第3話 騒がしい美女、苦労性の美青年。

 耀の両頬に黒と白のフヨフヨとしたのがスリスリとして、緑のフヨフヨしたのも負けじと耀の頭頂部にスリスリしている。

 その間、猫が喉を鳴らすように甘えた音がずっと鳴っている。



「可愛いなぁ…。ここのお家の人のペットなのかなぁ?」



 癒しを与えてくれる三匹と結構長い時間触れ合っていたが、三匹の≪キュルルルル≫という甘えた鳴き声以外は物音ひとつしていない。



「この家、誰も住んでいないのかな…。」


 気付きたくはないが、何となくここは日本はない気がした。

 日本ではないどころか、地球ですらない気もする。


 だって、両頬と頭頂部で甘えているこの生き物達、架空の世界の生き物のように耀には思える。

 翼も羽根もないのにフヨフヨと浮かぶのもおかしい。

 そしてそんな浮かび方? 飛び方? している生物なんて目立ちそうなのに聞いたことすらない。



 もう二度と帰れないんじゃないか…そんな怖い予感しかしない。



 紗弥加ちゃんのお家に行く途中だった。

 黒いリュックが重たくて、どこかにこっそり置いておけないかなって思って…




 何もしてないし何もされてない―――瞬きする程の一瞬でこの家に居たのだ。




 怖い大人に誘拐されたという訳でもなく、たぶん夢なんかじゃなく。




 ぐるぐる考えてたら、何だかくらくらしてきて、耀はふらふらとしながら近くにあるソファに横になった。

 フヨフヨしたものたちも耀にぴったりくっついている。


(寝て起きたら、いつもの私の部屋で、全て夢でしたって――ならないかな)



 目を閉じジッとしてるうちに、いつの間にか耀は眠ってしまった。








 ◇◇◇◇◇







「まぁぁあ! 居たわ! そろそろかと思ってたけれど、今日だったなんて!

 何となく胸騒ぎがしたのよぉ。そしたらこの家の結界に反応があるじゃない!

 …あら、寝てるのねぇ。いやぁぁん、寝顔でもとっても可愛いわぁぁ!

 ねえねえ、見て見てっ。とっても可愛いわぁ。ライもそう思わない?」


 豊満な胸元に両手を祈るように合わせながら、左右に身体をくねくねと揺らす長身の美女。

 大きな声を囁き声に切り替えて耀の寝顔を覗き込む。



「ちょっと落ち着いて姉さん! 母さんが俺を見張りに付ける訳だよ…。」


 美女の両肩を掴み、引きずるように耀と距離を離させながら、美青年が美女に落ち着くようにと注意する。



「だって、待ってたのよ? ずーーっと待ってたのよ。私。」


 少し涙目になりながら美女が美青年を見上げる。

 美女の涙目も美青年には弟だからか通用しない。むしろ大きなため息をつかれてしまった。


「俺だってずっと待ってたさ。けど、姉さんが興奮して怖がらせたら可哀想だろう?

 見知らぬ場所に来て不安になってるうちに寝ちゃったんだろうし。

 起きるまで静かに待っててあげようよ。起きたら興奮せずに優しく話しかけてあげよ?」



 眠る耀を見下ろす二つの影。



「そうね…私達は待望のこの子だけど、この子からしたらいきなり連れて来られて怯えてるわね・・・。」


 波打つ長い黒髪に琥珀色の瞳をした美貌の女性は、綺麗に弧を描く柳眉が下がる。


 サラサラした銀髪の少し眺めの前髪を手で鬱陶しそうにかきあげた美青年は、感情が乱高下する姉を見てもう一度ため息をついた。



「もう、落ち込まないでよ姉さん。大丈夫だよ。俺らがちゃんとこの子に説明してあげたら、この子だって元気になるよ。」



 不安げに揺れる金色の瞳を澄んだ紫色の瞳が見つめる。




「…そうね! 寂しがったり不安がったりする暇もないくらい大切にするつもりよ!

 寝顔もほんっと天使よねぇ…可愛いわぁ、可愛いわぁぁ」


「………そうだね。」




 きゃあきゃあとはしゃぐ姉をスンとした無の表情になった美青年はこれ以上は無駄だと諦めたように同意した。




 騒がしい中、未だすうすうと眠る耀に寄りそうようにぴったりと身体を寄せたフヨフヨ達は、そんな美女を胡乱な瞳(長い毛で見えないが)で見つめた。



 耀が目を覚まし、鼻が触れそうな距離に神々しい美女の顔があり悲鳴をあげるまであと少し――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

女神の娘。 いぶき @iBuki_0520

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