第4話 変な奴
「終わった終わった」
独り言に鼻歌を混ぜてドアに鍵を挿して回す。手応えがなくて、首を傾げる。
「ああ」
そういえば、と思い出して部屋に入る。しかし電気は点いておらず、中は真っ暗だ。まさか全部夢だったのではと期待して、電気の紐を引っ張ってみる。
「うわ!」
びっくりして、持っていたコンビニ袋を落としてしまう。
明かりが示したのは、変わらず部屋の隅で座っている澄玲だった。あちらもやや驚いた様子で私を見る。いやあんたは扉を開ける音とかで先に気付くだろ。
「なんで電気点けないの」
「・・・・・・・・・・・・」
無言。
まぁ、もやしは暗闇でも育つというし。シワだらけのスカートから生えた足を見て、そんなことを連想する。
買ってきた弁当をレンジで温めて、もそもそ食べる。特に美味しくはない。けど、どうやら食べないと生きていけないらしいので、しょうがなく食べる。
そんな私を、澄玲がじーっと見ていた。おそらく初めて目が合った。よく見れば、澄玲は人形のように整った顔立ちをしていた。小顔で、高校生というにはやや小さい背丈も、人形らしさを助長している。
いやでも高校生ってみんなあんな顔か。肌つやがよくて、瑞々しく、シミもない。今だけだぞ、と心の中で宣告しておく。
そうしていると、澄玲のお腹がぐうと音を出す。
「まさかまだご飯食べてないの?」
澄玲は頷きも首振りもしなかったが、潤んだ瞳がやたらに訴えかけてきていた。
けど、それもそうか。私が渡した五百円じゃ朝と昼はなんとかできでも夜はどうにもならない。
私はため息をつきながら、冷蔵庫にあった卵を割ってご飯にかける。醤油も少々に、ほらと差し出すと澄玲はおっかなびっくり近寄ってきた。向かいの席にちょこんと座る。
「その醤油、卵かけご飯用だから。ちょー美味いから」
言うと、澄玲は目をキラキラさせて湯気のあがるご飯を覗き込んだ。じーっと、眺めていた。はよ食え。
「・・・・・・ただきますっ」
お。
喋った。
初めて聞いた澄玲の声は、小鳥がさえずるような、そんな声をしていた。
両手を目の前で合わせる仕草を見るに、いただきますと言ったのだろう。行儀はいいらしい。親の教育がよかったのか。そのあと、手をパンパンと叩いて、お辞儀をし、もう一度手を合わせ、お辞儀をして・・・・・・それはちがくないか?
「美味い?」
聞くと、澄玲は頬をリスみたいに膨らませながら頷いた。
そんな様子を見ながら、私は私で唐揚げ弁当を頬張る。
「学校の電車賃、あれで足りた?」
そういえばと気になって切り出してみる。澄玲はしょんぼりした表情で首をふるふると横に振った。
「え? じゃあどうしたの。まさか歩いていったのか」
いやいやそんな、と澄玲の足を見てみる。靴下越しに、血が滲んでいた。
試しに澄玲の通っている学校をスマホで調べてみる。黒いセーラー服は今時珍しく、県内では可愛いと評判なのですぐに分かった。
「ふむふむ、ここから徒歩で二時間か」
なるほどなぁ。それだと確かに、五百円じゃ足りない。よくて片道分だけだろう。
私の訝しげな視線を受けて、澄玲はピン! と背筋を伸ばす。そして怯えたようにご飯の入ったお椀を抱えて部屋の隅に座り込んだ。
「たくましいんだか、弱々しいんだか」
きっと、徒歩でなんとかしたのだろう。学校に行く意思はあるようで、面倒事が一つ減る。これで実は不登校で、その辺の心のケアもお願いね、なんてことなら私は今すぐにでも澄玲をベランダから放り投げていた。
私には、誰かを救う優しさなんてない。
やることなすこと全て自分のため。かといって信念や、目指す夢なんてものもない私はせめて何事もないようにと平穏な日々を過ごす冷めきった人間だ。一日に二回も冷めているなんて言われたら認める他ない。
怯えるように肩を縮こまらせた澄玲を見て、煮るも焼くもしない私は残酷だろうか。
気付けば唐揚げは冷めていて、とても箸を運ぶ気にはなれなかった。
「腹いっぱいだからこれあげるわ」
食欲もあまりなかったので、残った弁当をそのまま部屋の隅まで持って行く。澄玲は私と弁当を交互に見て、困惑しているようだった。
きっと澄玲は遠慮をしていて、けど、聞くこともできなくて、どうすればいいか分からないのだろう。それは、どこか館山さんに似通ったものがあった。
「・・・・・・がとう」
「ん」
別に私はお礼をされるようなことも、誰かのために自分の身を削ることもしていない。だからこそ、か細いその言葉がむずかゆい。
置かれた弁当を手に取り、立ち上がって、澄玲は再びテーブルで食べはじめた。
小さな唐揚げと、質素な卵かけご飯を、澄玲は美味しそうに頬張る。
「拠り所ねぇ」
副店長に言われたことを思い出しながら、私は天井を見上げた。シミ一つない天板も、一人増えたことでこれから汚れていくのだろうか。
「澄玲」
一つ。口に出してみる。
あちらが喋ったのだから、こちらも寄り添わなければならない。そんな無駄な気遣いは、社会に出てから覚えたものだ。円満な関係を築く気など更々ないのだけど、社会人の宿命だろうか。
澄玲は目を大きく開けて、私を見ていた。口元にはご飯粒がついたままだ。
「遠慮しないでいいよ。息苦しいから」
私の許可がないと電気もつけなければテレビも見ない。そんな生活を横でされたらたまったものじゃない。私は子守を押しつけられただけなのであって、女子高生を監禁しているわけじゃないのだ。ないのだ、よな? それは今後次第か。おお、おそろしい。
澄玲は首を縦に振ることはなかったけど、私も澄玲に明確な答えを求めたわけじゃないのでそれだけ言って席を立つ。
そのあと、風呂が沸いて、私があがったあとに澄玲が浴室に向かう。
そういえば澄玲の髪、なんかごわごわしてたな。
「うーん」
昨日もやたらあがるの早かったし。シャンプーも遠慮して使わなかったのかもしれない。
と気になって私は風呂場を覗いてみることにした。
扉を開けると、こちらに気付いた澄玲が顔を真っ赤にして体を隠した。けど、隠さなくてもいいくらいに、泡だらけだった。
いやそれは使いすぎだ。
・・・・・・本当に、変な奴。
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