とらぬ狸の超電磁ヨーヨー(とらぬたぬきのハイパーウェポン)
小林猫太
第1話 序
「我々の名は『
真咲は病院のベッドの上で、大量の鎮痛剤に
「毎日とてもツラいです。楽しいことなんて有りません。でも
「はっきり言ってサイテーの小説だと思います。でも他のどんな作品よりも元気になれます。僕のバイブルです」
「私は女子ですが『とらイマ』にハマっています。ある日最新刊を買っているところをクラスメイトに見られてしまったのですが、その子も隠れて『とらイマ』を読んでいて、初めて親友と呼べる相手が出来ました」
「受験生です。母親に『とらイマ』を捨てられてしまいました。大人は何もわかっていません。もう親の勧める大学を目指すのはやめて、好きな絵の勉強をしようと思います」
「家庭に問題があって、死にたいと言っていた友人に朝宮先生の本を貸しました。真剣に悩んでいた自分がバカみたいだと、少しだけ明るくなりました」
どんなにくだらない物語でも、それで救われる人はたくさんいるのだと真咲は知った。批判するのはいい。だが排除するのは間違っている。それは自分以外の人間に対する想像力の
(力が欲しいか……)
(力が欲しいか……)
欲しい。戦える力が。物語を守る力が。
残った右手を伸ばした先に、手術台を照らす
●
「いろいろと引っかかるところがあるんだが……」
「それは良かった」俺は言った。「引っかかりのない小説なんて読み飛ばされて終わりじゃないですか」
●
警視庁捜査課テロ対策分室の
「だって我々は元々国の下働きではないですか」
ふた回りも若い部下の
「オメエには警察官としての
蟹江は今や絶滅危惧種の江戸っ子だった。出身地だけが栃木だった。
「なんですか、キョウジって」
人を苛立たせるような間の抜けた口調で柄本が言った。
知性の敗北! だが蟹江は切り替えの早い男だ。つい先立ってもTVCMを観るやいなや自動車保険をネット損保に切り替えたくらいだ。
「仕方ねえ、こうなったら見込で行くぞ。表現規制関係で書類送検された奴らのリストがあったな」
現場検証も聞き込みも防犯カメラ解析も不発なら、動機のありそうな連中を片っ端から当たるしかあるまい。
ツイッターで怪しげな情報と猫画像を探していた柄本は、仕方なく警視庁のローカルネットワークへ飛ぶ。
「……ありません」
「WHAT?」
蟹江は外国人のように両腕を広げて叫んだ。
「データベースから消えています」
「どういうことだ!」
「知りませんよ!」
と、突然部屋のドアが開き、現れたのは冷ややかな顔立ちの痩せた男。額の癖っ毛を絶えず指でいじっているのが、いかにも神経質そうな印象だ。人によっては萌えポイントかもしれない。
「お呼びですかな」
芝居がかった調子で言う。
「誰も呼んだ覚えはないが何者だあんたは」
「お初にお目にかかります。警視庁サイバー捜査課第四層所属、
「西尾維新にでも名付けてもらったのか!」
●
「何を言っているんだ!」
「お言葉ですがね」と、俺は椅子の背に身体を預けながら言った。「この程度で何を言っているのかわからないようでは、既に価値観がアウト・オブ・デイトと言わざるを得ませんね」
「そうじゃない。文芸小説に出てくるような台詞じゃないと言っているんだ」
「文芸小説?」
「そもそもこれは……どう見たってラノベじゃないか!」
「知らねえよ!」
俺は反論した。
「そもそも文芸作品だとかラノベだとか意識して書いちゃいねえよ! だいたい何だよライトノベルって。どこがどうライトなんだよ。じゃあ純文学はヘビーノベルかよ!Show me the way to you かよ!」
「何を言ってるのかわからん」
「では仮にラノベだとしましょうか。それでもいいよ、気にしちゃいねえんだから。で、その言いようは何なんだよ。ラノベを馬鹿にしちゃいねえか!」俺はここぞとばかりに身を乗り出して声を張った。「ラノベは文芸じゃないとでも言うのか! いいですか、
●
