05 刈河
内偵が、いよいよ大詰めだった。これが終われば、この街にいる必要もなくなる。
内偵の合間ではあるが、心安らぐ日々だった。おそらく、こんな日常は、もう二度と経験できない。四人で、一緒にいる生活は。
「いいゲームだったね。またやろうか刈河」
「そうだな。またやろう」
雅尭。すでに完成された才能を持ち、器量も度胸もあるがゆえに普通を手に入れられず苦しんでいる。
「そろそろ戻ろうか刈河。看央ちゃんも落ち着いただろ」
「そうだな」
看央は、人工人間だった。市長連中が使っている3Dプリンターから、勝手に出てきた。記憶の定着に難があり、自分が年端もいかない学生夫婦の間に生まれた子供で、その親も死んでいるという脳内設定を作り出していた。やさしさにふれ続けていれば、いつかそんな記憶のしがらみもなくなるだろう。
やさしさは、三何が持っている。
彼女は、何に対しても、やさしい。きっと、そのやさしさが彼女を滅ぼすのだろう。守りたかったが、自分には内偵の仕事がある。彼女の命と内偵を天秤にかけることは、できなかった。彼女がいなくなっても日常は続くが、内偵は日常そのものを壊しかねない。
「同情するよ刈河」
「なにがだ」
「きみは、僕よりも才能がある。普通に融け込むという才能が」
「俺は普通にしてるだけだよ」
「刈河」
「やたらと名前を呼ぶな今日は」
「いつか、本当の名前を教えろよ」
刈河は、内偵中の仮の名前だった。仮の皮。だから、刈河。
「そんなもの、ねえよ」
名前などない。ただの、仕事をするだけの人間。
「じゃあ刈河だ。これからも、ずっと。なあ、刈河」
「なんだ」
「必ず戻ってこいよ。待ってるからさ。3人で」
「3人でか」
「刈河が来るまで僕のハーレムだ」
「そんな度胸ないくせに」
「うん。ない。あのふたりに、自分ひとりで釣り合うとは、思わない」
「そうか」
「だからまあ、早めに戻ってきてくれよ刈河」
「善処するよ」
吹けば飛んでしまうような、切なく身を切る約束だった。
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