2話 猫のご飯屋さん

 薫と潤はカガリの案内で通りをのんびりと歩く。足元では猫たちが優雅に歩いているので、うっかり踏んでしまわない様に気を付けながら。


「お店が集まっている一角があるのですニャ。そこなら薫さんも潤さんもお楽しみいただけると思いますニャ」


「へぇ、店とかあるんや」


「面白そうだねぇ」


「ありますニャ。ボールとかありますニャ」


「おもちゃやな。そうやな、犬もやけど猫もボール好きやもんな。遊び方は犬とちゃうけどな」


「はいですニャ。ボールをごろごろするのが楽しいのですニャ。そろそろですニャ。ん? あれ?」


 カガリが首を傾げる先を見ると、何やら数匹の猫が集まってわぁわぁ騒いでいた。


「どういうことだい。じゃあわしらどうしたら良いんだい」


「本当よう。どうしたら良いのよう」


「困りましたわねぇ」


 そんな声が上がっている。カガリがそんな中に「どうしたのですかニャ?」と声を掛ける。すると貫禄のあるぶち猫が鼻息も荒く言った。


「おうカガリか。いやさ、めし屋が開けられないって言われてよう」


「どうかしたのですかニャ?」


「いつもの料理人を連れて来られないって言いやがってよう」


 すると奥から困り顔の三毛猫が姿を現した。


「実はねぇ、いつも来てもらってる料理人が今日熱を出しちゃってねぇ」


「店主さん、それは大変ですニャ。代わりの料理人の方はおられないのですかニャ?」


「何せ急なことだったからねぇ」


 店主もすっかり困り果てている。薫と潤は訳が分からずきょとんと顔を見合わせた。


「カガリ、どうした?」


 薫が聞くと、猫たちの視線が薫に集まった。薫は驚いて目を瞬かせる。


「お、人間じゃ無いか。この人らにどうしかしてもらえないのかい?」


 どういうことだろう。薫は首を傾げる。


「この方たちは今お連れしたばかりなのですニャ。この世界の事情を何もお伝えしていないのですニャ」


「そうなのかい。じゃあ無理強いはできないか」


 カガリのせりふにぶち猫は残念そうに言う。


「あの、良かったら話を聞かせてください」


 潤が言うと、カガリは店長だと言う三毛猫と顔を見合わせる。


「ここはご飯屋さんなのですが、調理は毎日人間さまにお願いしているのですニャ」


「そうなの?」


「はいですニャ。僕たち猫は料理ができないので、いつも人間さまに来ていただいているのですニャ」


「そうなんだよ。でも今日はその人間の人が熱を出してしまってねぇ。ご飯屋はここだけだから困ってるんだよ」


「ご飯を作れるのは人間だけなんですか?」


「ご飯だけじゃ無くて、この世界は人間の人にいろいろとしてもらってるからねぇ」


 猫の世界なのに? と薫はまた首を傾げる。しかしそれならば。


「やったら、そんな難しいもんで無いんやったら俺が作ろか?」


 薫が言うと、また皆の視線が薫に集まった。


「本当かい、兄ちゃん!」


 ぶち猫が興奮した様に食い付いて来た。


「ああ、薫は料理好きだもんねぇ」


 潤が言うと、三毛猫が「しかしねぇ」とためらう。


「この世界に来てもらったばかりの人に、そんなのお願いして良いものかねぇ」


「いや、ほんまにややこしいもんとか難しいもんは作られへんから満足してもらえるかどうか判らんけど、とりあえずやったらしのげるやろ」


「薫さん、良いのですかニャ?」


 カガリも遠慮がちである。薫はにっと口角を上げた。


「おう、ええで。そん代わり俺でも作れる手軽なもんでな」


「僕も手伝うよ〜」


 薫と潤が言うと、カガリと三毛猫はほっとした様に顔を綻ばせた。


「じゃあ今日だけお願いしようかな」


「助かりますニャ。僕もお手伝いしますニャ」


「おう」


「じゃあ案内するね。こっちだよ」


 薫と潤、そしてカガリは三毛猫の案内で店の中に入って行った。


 案内されて厨房に入ってみると、そこは見事な人間サイズの広いキッチンが広がっていた。


 猫が食事をするフロアとカウンタで繋がっているのだが、シンクも広く取られていて、コンロも3口。調理台も大きく作られていた。カウンタの内側いっぱいが使える様になっている。


 背中側には大型の冷蔵庫と食器棚があり、食器棚には少し深さのある白い食器がたくさん入れられている。


 そして台には数台の電子炊飯器が並べられていた。


「へぇ、使いやすそうなキッチンやんか。広いのがええな」


「そうだねぇ。これならふたりでも余裕で使えそうだねぇ」


 薫と潤が感心した様に言うと、三毛猫は「なら良かったよ」とほっとした様な笑みを浮かべる。


「好きに使ってくれて良いからね。楽しみだよ、君たちの猫まんま」


「猫まんま」


 薫たちがそのワードに目をぱちくりさせると、三毛猫は「そうだよ」と頷く。


「俺たち猫のご飯は猫まんまだよ。味が付いたご飯だよ」


「猫まんまってあれ、白飯にかつお節ぶっかけたやつやんな。味噌汁とか」


「人間の人にはそれが定番なのかな。でもここではいろんな味付けがあるよ。鮭とか鶏とか入るよ」


「ああ、猫は魚が好きやし、茹でた鶏も好きやんな。ささみとか」


「それもそうなんだけど、ええっと、どう言ったら良いのかな」


 三毛猫が唸ると、カガリが「それでしたら」と口を開く。


「人間さまで言うところの混ぜご飯ですニャ。お魚やお肉やお野菜や、いろいろなものをご飯に混ぜたものですニャ」


「ああ、それやったら俺でも作れるな。決まったメニューはあるんか?」


「そういうのは無いんだ。お客さんがご飯に混ぜたいものを言ってくるから、それで作ってもらう感じかな。炊飯器全部使って米を炊いて、炒めた具材を混ぜるんだ。食材は冷蔵庫に、調味料は調理台の下に入ってるよ」


