3話 猫のお食事処、営業開始
潤がねぎの小口切りをたどたどしい手付きで切る横で、薫は小松菜を細かめに切って行き、ごま油で炒めて行く。途中でぱらりと塩を振って、しんなりしたらみりんと醤油で軽く風味を付けておく。
しめじも石づきを落として細かく切ったら、同じ味付けで炒めておく。セロリも同様に。
ごぼうは薄くささがきにしてからざくざくと切り、さっと炒めた後にみりんと醤油で軽く煮付けた。
「野菜は種類少ないんやな。その割にセロリがあるって変な感じやな」
「セロリはお客のリクエストだよ。人間の世界で野良やってるお客が、ごみ漁って食べたのが美味しかったってね。その時はその野菜の名前が分からなくて、いつも作ってくれてる人間の人に説明するのが大変だったみたいだよ」
「へぇ、その人もよう分かったな」
「いろいろ青い野菜取り寄せて試してみてたよ。それでこれだって。それでセロリって名前だって知ったんだ。他のお客も食べてみたら、これがまぁ賛否両論さ」
「やろうな」
「あはは。人間でも駄目な人多い野菜だもんね。僕も苦手だなぁ」
「俺は結構好きやけどな。ツナと炒めたりじゃこと炒めたりしたら旨いで。ごま振ってな」
「そのお客は牛と合わせて猫まんまにしてたなぁ。かつお節ももちろん入れるよ。あ、全部の猫まんまにはかつお節が入るからね」
「おう。そのつもりで味付けしとるで。猫はかつお節大好きやもんな。カガリも婆ちゃんの家来た時、かりかりの上にかつお節乗せたると嬉しそうに食うてたわ。婆ちゃんもそれ見て嬉しそうでなぁ。あれ、そういやカガリは?」
いつの間にか姿が見えなくなったカガリを探す様に、薫は首を巡らせた。
「外で開店待ってるお客に事情を説明してるよ。今日は料理人が変わるってことと、開店時間が遅くなるってことをね」
「だったら早く準備しなきゃね。ねぎの小口切りって結構難しいんだねぇ。僕あまり包丁使い慣れないからさぁ」
「そのうちに慣れるて」
「うん。最初よりは巧く切れる様になって来てるよ」
「よしよし。じゃあそぼろ作って行こか。肉類が全部ミンチで助かるわ」
「うん。いつも作ってくれる人が挽き肉になってるのを仕入れてくれって。お米が無洗米なのもその人の指示」
「へぇ。合理的な人なんやな。人間の世界で料理人やってる人か?」
「違うよ。料理好きの普通の人」
「じゃあ俺と一緒やん」
「そうだね。でも薫さんはお米に昆布を入れたりしてプロっぽいね」
「そうかぁ? 旨なったらええけどな」
薫は3口コンロをフル活用する。全てにフライパンを乗せて火を付けてごま油を引いたら、鶏ミンチ、豚ミンチ、牛ミンチをそれぞれ入れ3膳の箸を使って、ぽろぽろになる様にぐるぐると混ぜて行く。鶏ミンチの量がいちばん多い。
味付けは酒とほんの少しの砂糖と醤油。できあがったらコンロから外し、新たな鍋を3つ用意する。
また温まったらごま油を引いて、それぞれに塩で臭み抜きをした鮭と鯛と鰤を入れる。火が通って来たら解れて来るのでざくざくと混ぜてやる。こちらは味付けは酒と塩である。
「潤、ねぎどうや?」
「結構切れたと思うよ〜」
なるほど、ボウルにこんもりと小口切りされたねぎが入っていた。
「おう、そんだけあったら大丈夫そうやな。後は米が炊けたら営業開始やな」
そう言った途端に7台の炊飯器が炊き上がりを知らせる電子音を響かせた。薫はびくりと肩を震わせて「うわ!」と声を上げた。
「びっくりした! ほんまにまとめてやとうるさいなぁ」
顔をしかめた薫に、潤は「あはは」とおかしそうに笑った。
店を開けた途端、大勢の猫が押し寄せて来た。皆尻尾が2本の猫又である。色とりどりの毛並みがなんとも賑やかだ。
「おー、やっと開いたー」
「お腹空いた!」
「今日は何にしようかしら〜」
そんなことを口にしながら猫たちが我先にと席に腰を降ろして行く。
「うお、こんだけおったら迫力やな」
「本当だねぇ。猫いっぱいで癒されるな〜」
「まぁ可愛いけどな」
いろいろな猫がいた。子猫から大人の大きな猫まで。くりっとした大きな目の猫もいれば、鋭い目つきの猫もいる。個性は様々だ。
「おう兄ちゃん、頼むぜ」
薫にそう言いながらどかっと鎮座したのは、さっき店の前で会ったぶち猫だ。大柄な身体がなかなかの迫力である。
「口に合えばええんやけどな。何にしよか」
「そうだなぁ、鮭とねぎで頼むわ」
「こっちも同じの!」
「私も!」
そんな声があちらこちらから上がり、薫は「ほんまに好きやねんなぁ」とおかしそうに笑う。
「分かった。ちょお待っててな」
薫は炊飯器を開けて、ボウルに分量のご飯をよそう。1匹分でおよそ茶碗1膳分である。そこに鮭とねぎ、白ごまをたっぷりと入れて、しゃもじでさくさくと切る様に混ぜる。
食器棚にたくさん入れられていた少し深さのある器に盛り付け、かつお節をばらりとふりかけて完成だ。
「はい、おまちどうさん」
そんな声とともに注文した猫の前に置いてやると、「おお、ん? いつもとは違う良い匂いがするな?」とぶち猫が言う。
