第2話 味噌を訪ねてスーパーへ

 街中の中央に佇む巨大店舗。

 名称バイオレットオニオン。


 その三階建てになる大型スーパーの内部は程よい暖房の温もりにより、何の気兼きがねもなく気持ち良い買い物ができそうだ。


 それはそうと、店内で知り合いに会ったらどうしよう……とびくつきながら、相変わらず人目が気になる。


 三階建てにもなるデパートのような外見にも未だに慣れない。


「ちょっと、そこのカッコいいお兄さん!」


 何だろう、このご時世にお店でナンパかな。


 声からして年配の女性みたいだ。


 少し昔までは女性は、恋愛では受け身の体勢だったと幼い時から仲の良いじいちゃんに聞かされてはいたが、女性の社会進出もここまで来たんだな。


「まあ、僕じゃないみたいだし、そもそも僕には関係ないし、あまり干渉かんしょうするのはよそう」


 その場を何ごともなくスルリと通りすがった瞬間、そこにいた赤茶けたパーマの髪のおばちゃんに服の裾をグイっと掴まえられる。


「いいから、お兄さん。ちょっとこの肉を試食してみてよ」

「ええ、カッコいい人って僕のこと!?」

「他に誰がいるのさ。さあ、食べてごらん」


 パク、モグモグ。

 おばちゃんの言葉に半分照れながら、爪楊枝つまようじにささっていた一口サイズのサイコロステーキを口に入れられ、じんわりと咀嚼そしゃくを開始する。


 少し弾力のある食感に噛む度に肉汁があふれでて、これは癖になる。

 味付けは塩コショウのみとシンプルだが、正直美味だ。


「コリコリとして美味しいな。何の肉だろう?」

「ああ、それは……とあるウミネコだよ」


「ゴホゴホ。何て物を食べさせるんだよ?」

「おお、ごめんよ。でも美味しいだろ。近所にたくさん住み着いているから、こうやった形で安く提供しようと思ったんだけど……あっ、あれ?」


 内心怒った僕は黙りを決めて、二階の調味料売り場へとエスカレーターに乗り込むのだった。


****


 さて、茶番が過ぎたな……。

 僕は自販機で買ったペットボトルの水で口をゆすぎ、メモに書かれた味噌を探すが、その名前の味噌は一向に見当たらない。


「さあさ、いらっしゃいませ~♪」


「……い、いらっしゃいませ!」


 そんな焦る最中、元気のよい声に顔を向けると、左右の壁ぎわに若い女性店員が一人ずついて、ラベルのシールに『八方味噌』と書かれた四角形の容器を売りさばいている。


「あれがそうか。すみません」


 僕は向かって右側の売り場にいた茶髪のギャルに声をかける。

 左側の黒髪で、大人しく清楚なイメージの眼鏡っ娘と違い、断然と値段が違うからだ。

 味噌1品100円は安い。


「あん、あんたに売るもんはないよ」


 ところが話かけた途端とたん、不機嫌そうな態度で喧嘩腰の言葉が返ってきた。


 どうやらこのギャルは気分屋のようだ。

 何が気に入らないか知らないが、仕事に私情を持ち込まないで欲しい。


 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

 お隣さんは1品500円もするのだから。


「すみません、その八方味噌を1つくれませんか?」

「ふざけんな、何で見ず知らずのガキに売らないといけないんだよ」

「あっ、すみません……」

「へん、この小心者が。どうせ下げているのも大した中身じゃないんだろ。とっととママの元へ帰りな」


 何なんだ、このギャルは物凄く接客態度がなってないぞ……。

 上司はちゃんと接客マニュアルを教えているのか?


「おーい。緋薫里ひかりちゃん、今日も来たよ」

「あっ、おじさま。お久しぶりです。お元気でしたか♪」


 そこへ黒のトレンチコートを着た、いかにも金持ちな感じのおじさんがひょっこりと顔を出すと、今までの態度とは一変して朗らかな笑みとなるギャル。


 僕との対応と全然違う。

 その差は歴然だった……。


「仕方ない、隣の八方味噌を買うか……あれ?」


 時はすでに遅し。

 隣には店員も味噌も忽然こつぜんと消えていて、もぬけのからとなっていた。


 ──白いクロスに覆われた教壇のような棚の上に白い紙が貼りつけてある。


『急用ができましたので、今日の午後からクリスマスが明けるまで休業にします』


 その紙切れには衝撃の事実が書かれていた。

 このままでは八方味噌は手に入らない。

 まさに八方塞がりだ……。


「ど、どうすればいいんだ……」


 冷静さを無くした僕はとりあえず落ち着こうとトイレへと向かう。


 こういう時は個室で悩んだ方がいい。

 誰の目にも留まらない閉鎖空間は疲れた現代人には必要だ。


 ──しかし、いつも空いているはずの個室のトイレはなぜか全部使用中だった。


 がっかりしながらフロアへの通路を歩いていると、向こうから1人の女性がぶつかってくる。


「あいたた、ここはラグビー場じゃないんだよ……?」

「す、すみません……あっ、あなたは!?」


 ぶつかってずれた眼鏡をかけ直しながら、僕をガン見している。

 この少女には見覚えがある。


「あっ、君はさっきの店員さんじゃないか。ずっと探していたんだよ」


 僕の呼び止めも聞かずに、少女はフロアの方へ足を向けようとする。


「ま、待ってくれ。僕にあの味噌を売ってくれないか」

「えっ、あれですか……」


 急な出来事に驚きを隠せない少女は背負っていた鞄からあの味噌を出してくる。


「でも、これはただの味噌ですよ。お姉様がわたしの八方美人を活かすための材料に過ぎないのです……」

「そうか。それで八方味噌と言うんだな。それを1つくれないか?」

「いいんですか?」

「形はどうあれ、頼まれた食材の1つだからね」


「ありがとうございます……あの」

「何だい?」


「……また、会えますか?」

「ああ、地球は丸いからな。生きていればどこかで会えるさ。それじゃあね」


「あっ……あの」


 僕は少女に小銭を渡し、そのままクルリときびすを返し、彼女に別れを告げた。


 えっ、男らしいカッコいいリターンの仕方だって?


 そんなことより、今は凄く……、

お腹が痛いんだよ……。


 恐らく、あの時に試食をしたウミネコの肉が原因だろう。


「全く、食べるなんてもってのほか。ウミネコは愛玩動物だよ……あいたた……」


 その犠牲者は未知数。

 ここのトイレが空いてなかったのも今になって分かる気がするよ。


 とほほ、ついてない。

 こんな調子で今日中に食材を集められるかな……。







 




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