「調味料? 猫に塩分はご法度なん違うんか?」


「僕たちは大丈夫なんですニャ。僕たちは猫又なのですニャ」


「猫又? 猫又ってええっと確か、猫の妖怪だっけ?」


 潤が言うとカガリは「そうですニャ」と頷いて、くるりと背中を見せると尻尾を振った。


「猫又なので尻尾が2本あるのですニャ」


「あ、ほんまや!」


「本当だ。気付かなかったぁ」


 薫と潤は驚いて屈み、カガリの黒い尻尾を見つめる。2本のそれは並んでゆらゆらと揺れた。


「へぇ、おもろいなぁ」


「あはは、可愛いねぇ。触っても良い?」


「はい。大丈夫ですニャ」


 潤が手を伸ばすとカガリの尻尾は立ったまま止まる。触れると潤は「わぁ」と楽しげに声を上げた。


「すべすべだぁ。綺麗な毛並みなんだねぇ」


「ありがとうございますニャ」


 カガリは言うと嬉しそうにまたふるりと尻尾を振った。


「さぁて、じゃあそろそろ調理に掛かってもらおうかな。お客が待ち兼ねているよ」


「そうやな。始めよか」


「うん」


 三毛猫の声に薫と潤は「よっ」と立ち上がった。




 三毛猫に道具などの場所を聞きながら、薫と潤は支度を進めて行く。


「ええっと、あ、そういや名前聞いてへんかったな」


「俺はカツって言うんだ。あらためてよろしくね」


「ああ、よろしゅうな。俺は薫や」


「僕は潤だよ。よろしくね」


「よろしく頼むよ。今日は本当に助かるよ」


「巧くできたら良いんやけどな。でも混ぜご飯で良かったわ。いつも来てはる人はどう段取りしてはったんや?」


「まずは米を仕掛けてたな。で、炊いてる間に混ぜる具材をそれぞれ最初にまとめて炒めてたよ。で、注文を受けてから混ぜてってやってた。無くなったらまた作ってって。でも「今あるもので」って言うお客も多いから、そういう時は肉か魚か聞いて作ってた。人気はやっぱり鮭と鶏、あとは鯛かな。じゃこも人気だよ」


「へぇ、鯛もあるんだ。贅沢だねぇ。じゃあお肉と魚はそぼろにしておいたら良いのかな? それだったら僕でもできると思う」


「コンロ3口あるし、一緒にできるな。人間が食べるもんみたいな味付けで大丈夫なんか?」


「うん。俺たち猫又は人間の人のご飯が好きだからね。人間の世界でもらえるかりかりしたのも悪く無いけど、やっぱり味が付いたご飯だね」


「へぇ、そうなんや。じゃあ張り切って作らせてもらおか。まずは米やな。炊飯器これ、ひいふうみい、7台もあるんか。全部使うんか?」


「うん。全部使ってた」


「そりゃあなかなか大変やな。米はどこや?」


「そこの中だよ」


 カツが指したのは調理台の下。ついでに調味料も出そうかと開ける。ずっしりとした米袋や様々な調味料のボトルがきちんと整理されて置かれていた。薫は両手を入れて米袋を持ち上げる。すると。


「お、無洗米やんか。こら助かるわ」


 厚手のナイロン製の米袋には大きく無洗米と書かれていて、薫はほっと胸を撫で下ろす。


「本当? じゃあぐんと手間が減るね」


「おう。これやったら水入れたらええだけやからな。じゃあやろか」


 潤が炊飯器の蓋を開けて内釜を取り出し、そこに薫が米袋に入っていた計量カップで米を測りながら入れ、全部に入れ終わったらふたりでシンクで水を入れる。


「あ、昆布あれへんかな」


 薫が聞くとカツは「ん?」と首を傾げる。


「昆布? あると思うよ。どうするの?」


「昆布入れて米炊いたらええ風味が付くねん。混ぜご飯にするんやったらその方が旨いで」


 昆布は冷蔵庫の中の大量のかつお節の傍に申し訳程度に少しだけあった。薫はそれを米の上に置いて行った。5センチ角ほどにカットされたものだ。どうにか足りた。


 さて、米は最低でも30分は浸水させなければいけないが。


「いつもの人はすぐにスイッチ入れていたよ。この炊飯器、炊く時に米を水に浸ける時間も入ってるんだって言ってた」


「そうなんか。じゃあスイッチ入れてこか」


 薫と潤はそれぞれ端からスイッチを入れて行った。入れる度に電子音が響き渡り、なかなかうるさい。


「これ一斉に鳴ったらやかましいな」


「1台だと気にならないけどねぇ」


「じゃあ下ごしらえして行こか」


 薫が言って冷蔵庫を開けると、肉や魚、野菜がぎっしりと詰め込まれていた。


「ねぎがあるけど、猫又やから大丈夫なんか?」


「うん。ねぎが好きなお客多いよ。だからたっぷり切っておいて欲しいんだ。セロリなんかは少しで大丈夫だよ。あれは通好みなんだ」


「確かにセロリは人間でも好きやない人も多いからな。野菜からやっつけて行こか。ねぎは生のままやな。潤、ねぎの小口切り頼めるか。俺まずは小松菜から行くわ」


「了解」


 潤は冷蔵庫からねぎをたっぷりと取り出した。

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