最終話 料理人はサンタクロース

 太陽が沈んですっかり眠りにつき、三日月へとバトンを渡す世界。


 肌を突き刺すような冷たい木枯らしがビュウビュウと吹き、枯れ木を揺さぶり、暗黒の周辺を堂々と支配している。


 その過酷な状況で満里奈まりな店長が煙草をくわえ、ワンピースのような黒のエプロンドレスに身を包んでいた。


 店長は店内のオレンジの照明が漏れている店の前で腕を組み、縦横無尽じゅうおうむじんに立っている。


「ふふ。お疲れ。そのシタリ顔じゃあ、どうやら全部食材が集まったみたいだね」

「お疲れ様です。こんな寒い夜にわざわざ外にいるなんて……。

もしや僕の帰りを待っていたんですか?」


上智じょうち、あのなあ。私はこれでも血の通った人間だぞ。何で私が忠犬ハム公な真似事をしないとならんのだ。この娘の指示だよ」


 時々、体を縮めてブルブルと身震いをする僕よりも長身な店長。


 すると、店長の後ろの一つだった長く伸びる影が二つに分かれ、一人の眼鏡少女がぴょこんと正体を現す。


「どうもお疲れ様です。末長くあなたをお待ちしておりました。

……実は食べ歩きが好きなお姉様から、あなたがここでバイトをしているのを偶然知りまして……」

「君は……あの八方味噌を売っていた娘さん?」


「はい、またお見合いになれて嬉しい限りです。満里奈さんから簡単な話は聞きました。上智ガイさんですよね?」

「ああ、そうだけど……?」


「あっ……これはまた、ご無礼をいたしました。わたしの名前は初乙女弥美世はつおとめやみよと申します。あのスーパーのフロアで一緒に接客をしていた、緋薫里ひかりお姉様の実の妹になります」

「ええっ、あのギャルの血筋なの? 見た目とか性格とか全然似てないよね?」


「はい、よく言われます」


 相も変わらず八方味噌の宣伝娘らしい、お得意チートスキルのを辺りに振りまく弥美世ちゃん。


 白のセーターに真っ赤なロングスカートの清楚な服装を見てみると、満里奈店長に負けず劣らず、彼女も以外にも胸があることが判明する。


 それに眼鏡ごしからでも分かる端整で息を飲む綺麗な顔立ち。


 ここはあくまでも僕の推測だが、眼鏡を外したら、もっと可愛いに違いない。


「──さあさ、立ち話もなんだし、外は冷えるから中に入りな」

「店長、何かお母さんみたいですね」

「……みたいじゃない、これでも一児の母だよ。あまり余計なこと言うと、またお尻をぷちのめすわよ」


「満里奈さん、そこはのめすなのではないですか?」

「ヴヴヴァ……もう寒くてうまく舌が回らないんだよ。本当、日本語って難しいわね!」


 多少、イライラしている店長を弥美世ちゃんがながら店の中へと入っていく。

 

