第43話 ハロルド殿下は(ヨシュア視点)

 

 そして僕は、クレアと話した内容の全てを殿下に伝えた。

 ただ、人の顔を覚えるのが苦手な僕は犯人の顔を覚えていない。でもハロルド殿下は、その事で僕を責める事はなかった。


「余りお役に立てず……申し訳ありません」

「いやそんな事はない。ヨシュア、君は確実に相手の顔を見ていたんだよね?」

「はい。間違いなく見ています。全く覚えてはおりませんが……」


 申し訳なさと恥ずかしさで、顔を隠したくなる。

 出来れば同じ質問を何度もして欲しくない。



「ふむ。ヨシュアは記憶魔法と言う物知っているかな?」

「記憶魔法ですか?いえ、存じ上げません」

「ジェッツ、あれを」


 首を振る僕をみて、ハロルド殿下が軽く手を上げた。呼ばれたジェッツは元から準備をしていたのか、素早く殿下に資料を渡す。


「宮廷魔術士に記憶を操る魔法を開発している物がいるらしい。何でも一度見た物ならば、記憶の片隅から記憶を引きずり出せる鏡を作成しているとのことだ。できればその鏡を借りてきて欲しい」

「えっ!?」

「ヨシュア、それが君への罰としよう」


 そんな事が罰だって……?


 本当ならば僕は賊に気がつかず、知らぬうちに片棒を担いでいた可能性だってあったのだ。

 それなのに殿下は僕に救いの道を下さった。

 だから僕は感謝のあまり頭を深く下げていた。


「殿下の温情、有り難くお受けいたします……!」


 感激した僕は滲んだ涙が乾くまで頭を上げる事が出来なかった。そして昔何処かで聞いた事がある噂を思い出していた。

 ハロルド殿下はとても優しいお方であり、余り表情が変わらないためによく勘違いされる方なのだと。その噂は本当の事だったのだ。



 ようやく頭を上げた僕は、一つだけきになる事があった。

 今なら聞いても許されるだろうかと、つい質問をしてしまったのだ。


「あの不躾かと思うのですが、何故ハロルド殿下がこの案件を追っているのでしょうか……?」


 魔力増強剤の事件があったのは騎士団の入団試験のときのはずだ。あのとき僕も現場にいたが、その事件がハロルド殿下と関わりがあるとは思えなかった。

 寧ろ入団試験に関わっていたのは、第一王子であるジラルド殿下のはずだ。



 だから僕は普通に疑問に思って、それを口にしただけだった。

 それなのに、質問された殿下は何故か突然冷静を失ったのだ。


「……えっと、そ、それはだな……!」


 狼狽え始めたその姿に、これは聞いてはいけない事だったかと僕は慌てて言い訳をする。


「いや、僕はそこまで深く知りたい訳ではありませんので、仰らなくても別に……」

「…………の、為だ」

「はい?」


 僕の言葉を遮って弱々しく殿下が何かを呟いたので、ついつい聞き返してしまった。

 そして、殿下は突然叫んだ。


「全部、クレアの為だと言っている!!」

「はいぃいいい!!?」


 何故だ?ハロルド殿下はクレアに婚約破棄を言い渡した本人だ。それなのにクレアの為?

 いやそれよりも今回の件はクレアが関わっているのか?


「お前はクレアの同期だから伝えておくが、クレアは命を狙われている」

「はぁ?あのクレアが!?」


 凄く間抜けな返事をしてしまい。僕は慌てて口を塞いだ。


「クレアが命を狙われたのは、僕が婚約破棄を言い渡したのが原因なんだ。婚約破棄をしなくてはならなくなった理由も僕なのに……全部、なにもかも僕が悪いんだ!」


 震え出した殿下は突然頭を抱え込んで、動かなくなってしまった。


「いえ、殿下は悪くありません!」


 そしてそれを宥めるジェッツの慣れた動作にも驚いてしまう。それなのに殿下は周りの音が聞こえないのか、何かぶつぶつ呟きながらも震え続けていた。


 唖然としている間に、他の者に運ばれていく殿下のその異常な光景を、僕はただ見ていることしかできなかった。





 暫くしてジェッツが戻ってきた。

 すぐに頭を下げる姿に何も言う事は出来ない。

 

「すまない。殿下は命を狙われる事が多々ある為、稀に発作みたいに周りが見えなくなってしまうんだ」

「それは僕に言っても良い事なのか?」

「ヨシュアはもうこちら側の人間だと思っているからな」


 その瞳は有無を言わせない目だ。僕自身もハロルド殿下に助けられたところなので、拒否する必要を感じはしないが。



「それから、さっきの話は絶対にクレアに言うな」

「何故だ?あれでも狙われている本人なのだろ?」

「だからこそだ。あの女の行動力は異常だ。捜査を無茶苦茶にされては困る……」


 斜め下を見ながら言うジェッツの死んだ顔をみて、あの女のことだ昔何かをやらかしたんだろうなと納得がいく。

 僕は「わかった」と頷き、今日は帰る事にした。



 そしてとぼとぼと歩きながら、先程の殿下について思い出していた。

 あのとき震えていたハロルド殿下の様子はどう見ても異常だった。しかしあの殿下には何か他の秘密があるような気がするのだ。

 そしてクレアに関する話への態度から、ハロルド殿下は婚約破棄をしたくてした訳ではないのだろうか?


 しかし僕がそれを知ったところで何の得にもならないなと、考えるのをやめたのだ。

 そうすると、今度は別の問題がでてきてしまった。


 くそ……この後クレアになんて言い訳をすれば良いんだ。


 頭を抑えながら長い回廊を再び歩く。

 これからの事を考えると、それだけで頭が痛くなっていくのであった。

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