第18話 出会いとはこういうものですか?



「女性に対してその態度は良くないと思いますよ」



 突然現れ、私にからんできた男の腕を掴んでいるダークブラウンの髪色をもつ青年は、ニコリと笑いながらさらに腕に力を込めた。


「いてて、いだだだ!」

「わかりましたか?」

「わ、わがっだ!わがっだがら、は、はなじでくれ!!」


 答えに満足したのか、その青年は手を離した。

 そして黒髪の男は、すぐに私達の目の前から慌てるように逃げていった。



 その様子をにっこり見送った青年は、こちらを振り返ると口を開いた。


「大丈夫でしたか?」

「は、はい……」


 突然現れた見知らぬその青年に、私は少し不審な目を向ける。助けてくれたのは有難いが、だからと言って信用はできないのだ。


 そんな私の態度に少し困りつつも、優しいエメラルドグリーンの瞳とぶつかった。

 一応感謝の言葉は伝えるべきだろうと私は頭を下げる。


「助けて頂いてありがとうございました」

「いや、余計な事をしてしまいましたかね?」

「い、いやそんな事はないはず……?ですかね」


 確かにどうにかできたとは思う。でも一人だと無駄に長引いたはずなので、助かったのは間違いない。

 そう思いつつ、私は改めて相手を見つめる。


 助けてくれたのだから、もしかしたら何処かで会った事がある人かもしれないと思ったけど……全く見た事ない人だわ。


「ええと、何処かでお会いしましたか……?」



 私の問いにその人は、どこか困ったように微笑んだ。

 


「……いえ、初めて会ったはずですよ。申し遅れました。私の名前はライズ・アンドリューです。一応これでも男爵家の三男なんです」


 男爵家と言えども貴族。もしかしたら噂を知っていて私を煽りに来たとか……?と、私は更に身構えてしまった。


「そんなに身構えないで下さい。俺はあんまり噂とか信じないので……それに、女性に寄ってたかってコソコソ内緒話するような男になるぐらいなら、俺は貴女を守れるような存在になりたいですからね」


 ウィンクしながらそう言われてしまえば、「は、はぁ……」と間抜けな返事しか口から出なかった。

 この人はただの女好きとかそう言う類いで俺は全女性の味方です!とか強く叫ぶタイプなのかもしれない。と、深く考えそうになるのをやめた。



「それで貴女のお名前を聞かせて貰っても宜しいですか?」

「ああ。そうですよね、失礼致しました。私の名前はクレア・スカーレットと申します」


 私の名前を聞いてもライズと名乗った青年は全く動揺しなかった。


 本当に噂を知らないのかも知れないし、知っててもあえて黙って居てくれる紳士なのかもしれない。

 とりあえず今は話せる相手が居るだけで、周りの目を気にしなくてすむ。だから私はそのまま会話を続ける事にした。



「ライズさんはどうして騎士を目指しているんですか?」

「俺さっきも言いましたけど男爵家の三男ですから、このままじゃ家から放り出されて野垂れ死んじゃいますからね」


 男爵家は何処も生活がギリギリの所が多く、爵位を継ぐ者以外は養子に行くか出稼ぎに行くしかない。

 だから男爵家に生まれた長男以外は、騎士になる人が結構多い。



 話には聞いたことがあったけれど、実際に見ると心が痛くなる。私達のような上位貴族がもっとしっかりしていればこんな事にはならないはずなのに……。

 しかしながら上位貴族達は、のし上がるために相手を蹴落とす事しか考えていない者たちばかりだ。


 そんな人達よりもっと優秀な下位貴族にも、目を向けたらいいのにと私は思っている。しかしハロルド殿下の婚約者ではない私が、もうそんな事を考えてもどうしようもない事だ。



「あんまり、気にしないで下さい」


 私の思考を遮るように、ライズさんは私に優しく微笑んだ。その顔には何処か諦めが滲んでいる様に見える。

 どうせ私が何かを言ったところで、どうにもならない事ぐらいライズさんもわかっているのだ。



「あ、いえ……あの!お互い騎士に慣れるように頑張りましょう!!」


 仕方ないけど今の私には応援する事しか出来ない。

 どうかこの心優しそうな青年が家から追い出されませんように、そして騎士になれますように。そう願う事しか出来ないのだ。



 そして私は、祈りを込めて手を差し出していた。


 その手を見て一瞬目を丸くしたライズさんだったが、「ありがとうございます」と言いつつ私の手を優しく握りしめた。



 なんとなく手を離すタイミングを伺っていたら、ニコニコと微笑むライズさんの口が開くのと同時に、その手はそっと離れていった。


「あの、一つだけやる気を出す為にお願いを聞いて貰ってもいいですか?」

「お願い、ですか?」


 暖かな手を名残惜しく思いながら、私は聞き返していた。


「そんな変なお願いじゃないですよ。もし二人とも合格したら、一緒に祝杯を上げに行きませんか?」

「え?」


 これは、ナンパに誘われた?最初に思った通り女好きの方だった?……いやいや、こんな優しい人がそんな人物な訳がない!


 頭に浮かんだ事を振り払い、私はライズさんに一歩踏み込み叫んでいた。



「行きます!!!」


 その叫びに周りの人達がこちらを向いた気がした。最初からこちらをチラチラしていた集団だ。

 そう考えたら恥ずかしい事なんてない。と自分に言い聞かせ、私はもう一度ライズさんのエメラルドの瞳を見つめた。


「絶対に二人とも合格しましょうね!」


 その瞳が大きく見開かれ揺れた気がした。


 そんな大袈裟だっただろうかと疑問に思ったが、試験官である騎士が声を張り上げたためその思考は、何処かに飛んで行った。



「只今より騎士入団試験、第一試験を開始します!」


 そしてその声は私を緊張に引き戻すには充分だった。

 でもさっきの緊張とは違う。


 私は横に立つライズさんを見て、彼と先程したばかりの約束を思い出す。

 それだけで、緊張よりも楽しみの方が強くなってきていたのだった。

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