 もう、どっちが母親か分からない……。


「──二人とも待ってな、色々とあるから少し遅くなるけど、とびっきりの美味しいラーメンを作ってみせるからね」


 そう断言しながら厨房へ繋がる、紫ののれんの先へと店長は消えた。


「じゃあ、今日は定休日だし、漫画でも読みながら気長に待つかな」

「はい、特製ラーメン楽しみですね」


 店長の後ろ姿を見送った僕らはカウンター席の丸椅子に座り、新作ラーメンの出来上がりを待つことにした……。


****


「はい、お待たせ♪」


 あれから30分ほど待っただろうか……。


 実力は出しきったような満念の笑みの満里奈店長が湯気が上がった二つのドンブリを持って、カウンターから顔を出す。


「クリスマス特製ラーメン。聖なる夜に赤ん坊抱えたウミネコがやって来た──地獄の束縛メニュー♪」

「何だ、そのラノベのタイトルのようなメニュー名は?」

「まあまあ、とりあえずご賞味あれ♪」


 いつもの直伝のチャーシューは目を潜ませ、代わりに鶏肉に替わっていて、消しゴムのような物体となり、スープの上にプカリと浮かんでいる。


 だが、スープは黒みがかった茶色い液体で、見た目は普通の醤油ラーメンのようだけど……。


 僕と弥美世ちゃんはお互いに顔を見合わせながら、恐る恐る割り箸で麺を掴み、無言で口の中にすすりこむ。


「こ、これは!?」


 あっさりとしていてツルリと喉ごしの良い麺だ。

 

 あのスーパーで食した肉の旨さからして、これは期待してもいいかも知れない。


 ──そして、スープも流し込み、胃袋に入った瞬間……。


 とてつもない味覚が五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡り、本能を警鐘けいしょうした。


「……こ、これは!?」


「メチャクチャ……、

マ、不味マズいいいーー!!」


「あら、やっぱりウミネコゆえにうまくいかなかったかい?」


 麺自体はモチモチとして弾力があるのだが、周りに浸透している具材が何だか生臭い。


 まるで内臓などの処理の下ごしらえをしていなく、そのまま鍋で煮込んだ舌触り。


 これは明らかに失敗作だった。

 弥美世ちゃんなんて天井を眺めながらも視点が定まっていない。


「よりにもよって、僕はともかく、初来店の弥美世ちゃんになんてもの食べさせるんですか!」

「ははは、あのエドソンも言っていただろ、失敗があるからこそ成功があると」

「店長、こんな洒落にならない時に偉人の台詞で例えないで下さい……せっかくの名言がけがれます」


「あううう……ウミネコが……わたしのあたまのなかであばれています……」


「どうするんですか、弥美世ちゃん、完全に壊れてしまいましたよ……」

「ごめん。まあ、上智の温かな愛で溶かしてやりなよ……それよりも……」


「──一日早いけどメリークリスマス♪」


 僕の言葉を半端強引に遮った店長が、僕の座るカウンターテーブルにリボンで結んで丁寧に折り畳まれたプレゼントをやんわりと置く。


「この服……いや、エプロンは?」

「──上智、いや、ガイをバイトではなく、正式に私の弟子にしたくてね……どうかしら、異存はない?」


「……あ、ありがとうございます。それは光栄です。最高のプレゼントです!」


 僕は満里奈店長に一礼をして、茶色い生地のエプロンに袖を通してみる。

 サイズが少し大きいが着れないことはない。


「そうか、喜んでもらって何よりだよ。私も嬉しい限りだ。

──さあ、ガイ、未来の花嫁の弥美世にも、その勇ましい姿を見せてやりな」

「えっ、弥美世ちゃんとは偶然出会って、今日知り合ったばかりの赤の他人では?」


「はあ、本当に鈍い男の子だね。何、戯言ざれごとを言ってんのよ、あんたのことが気になるって言って、ここを訪ねて来たんだからさ」

「あっ、はい。

……おい、弥美世ちゃん、もしもし生きてるか?」


 聖なる前夜に招かれた二つのサプライズに僕は感謝を隠しきれないでいた。


 冷えきった路面に粉雪がはらはらと舞い踊り、神聖な24日のイヴの日にちへと新たに時を刻み始める。


 これからも色々あるだろうけど、僕は頑張るよ。

 

 人生とは苦労の連続だ。

 だけどつらいことばかりではない。


 どんなに苦しくても何とか前に進めば、形に大小はあれ、幸せの形は必ず手に入る。


 だから夢を諦めないで。

 どうか、皆さんにも幸せが来ますように。

 

 メリークリスマス。


 Fin……。






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クリスマス限定の美味しいラーメンが食べたいがゆえに、異世界ファンタジーのような食材を調達して、貴女(あなた)の元へとお届けしちゃいます ぴこたんすたー @kakucocoro

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