9話 理由
「ごめんなさい。今の私はあなたに応えることはできないの」
ああ、やっぱり。僕はゆっくりと掴んだ手を放した。
……再び、沈黙が訪れた。しかし今度のは鉛のように重く、肺が締め付けられるように苦しい。
薄々わかっていたのだ。断わられるのではないかと。藍は恋愛に興味がないのだと。
だけど好きになった手前、自分も引き下がれなかった。少なくとも告白するまでは想い続けてしまうだろう。
シュレディンガーの恋人だ。箱を開けさえしなければ藍は恋人になるのかもしれないし、ならないのかもしれなかった。でも僕は告白をして箱を開けてしまった。そしてそれはパンドラの匣だった。
「……なぜ、と思うよね?」静かに藍は口を開いた。
「興味がない?」
「いいえ、違う。恋をしたいとは思うわ。興味がないわけじゃない。他の人よりうすいかもしれないけれど……」
「……妹?」
「そう」彼女は頷いた。
今日の初詣には彼女の妹、りんがついてきていた。藍を誘ったとき、連れてきていいかと聞かれたのだ。内心では二人が良かったけれど、それを言うわけにもいかず、「いいよ」と答えたのだ。
「私は面倒を見ないといけないの。りんをひとりぼっちにさせたくはないの」
以前、藍はちらりと「父が居なくなった」と言っていた。それ以上は何も言わなかった。
「好意を持ってくれてとても嬉しかった。でも今の私には、妹以外を愛す余裕はないの」その言葉は刃となって心に突き刺さる。
「いつか、落ち着いて私の時間ができたら……」藍はそう言いかけ、止める。
「いえ、あやふやなことを言って貴方を待たせるわけにはいかないわ。はっきり言います」彼女はこちらを向き、まっすぐ僕を見つめる。その氷の瞳で。
「私はあなたと付き合えない」
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