第8話 『覇王』と『静御前』

策謀渦巻く城内―――私を出迎えたエレンが、私を捕らえるために巡らせた罠……だったが、それはダーク・エルフ達の策を一足先に読んでいたアベル達によって看破みやぶられてしまった。


それにしても……親しい仲だと思っていたエレンが、なぜまた私の身柄を狙うなど……。

けれどそれは、よく考えてみればエレンの言い分が正しいと言えた。

そう―――私も魔族の端くれだ、だから判らないとまではいわない。

ただ……疲れたのだ、ただ……逃げたかったのだ、現実から。


私の国でやろうとしていたことは、争いのない穏やかな……安らかな生活―――ただそれだけだった。

その政策に着手しようとしていた矢先に、家臣達の反乱に遭い、魔王としての権能チカラを奪われてしまったどころか、『幼児退行』という呪いまでもらって投獄されてしまった。


そして逃れる機会を得て、他人の力を借りてまた魔王の座位くらいに返り咲こう……と言うのか、今回の狙いだったのだが。


親友であるエレンからの裏切りに遭い、もう後にもさきにも……進むも退くもできなくなったか―――に思われたのだが……。


「えれん―――!」

「“ご愁傷様”―――だったな、ダーク・エルフのお姉さん。 喧嘩売るときは相手を見たほうがいい……ってことを、お奨めしておいてやるぜえ?w」


「く……お前は何なんだ―――!」

「オレか……? オレは冒険者さ―――この世界の、どこにでもいる、実にありふれた職業の……な。」


「お前が冒険者―――? だがなぜ私たちのような“二ツ名”を持っている!?」

「さてなあ……そっちの事情は知らないが、“持っている”もんは持っているから仕方ないんじゃないのか? それに、そこんところ早く順応しねえと、そのうち大変なことになるぜえ?w」


何という事だろう……この魔界広しと言えども、武芸の腕で名を知られているあのエレンを、膝を地に着かせるなんて……。

複雑な胸中だが、私の選択には間違いはなかった―――

この彼……アベルなら、私の願いを叶えさせてくれるだろう―――と……。


          * * * * * * * * * *

意外にも―――決着はあっさりと着いた。

とは言ってもまあ、ダーク・エルフとは言っても、エルフに毛の生えた程度の強さだ。 本気になんてなれやしない―――それに……こんなの傍目から見たら弱い者いじめだぜ。 そう言うのって、オレの趣味じゃねえんだよなあ……やっぱ、PvP対決戦するなら、お互い実力の拮抗し合った者同士……でなくっちゃあな♪


それに―――もうそろそろか……


「おーい―――ノエル、そっち片付いたかあ?」

「ええ―――まあ……準備運動ウオーム・アップくらいにはなりましたかね……。」


「そいつは上出来だ―――それじゃ、“本命”のご到着まで待つとするかあ……。」

「えっ?? なにをいってるの? あなたたち……の、あいて……」


「フ・ン……益々以て不思議なヤツ―――なぜお前達が“彼女達”の事を知っているのか判らないが、ここ最近その腕を見込んで雇い入れた者達がいてな……。」

「そんな御大層なお人がいるんだったら、惜しむことなく出した方がいいぜえ~? それとも何かな? 『私が負けたのは、あの人達を出さなかったからですぅ~~』って、言い訳したかったからなのかなあ~~?」(ゲーラゲラゲラゲラ)

「ふっっざけろっ―――! お前!!」


はあ~~ヤレヤレ―――まったく我が兄ながら感心してしまいますよ、どうしてこうも他人の気に入らないところを衝いて、苛立たせるのが得意なんでしょうかねえ……。

そう言えば―――丁度この国にいる事が確認されている”あの人達”も、この人の挑発に乗っかっちゃって―――……


         * * * * * * * * * *

すると―――丁度その時……エレンの居城の奥から、重厚な鎧の音と共に、力強く地を踏みしめる音……そして、”しゃなりしゃなり”と近づいてくる足音がした―――から……そちらに目を向けてみると……

「なに……あのひとたち―――……」

「よーうやくのお出ましかあ―――……一応ノエルに調べさせといたから、ここにあんた等がいるってことは承知の上さ。」


灼けるような”赫”―――そんな鎧で全身を固めた一人の美丈夫と、その両目を覆う様な眼帯をした、”巫女”なる装束を召した女性……

しかも、お洒落のつもりだろうか、その二人とも剣の柄頭の部分には”鈴”を下げていた。


「中々、戻れられないので、何かあったものと思い馳せ参じてみれば……なるほど―――貴様だったか。」


驚いたことに、一見女性と思える美貌の持ち主は、低く落ち着きのある声の持ち主……男性だった。

それに見立てによれば身長は180cmを下らないだろう……見るからに威風堂々としている。

そんな”彼”と一緒についてきた女性は、何を思ったのかその場に”鎮”と座してしまっっ……―――??