「そうか? まぁ食うてみてくれや」
その間にも薫は別の注文、鶏と小松菜の猫まんまを作る。ボウルに入れたご飯に鶏そぼろと炒めた小松菜と白ごまを入れて混ぜ、皿に盛り付けたらこちらにもかつお節を掛ける。
「兄ちゃん、これいつもと味付けが違うな?」
猫まんまに口を付けたぶち猫の怪訝そうな口調に、薫は「多分そうやな。済まん、口に合わんかったやろか」と少し沈んだ声で言う。やはりいつもの人が作るものの方が良いのだろうか。
いろいろと置かれていた調味料。それはいつもの料理人が使っているものなので、普段の味付けと大きく変わることは無いと思っていたが。申し訳無いことをした、そうしょんぼりしそうになった時。
「いや、凄く旨ぇな! これは旨いぜ兄ちゃん!」
ぶち猫は顔を輝かせてそう言うと、がつがつと皿に頭を突っ込んだ。そして顔をあげてまた「旨ぇ!」と言った。
「そうか、ありがとうな!」
薫は嬉しくなって破顔する。
「礼を言うのはこっちだぜ兄ちゃん。いつもの兄ちゃんの飯も旨いけどよ、こりゃあこんな旨いのは初めてだぜ。どうなってんだ」
ぶち猫はそう言って、まだ猫まんまが残っている皿をまじまじと見つめる。
薫としてはそう凝ったことをしたつもりは無い。ご飯を炊く時に昆布を入れて米に風味を付け、その昆布をみじん切りにして酒と醤油で軽く煮付けて米に混ぜ込んだのである。
昆布は旨味がたっぷりな食材だ。出汁を取ったあとの昆布も使わない手は無い。
佃煮の昆布なども戻したものを使うのだ。出汁を取った後なので少し風味は損なわれているだろうが、旨味はたっぷり残されている。
そして薬味のごまも、カツいわく普段は使わないものなのだそうだ。だがこれは混ぜご飯に加えたらとても美味しくなる。なのでせっかくあるのだからと入れてみたのだ。
「この白いつぶつぶのもんはあれだな、確かごまってやつだな」
「そうやで。よう合うと思って入れてみたんやけどな」
「うんうん、確かに良く合ってて旨い。兄ちゃんやるなぁ!」
ぶち猫に手放しに褒められて、薫は「へへ、ありがとう」と照れて笑った。
ほとんどの猫たちは、食事を終えると長居せずにとっとと退店して行く。が、ぶち猫は猫まんまをゆっくりと味わった後ものんびりとくつろいでいた。
「兄ちゃん、この世界に来るのは初めてか?」
「そうやねん。カガリに連れて来てもろうてな」
薫はぶち猫と話をしながらも手を動かす。今受けている注文は豚としめじの猫まんまだ。こちらにも白ごまを入れてやる。かつお節もだが、彩りに少しねぎを盛り付ける。
「お、カガリか。あいつ普段は人間世界で野良やってるよな」
「そうやねん。俺の婆ちゃん、もう亡くなってもうたんやけど、婆ちゃんが生前カガリに餌やっとってな。今は俺がたまに掃除とか行くんやけど、その時にも狙うた様に餌もらいに来るんやわ。で、今日初めてここに案内してもろうたんや」
「なるほどな」
「まさかこんな猫又の国があるなんて思いもせんかったわ。なんや俺ら人間から見たらファンタジーの世界や」
「人間から見たらそうだよな。俺らも猫又になるまで猫又なんておとぎ話の世界だったもんな」
「へぇ、猫又になるまで他の猫又に会うたこと無かったんか? カガリは「この世界は夢とでも思ったらええ」言うとって、まぁ俺らもそれが受け入れやすいんやけど、ほんまやったらおもろいわなぁ」
「はは、夢か。そうだな、それが分かりやすいかも知れないな。猫又にならないとこの世界には来られないし、人間世界では猫又は普通の猫の振りをするから、会っていても猫又だって分からないんだ」
「あ、そうか。人間の世界ではカガリの尻尾も1本やったはずやし。普通の猫の振りか。じゃあほんまやったら猫又やったら人間世界でも喋れるんか?」
「いや、喋れるのはこの世界だけだ。だから余計に猫又だって分からないんだ。巧くできてるなって思うぜ」
「そうなんや。それにしても猫又って俺が聞いたことあんのは「長生きしたらなる」なんやけど、それはほんまなんか?」
「だけじゃ無いな。俺は確かに長寿だったがよ、見てみろよ、小さいのもいるだろ?」
確かにそうだ。店内には子猫もいる。とら猫の子どもはよほどお腹が空いていたのか、薫が作ったじゃこと小松菜の猫まんまに夢中になっていた。
「ほんまやな。じゃあどんな理由で猫又になるんやろ」
薫が手を動かしながらも首を傾げた時、洗い物をしていた潤が戻って来た。
「とりあえず溜まってた分の洗い物終わったよ〜。また溜まったら洗うね〜」
「おう、助かるわ。ありがとうな」
「もうひとりの兄ちゃんも、この世界は初めてか」
「そうだよ。僕も初めてだよ〜」
「それなのに兄ちゃん方、こんなことに巻き込んでしまって済まないな。猫の飯なんて早いもんだからよ、終わったらこの世界を楽しんでくれや」
「おう。そうさせてもらうわ」
「は〜い」
ふたりは笑顔で返事をして、薫は次の注文品を作るために炊飯器の蓋を開けた。
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