第3話 そんなの耐えられません!

 

 気がつくと私はまだパーティー会場の中にいた。

 そして殿下の隣にはリリー様が佇み、私は惨めにそれを見つめることしかできなかった。


 でも私は、すぐに気がついた。

 これが夢だということに……。


 そしてこの後、殿下は私にこう言うのだ。



「クレア・スカーレットとの婚約を破棄する!」





 その言葉と同時に私は飛び起きた。


「はっ!!」


 息は乱れ心臓の音がうるさい。

 私は何度か大きく深呼吸をして周りを確認した。


 ここは、私の部屋だわ。

 でもおかしい、昨日私は殿下に婚約破棄されて……その後の記憶がない。


「まさか、夢?」


 そうであれば良いと強く思ったせいか、その言葉は口からこぼれていた。



「いいえ、夢ではございません」



 そんな希望を打ち砕いたのは、私の侍女をしているエレノアだった。

 一つに結んだ赤い髪を揺らし首を振るエレノアは、残念そうにココア色の瞳を私に向けて言い放った。


「クレア様は昨晩、ハロルド殿下の生誕祭にて婚約破棄を告げられた結果、意識を失いました」

「意識を失った!?」

「ええ。あのアホ王子はクレア様が倒れた後も、何事も無かったかのように振る舞っていたそうです」


 つい口が悪くなるほど、エレノアがとても怒ってくれている事に、私は少し笑ってしまう。


「何笑ってるんですか!!クレア様があんなアホ王子に、何故婚約破棄されないといけないのか私にはわかりません!寧ろあんな男、婚約破棄してくれてありがとうと言うべきですね。クレア様に相応しくないです!!」

「いや、そこまで言わなくても……」


 本人の前で言ったら、不敬罪になりそうなエレノアの発言に私は苦笑いしてしまう。


「クレア様はハロルド殿下の事が好きだからショックは大きいと思いますが、でもあんな良いところがない男は絶対早く忘れたほうがいいです!」

「エレノア!!」


 許せない言葉に、私はつい声を荒げてしまう。

 そんな私を見たエレノアは、すぐに頭を下げたのだ。


「申し訳ありません、クレア様のお気持ちも考えず……やはりハロルド殿下の事そんな簡単に忘れられませんよね……」

「い、いえ……」


 どうやら殿下を早く忘れたほうがいいと言った事に、声を荒げたと思ったようだ。

 確かに私は婚約破棄されたばかりなので、普通ならそう思うだろう。

 でも私はそんなことよりも、エレノアが殿下の事を悪く言った事に怒っていたのだ。そして私はその事に首をかしげてしまう。


 あら?おかしいわ。

 殿下に良いところがないと言われて、ついエレノアに怒ってしまったけど───。



 私、本当にハロルド殿下の事が好きなのかしら?



 そう思ってしまい、そんな訳がないと首を振る。

 とりあえず今は自分の感情を整理する時間が欲しかった。

 だからエレノアには席を外して貰い、横になった私は時計を見ていた。


 まだ両親が帰ってくるまで時間はある。

 それまでに殿下に対するこの感情が一体何なのか、それを知る必要があったのだ。




 それから夜になるまで、ずっと私は考えていた。


 昨日婚約破棄を受けたときはショックで気絶してしまった。

 それなのに目が覚めて落ち着いた今、ハロルド殿下から婚約破棄された事自体には、ショックを余り受けていない事に気がついてしまったのだ。


 そんな事よりも殿下に会える機会がなくなるかもしれない。

 それどころか二度と会えないかもしれない。


 その事がなにより私の中でショックだったのだ。



 ─── いや、そんなのは耐えられない!!



