第56話 少し弱音を聞いてください!

 

 部屋の外で待っていたライズに連れられて、宿舎近くの定食屋に来ていた。

 ライズはそこの女将と仲が良いのか、少し話をつけると女将は嬉しそうに私達を奥の個室に案内する。



「どうしてこんな個室に……?」

「クレア、魚料理は好き?ここのムニエルはとても美味しいんだよ。それに俺はクレアが美味しそうに料理を食べているのを見るのが好きだからね」


 もしかして、ライズは私の事を心配して連れてきてくれたのかもしれない。

 確かに最近色んな事があり過ぎた。ライズには話していないが、きっと私の表情に出ていたのだろう。


 そう考えるとなんだか突然猛烈に申し訳なくなってくる。


「ライズ、ありがとう」

「なにが?」


 そうやって気づかないフリをしてくれる所も含めて、本当に感謝しかないわ。


「ふふ……、私お魚も大好きよ!しっかり食べて英気を養わなきゃね」


 ひと段落ついた気分だったけど、きっとまだ終わっていないと言う事はわかってる。

 でもしっかり食べて休む事も、とても大事な事よね。


 それからその後は出てくる料理に舌鼓をうち、ライズとたわいのない話をしていたところだった。



「クレア、やっばりどうしても聞きたい事があるんだ」

「なぁに、今日の事はダメよ」

「その事じゃないよ」


 だったら何の話なのかと、私はライズのエメラルドの瞳を見つめ返す。

 

「あのさ、クレアがスカーレット家から勘当されたと言う話は本当?」

「どうして……」


 ライズがそのことを……?

 

「その驚き方……噂は本当だったんだね」

「噂?」

「スカーレット侯爵様がクレアの為に勘当したって話」


 家を出ると申し出たのは私からだ。それなのにお父様は私の為にそんな風に話を広めて下さっているようだ。

 ライズにまで、もう話が知れ渡っていたのは驚いたが、これも作戦の内である。


 私はお父様と約束をした。スカーレット家から私が勘当された事を広めて欲しいと……。

 そうでないとこの作戦は意味がないのだ。





 そして私はあの日、お父様と話した事を思い出していた。


「お父様。私はこの家から絶縁します。ですから今現在の私の財産、私に使われていた品々全て売り払って下さいませ。微々たるお金でしょうが、そのお金で少しでも今回被害に遭われた方々に補助をして欲しいのです」

「クレア、何をいっているのだ」


 動揺するお父様に、畳み掛けるなら今だと私は次の提案を出す。


「こうすれば、この手配書に書いてある。クレア・スカーレットは存在しなくなります」

「そんな事でどうにかなるわけないだろう?」

「そんな微々たるものでいいのです。だって、この手配書が嘘なんですから。私の事を知らない人々は、存在しない人物を探している間抜けな人達となるわけです」


 こんなのただのハッタリだってわかっている。

 でも最初から私はいなかった事にした方がハロルド殿下にとっても都合が良いはずだし、きっと後々上手くいく。


「私は存在しない人間なわけで、侯爵家に泥を塗る事は出来なくなり暗殺される心配も無い。これでお父様は安心して犯人を炙り出すことができますよね。ですから民の事は私にお任せ下さい!」


 その後お父様は長い沈黙の後に頷いてくれた。きっと凄い悩んで下さったのだと思うと嬉しかった。

 それにいつかこの家を出る予定だったのが少し早まっただけの事……。


 今後簡単に家には帰れなくなったけど……それでも私は後悔しないわ。



 お父様の許可がおりてからは物事が進むのは早かった。

 被害によって無一文になった者達が、職業復帰できるようにするための補助が始まったのだ。

 足りないお金は魔力増強剤の所有者に多大なる罰金を設けたり、加害者に被害額を払わせるなど重い罪に指定してもらった。


 これが最後の我がままになってしまったけれど、これで私は良かったと思っている。

 でもほんの少しだけ寂しいと思ってしまっている自分がいた。





 たがら今だけ、少しだけ甘えさせて欲しかった。


 目の前にいたのが偶然ライズだったから、たまたまそうだっただけたから……。


「ライズ、少しだけ私の話を聞いて欲しいの」


 そんな私の様子を見て、ライズは嬉しそうに目を細めて言った。


「俺で良ければ喜んで」




 それからライズに今までの事を沢山話した。


 なんで自分が命を狙われなくてはいけないのか!とか、くそったれた貴族が多すぎる事についても愚痴っていた。

 ライズに言ってもしょうがないのに……無性に腹が立って仕方がなかった。


 そして少し落ち着いたときにふと思った。


「ライズはやっぱりこの指名手配書とか、私が命を狙われてる事も知ってたんだ……」

「気になる?」

「気になるわよ!!ライズは過保護だけど必要な事は教えてくれそうだもの!」

「そうだね。でも今回はクレアが知ってても知らなくても、俺がクレアを守る事は変わらないから……だからどちらでもよかったんだ」


 その返事は、ロイさんの答えとは全く違っていた。でもその答えには何があっても私を守るという強い意志だけは感じる事ができた。


「でもそれって私と一緒にいるときしか守れないんじゃない?」

「そう考えればそうだね」


 ははは、気づかなかったよ!と言うライズはやはり何処か抜けている。

 でもその笑顔に、私の胸は少し高鳴っていた。


 なんだかんだ言って、今横にいてくれたのがライズで良かった……。


 そう思い少し赤くなる顔を抑えて、私は首をかしげる。

 そして笑い終えたライズは、優しく此方に微笑みかけてきた。


「なに、その笑顔」

「クレアはさ、どんなに理不尽な事があっても絶対にハロルド殿下の事悪く言わないよね」

「当たり前じゃない。ハロルド殿下は私の全てであって、守るべき対象そのものだわ」


 自信満々に言いのけた私を否定する事なく、ライズは嬉しそうに言った。


「クレアにとってはそうだよね……ならよかった」


 最後の方は小声でよく聞こえなかったけど、ライズに認めて貰えてよかった。

 最近の忙しさで忘れそうになっていたが、誰がなんと言おうと私はハロルド殿下を御守りする為に騎士団に入ったのだ。


「よし、弱音は吐き終えたし明日からもハロルド殿下の近衛になる為に頑張るぞー!!」

「あのクレア、言い忘れてたけど今週中に能力診断演習があるの知ってる?」

「なんですって!!急いで特訓をしないと行けないわね!ライズ、帰ったら夜練よ!」

「なんだよそれー」



 盛大に笑いあい、その後急いで帰った私達は夜練を張り切り過ぎて、気がついたら朝日が登っていた。


「クレアこれじゃあ効率悪くない?」


 と、ライズに言われたが聞こえなかった事にした。

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