「第四層……実在していたのか……」
柄本が幽霊にでも出会ったような表情で青木ヶ原を見た。
「何の話だ」
「インターネットは多層構造になっていて、我々一般人が辿り着くことのできない階層がいくつもあるんです。そこは違法な情報が飛び交う無法地帯になっている。そうしたエリアで活動するためにネット犯罪者や凄腕ハッカーをスカウトして作られた部署、それが第四層なんです。都市伝説の類だと思っていたのに……」
「サブキャラのくせに長ゼリフじゃねえか」
蟹江が横目で見ながら言うと、青木ヶ原は視線を落としてフッと笑う。
「極秘情報がいとも簡単に漏れる。
蟹江が
「で、そのネットの地底人さんが陽の当たる場所にどんなご用ですかね?」
「面白い人だな」青木ヶ原はそう言いつつ、たいして面白くもなさそうに首だけを蟹江に向ける。「この事件を解決させたくない人間がいるということです。テロ対策分室が
「警察内部に奴らの味方が?」
柄本が甲高い声を上げ、慌てて口を押さえた。幸い他の職員は自分の仕事に
「だとすると自分の身が危ういんですよ。邪魔ですからね。我々は上のコントロールがもっとも届かない部署なんで。とはいえシステム上では末端です。第三層以上で制御されるとローカルネット経由では手も足も出ない。現に情報の書き換えやら
「面倒なことに巻き込まないでくれ。
蟹江の嫌味を青木ヶ原はこともなげに無視する。
「なるほど、消したということは危険な情報だということですか。では、
「掘る?」
「消去したとしても、データベース自体には痕跡が残っているはずですから」
「あんた、警視庁のメインシステムに侵入するつもりか!」
「安心してください、ここからはやりませんよ。ヘタすりゃ戦場になる」
嬉しそうに笑いながら、青木ヶ原は背中を向けて歩き出した。蟹江が「結果は知らせてくれるんだろうな」と声を投げると、そのまま右手だけ軽く上げてみせた。
「喰えねえ奴だ……」
誰の席でもない机の上の、いつもは鳴らない電話がけたたましく鳴った。少し前に装備開発課の奴等が何の説明もなしに設置していったものだ。
嫌な予感がした。
●
「どうだ、続きが気になって仕方がないだろう」
「あのなあ小林……」文芸部部長
「うわっはっはっはっ!」
俺は思い切り
「今度は本当に笑っちまったぜ部長さんよ。いちばん既成概念に囚われるべきじゃない若者が、しかもピッチピチの高校生が、」
「おまえにその表現はおかしい!」
電撃のツッコミ。
「もとい! 頭の柔らかいはずの高校生が、伝統とやらに縛られますか。薄っぺらいジャンルの壁の前で立ち止まりますか。まさかあなた、純文学は
曾根崎は口を
「そうじゃない。定期誌は諸先輩方にも配布されるんだ。なかには名の通った作家だっている。知ってるだろう、
「知ったことじゃないねえ!」俺は高らかに断言した。「じゃあ何かい、何ですかい、部長は先輩方に感心してもらうために小説を書いているんですかい。自分の表現よりも部の
曾根崎の顔が紅潮していくのがわかった。もちろん知ったことではない。
「作家は誰にも尻尾を振らない猫であるべきだ! そうだ、俺は今から『
「だいたいおまえなんで文芸部になんか入ったんだ!」
曾根崎が反論もせずに筋違いなことを言いだす。
「中学の時は野球部だったじゃないか! 国語の時間に
「藤村はフジムラだろうが! 島崎より甲子園の方が有名だろうが!」
「知らんわ!」
「何だと!」
俺と曾根崎は同時に腰を浮かしながら顔を見合わせ、次の瞬間我に返った。
「最後まで読め」と、俺は言った。「最後まで読まずに批判すると、炎上するぞ」
曾根崎はこちらを見据えたまま、スローモーションのようにゆっくりと椅子に座り直した。
「俺はツイッターもインスタグラムもやっていない」
「奇遇だな、俺もだ」
「嘘を言え」
「おまえもな」
(「破」につづく)
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