 だからこの気持ちはきっと恋なんかではない。

 そんな綺麗な感情なんかじゃない。

 ……これはきっと信仰心に似た感情。


 お近くであのお方をお守りしたい、ただそれだけの感情だったのだ。




 私は残る時間で、どうしたら殿下のお側に仕える事が出来るのかを考えていた。

 そして一つの答えに辿り着いた頃、部屋の外が騒がしくなったのだ。



「クレア!!起きたと聞いたが、もう大丈夫なのかい!!!?」

「あなた、そんな大声を出してクレアの心臓が飛び出たらどうするんですか!」


 バタンと、部屋の扉を開けながら大声で叫ぶお父様と、それを嗜めるように一緒に入ってきたお母様に驚いてしまう。


「えーっと、今日はお帰りが早いのですね」


 冷静に返したその言葉に、何故かお父様は涙目になって私を抱きしめた。


「クレア!世界一可愛い我が娘よ、辛いなら泣きなさい!!」

「えぇ……」


 きっと婚約破棄されて落ち込んでいると思ったのだろう。お父様と私の温度差が酷い。


「私とこの人はあなたが心配で、今日は仕事を早く終わらせて一緒に帰ってきたのよ」

「そうだったのですね、ご心配をおかけして申し訳ありません」

「クレアは、何も悪くないから謝らないでくれぇ!婚約破棄を止められなかったダメなパパを叱るべきだ!!」


 そう叫びながらお父様は体を離すと、私の手を握り婚約破棄後の話をしてくれた。



 どうやらあの後、お父様は猛反発したようだ。

 こんな簡単に婚約破棄を決めるなんて前代未聞だと。しかしハロルド殿下だけではなく何故か陛下からもお願いをされてしまい、そのまま押し負けてしまったそうだ。

 そして正式に婚約破棄は認められ、ハロルド殿下とリリー様の婚約が成立した。



 私が驚いたのは陛下も婚約破棄に賛成した事だった。


 陛下は一度決めた事は曲げない人なのに……。

 その陛下が認めたと言う事は、何か特別な理由があったのかもしれない。


 もしかして、リリー様と婚約するために私と婚約破棄した訳ではないとか?

 都合よく考え過ぎかも知れないけれど、殿下はそこまで馬鹿ではないはずだもの……。


 だからといって寄りを戻せと言われても、私はもう殿下の婚約者に戻りたくはない。

 だって婚約破棄されたことで私の心は傷つき、誰も信用できなくなったのは間違いないのだ。

 

 それなのに、私はその気持ちを抑えつけてでも殿下を守りたいと思っていた。

 きっと今まで殿下を守ってきた私のプライドが、今後の殿下を守れない事を許せなかったのだ。

 

 だから今の私は、殿下のお側に戻る方法が何よりも最優先事項であり、もし本当にハロルド殿下が私を拒絶した訳では無いのなら、きっとチャンスがあるはずだと思っていた。


 そのチャンスのために、今はお父様というコネを使うしかないわ……。



 そう決めた私は、全く手を離そうとしない父の瞳を見つめ、ある提案をしてみることにした。


「お父様、どうか私のお願いをひとつだけ聞いて頂けますか?」

「もちろん。可愛いクレアのお願いなら、私は何でも聞いてあげるよ」


 そう言ってくださるお父様に私はニヤリと微笑んだ。



 実は目覚めてからずっと、ハロルド殿下の事で思っていたことがあった。


 殿下は昔からよく暗殺されかけていた。

 でもその殿下を最終的に守っていたのは、この私ではないだろうか!!?

 だからこそ私がすぐにお側に戻らなくては、きっと殿下の命が危ないはずなのだ!



 その昂る気持ちを押さえきれず、両親の顔を見た私は癇癪気味に叫んでいた。


「私は騎士になります!そのため騎士団の入団試験を受けさせて下さい!!」


 そんな私を見て少し困った顔をしたお父様は、それでも優しく答えてくれた。


「クレアが望むのならば、勿 勿論試験を受けさせてあげよう。ただ理由を聞いてもいいかい?」


 その言葉が嬉しくて、私は感情を込めて拳を突き上げていた。



「婚約破棄された以上、お側にいる為には殿下の近衛になるしかありません!!!だから騎士団に入り、殿下の近衛をもぎ取ってみせます!」



 こうして私は騎士になるため、必死に訓練を始めたのだった。

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