今のは……一体……何だったのだろう―――

”何か”が私の身体を突き抜けていく感じ―――……


       * * * * * * * * * *

どうやら“あちらさん”の方は、明確に刃向かって来るつもりはないらしい……

まあそれはそれで喜ばしい限りだが―――

“奴さん”の方は試したくてウズウズしているようだな―――まあこっちはこっちで平常運転いつも通りだから、何の差し障りもないんだが―――……


「おいおい、なんだつれない言い方だなあ? 元は一緒に野山を駆け巡ったことのある仲じゃないかあ―――……そうだろう? 『覇王ウオー・ロード』……。」

「気を付けてください―――揺さぶりですよ。」

「忠告痛み入る―――ノエル……。」


「あっ! 手前ぇ! このっ!! ノエルお前は一体どっちの味方なんだよ!!」

「”対決”とは、その本来対等でなければなりません。  それを今あなたは口先だけで揺さぶり、動揺を促したではありませんか。  私はただ単に純然たる闘争のジャッジをしただけにすぎませんよ。」


「てんんんめぇ~! 絶対後でおぼえてやがれえぇ?!!  お仕置きとして裸にひん剥いて、その上枝に逆さ宙吊りにしてくれりゃあ~!」


「あ……あの、だいじようぶなの? のえるぅ……。」

「まあまあ、あれもいつもの事ですよ―――それより、これからちょっと面白いものが見れるかもしれませんよ。」(ニヤソニヤソ)


あんなに酷い事を言われたのに……なのに『いつもの事』と、アベルの妹さんは一笑に附していた。

自分の妹を裸にひん剥くなんて、下劣外道の極り者でしかないのに、してやその上木の枝に逆さ宙吊りにするなんて、もはや人の及べる行為ではない。


けれど……それなのに彼女は一笑に附していた―――

それに……相手方も―――?


いや……そんなことよりも、今私は重要な事を見逃していた―――いえ……正確に表現するというのならば、……?

そう……アベルと対決するはずの『覇王』と呼ばれた人が、いつのまにかその鞘から剣を抜いていたのだ―――


いや……そんなばかな―――有り得ない?

その『覇王』と呼ばれた人物と、もう一人の巫女の女性がたずさえた剣の”柄頭”という部分には、少しの動きでも音が鳴ってしまう”鈴”と言うものがついているのだ。

そう……結論から言ってしまうと、いつの間にか柄から放たれた剣は、その鈴のを出すことなく、抜かれていたのである。


こんな強者相手にアベルは一体―――……


「ちぃぃっくしょおお―――! 後で覚えてやがれえぇ?!! 」


               ―――逃走―――


へっ?? あ……あのぉ~~アベルさん?

あなた……散々恰好の好い事言っておきながら―――逃げちゃうの??

そう、何とアベルは、言葉での揺さぶりが通用しなくなったからか、一目散に逃げだしたのだった。


だが――――――


「フン……逃がさんッ―――!」


そのまた有り得ない事実に、私は息を呑むしかなかった。

あんな重厚な鎧を着こみながら、それを苦とするものではなく、また……そう、鈴のを鳴らさないとばかりに脱兎を追いかける者は、立ち待ちの内に脱兎を捕ら……え?


「はぁ~い、残念でしたあ~~。  このオレのロー・ギアについてこれるようになっただけ成長はしているようだが、まぁだまだのようだったなあ……?」

「なにっ!? ≪縮地・瞬≫か! おのれ……またしてもっ―――!!」


「まあ~長旅もあったってことだし、それにまだ状況に馴染んでないんだろう? てなわけでゆっくりと休んどいてくれやあ!」


先ほどの、『覇王』の所動作にも驚かされたばかりだったのだが、アベルは常にその先を行っていた―――それに確かに『覇王』はアベルの後を追っていたはずだったのに、アベルに敗北を喫した時には、アベルが『覇王』の背後を取っていたのである。


「いつもながら、エゲつないですよねえ―――あの人の”ミス・リード”」(ニヨニヨ)

「みす・りぃど?」


「いわゆる錯虚効果ですよ。 ああも分かりやすいくらいに対戦相手に背を向け、情ない声で喚きながら逃げてご覧なさいよ。 大抵の他人ひとはどう思うのか……。 そんなことは、一度引っかかって痛い目を見ている「イザナギ」を見ても分かりそうなものでしょう?」


「イザナギ」―――それがあの『覇王』と呼ばれた人物の本当の名前……。

激しい動きを―――剣を抜くときでさえも、鈴の音を鳴らさないでいられるほどの武芸の達人……そんな彼でさえも、アベルは手玉に取り、手を捻っている。


このことによって、この一件は収まるものかと思っていたのだが。

まだ一人残っていた……自分の連れが倒されたというにも拘らず、依然として“鎮”座する巫女がいるのである。


それに……実は―――


「さあ……あんたはどうする? 『静御前』―――」


『静御前』―――それが巫女の”二ツ名”だった……。


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