよ!この天を穿つような角!尖った耳!そして、この魔獣特有の肌にたくましい筋肉!何もかも完璧だぁ~!くぅぅ~っ!これぞ僕の求めていた理想の魔獣だ!」
青年の口から矢継ぎ早に繰り出される言葉の数々に困惑しつつもギルドナは冷静に
「おい、こいつは何を言っているんだ?」
と、こうなったのも貴様のせいだぞと言わんばかりにアルドを睨んだ。
なぜ睨まれているのかは考えなかったアルドだが、あまりの青年の熱量に引くギルドナを見て同情したため
「…そ、そういえば、一体どんな作品を作るつもりなんだ?」
と問いかけた。
中世マニアで魔獣族に対しこの高揚感ということは、という確信めいたものはあったが青年の気を逸らすのには十分な効果があったようだ。
アルドの質問に対し我に返った青年は、自分の作品について嬉しそうに語る。
「はっ!つい興奮しすぎて…!その説明がまだだったね。僕はこの通り魔獣が大好きでね。その昔、地上では魔獣と人間の存続を懸けた争いがあったと史実の本で読んだんだ。それを僕は映画として作り、魔獣の良さを皆にもっと知ってほしいんだ!」
アルドとギルドナが生きていた中世の時代、人間と魔獣族による大きな争いがあった。魔獣王と呼ばれる者が魔獣軍を統率し、魔獣たちは人間を襲い人々を恐怖に陥れた。
その魔獣王の名前がギルドナであり、今まさにアルドの横に立つ魔獣の男である。
この魔獣軍及び魔獣王ギルドナは先の争いで人間に敗北している。ギルドナも一度はこの世から消滅した身ではあるが、アルドの妹であるフィーネの体に宿る、稀代の天才科学者の発明「ジオ・プリズマ」が彼の肉体をこの世界に再構築し、今こうして彼が存在しているのだ。
余談だがこの空中都市を支える「ゼノ・プリズマ」と、フィーネの体に宿る「ジオ・プリズマ」の発明者は同一人物である。何故アルドとともに中世を生きる彼女の体に未来のテクノロジーが宿っているのかという話は長くなるのでここでは割愛する。
超科学的な力でこの世に蘇ったギルドナだが、どういった訳か彼の肉体は魔獣王となる以前の外見となり、後退した期間の記憶も欠落している。
そしてそのかつての魔獣王ギルドナを打倒した張本人が、ギルドナの横に立つ黒髪の青年である。
彼が読んだという本に書かれているのは、おそらく自分とギルドナの戦いのことだろう。
史実ということはきっと魔獣にとってはあまりいい話じゃないよな、と思い無言のままのギルドナの代わりにアルドは続けてこう聞いた。
「なるほど…それで、どんなストーリーなんだ?」
その問い方に興味を持ってくれたと勘違いした青年はすかさず
「お、興味が湧いてきたようだね!シナリオはもうできているんだ。実際に見てもらうのが早いだろうから僕のうちに来るといい。」
そう言って自身の住居を伝えるとアルドたちの返答も待たず
「待ってるよ!」
と足早に去っていった。
去る青年の後ろ姿を無言で見つめるアルドとギルドナ。
断れなかったな…という顔のアルドに
「貴様がはっきり断らないからこうなるんだぞ」
と、ギルドナは痛恨の一撃を食らわせた。
アルドは小さくため息をつき
「…まあ、一応聞くだけ聞いてみるか。」
と、青年の後を追うことにした。
ギルドナにも「どうする?」と聞いたが
「俺は行かんぞ」
と間髪入れずに断られたのは言うまでもない。
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