第227話 リズリット姫の想い
メルビア城ヒイロの自室にて
「ここは⋯⋯」
リズリットとミリアリスは、仮面の男から魔法を放たれた瞬間、恐怖で目を閉じてしまった。
そして目を開けると、けたたましい騒ぎがあった噴水広場から、突然部屋の一室に飛ばされて混乱している。
「リズリットお姉さま⋯⋯私達死んじゃったの」
「⋯⋯」
ミリアリスの問いにリズリットは答えられないでいた。
何の魔法が放たれたかは見てなかったのでわからないけど、体に痛みはなかった。ということは攻撃魔法じゃない? 魔法が発動するとき、仮面の男は何て言っていた? たしかシフトって⋯⋯まさか私達が受けた魔法って⋯⋯。
「⋯⋯転移魔法」
「えっ? リズリットお姉さま今なんて⋯⋯」
「その通りだ」
両国の姫をメルビアの自室へ逃がした後、俺も直ぐ様転移魔法で2人の後を追った。
「あなたは⋯⋯仮面の男!」
リズリット姫は、突然部屋に現れた俺に対して、語気を強め、ミリアリス姫を庇いながら距離を取る。
さっき暗殺者に狙われた時もそうだったが、リズリット姫はミリアリス姫を護るように動いている。元々この2人は知り合いなのか、それともリズリット姫は正義感が強いのか⋯⋯なるほど、噂で聞いた気高いというのは本当のようだ。
「私達をこんな所に連れて来てどうするつもりですか⁉️」
両国の姫は俺のことを警戒しているようだ。だがそれも無理もないか⋯⋯
あの阿鼻叫喚の場所から連れ出したとはいえ、仮面で顔を隠した怪しいやつと同じ部屋にいるのだから。
「リズリットお姉さま⋯⋯あそこにベットが⋯⋯まさかこの方は私達を襲うためにここへ⋯⋯」
おい⁉️
ミリアリス姫がまったく持って見当違いのことを言い始めた。
「くっ! 近寄らないで! もしそこから一歩でも近づいたら舌を噛みきって自害します! ミリアリス、いいわね」
「は、はい⋯⋯承知しました。お、王族として辱しめを受けるくらいなら死を選びます」
何言ってるのこの2人は! もしこの部屋で自害されたら真っ先にこの部屋の持ち主である俺が疑われるじゃないか! そうなった場合、ルーンフォレストだけではなく世界が俺の敵になるだろうが!
「お前達がそれぞれの国に引き渡される際、外套を着た怪しいもの達がいたので助けただけだ」
「確かに私達を襲った者は外套を着ていましたが⋯⋯」
「あなた様がいらっしゃらなかったら、私達の命を奪われていました。本当にありがとうございました」
どうやらミリアリス姫は本当に俺に感謝しているようだが、リズリット姫はまだ俺を警戒しているようだ。
「直接顔を見てお礼を言いたいのだけれど、仮面を取って頂けないのでしょうか?」
「それはできない。もし私が仮面を取るならば、あなたもヴェールを取って頂けませんか?」
できれば権力まみれの王族と関わるのは勘弁してほしいので交換条件を出す。おそらく向こうは応じない。
顔を知られると今後殺されるリスクが高くなるからだ。だから姫は公の場でなるべく顔を見せたくないからヴェールを被っていたのだろう。
「それはできません」
「ならこちらの答えも同じだ」
この部屋に緊張感が走る。
「私達をどうするつもりですか?」
「さっきも言ったように怪しい者達から、あなた達2人を護っただけだ。噴水広場の騒ぎが収まったか確認してくる⋯⋯そこで待っていろ」
俺は転移魔法を使って、シズリアの噴水広場まで飛んだ。
噴水広場から少し離れた路地裏に到着し、襲撃された場所を覗き込むと先程の騒ぎが嘘だったかのように静まり返っている。
この場には兵士や冒険者と思われる者達が、数10名いるだけだ。
そして噴水の側にはリズリット姫とミリアリス姫が乗っていた馬車が無傷で残っていたが、近くの地面を見ると赤く染まっている部分が多数見られた。
この赤いのは血だな。死者が出てないことを願いたいが、この血の量からしてそれは難しいかもしれないな。
念のために探知魔法を使って外套を着た奴らはを探してみるが、近くにはいなかったため、俺は転移魔法でメルビアの自室へと戻った。
「「きゃっ!」」
突然俺が戻ってきたせいか、リズリット姫とミリアリス姫は可愛らしい悲鳴を上げる。
「驚かさないで下さい」
「び、びっくりしました」
2人はいきなり姿を現した俺に対して非難の声を上げる。
けどしょうがないだろ? それならどうやってここへ戻ればいいんだと言葉にしそうになったが堪える。
それにしてもミリアリス姫はともかく、リズリット姫もあんなに可愛らしい声を上げるとは思わなかった。
本人もそのことを気にしているのか、顔が少し紅潮しているように見える。
「それでシズリアはどうでしたか? 騒ぎは収まっていましたか?」
リズリット姫は顔が赤くなっているのを誤魔化そうとしているのか、シズリアの現状を聞いてきた。
「向こうはもう落ち着きを取り戻している。お前達をそれぞれの馬車の所まで転移してやろう」
「それならまずミリアリスからお願いします」
「なぜだ?」
「私が先に転移して、この部屋にあなたとミリアリスの2人にはしておけません」
さっきミリアリス姫が襲われると言ったせいか、リズリット姫にはかなり警戒されてしまったようだ。
「よかろう。ではまずミリアリス姫から行くぞ」
納得いかない部分はあるが、別に仮面の騎士がヒイロとバレている訳ではないので特に気にすることはないな。
それに俺もリズリット姫に聞きたいことがあったからちょうどいい。
「仮面のお方⋯⋯命を助けて頂きありがとうございました」
ミリアリス姫がお礼を言って頭を下げている時に転移魔法が発動し、ミリアリス姫はこの場からいなくなる。
「次はリズリット姫の番だが、1つよろしいか?」
「何故⋯⋯
「私達じゃなくて私がか⋯⋯」
これは驚いた。
俺の聞きたかったことを予測してして答えたこともそうだが、シャドウ達に襲われた時の現状を正確に把握しているとは。
さすがルーンフォレストで人気があると言われるだけはある。
「気づいていたのか」
「そう⋯⋯ね。投げナイフの軌道が全て私に向いていましたから」
襲撃を受け、初めに投げナイフを投擲された時、明らかにミリアリス姫ではなく、リズリット姫を狙った物だった。
ただシャドウ達はナイフで殺すことが不可能と判断した後、すぐにミリアリス姫を巻き込んで殺せるほどの威力を持つ爆弾に切り替えた。あくまで予想だがシャドウ達の第1の狙いは、リズリット姫だけの命。そして第一目標が達成出来なかった時は、第2目標であるリズリット姫とミリアリス姫の命だったのだろう。
もしかしたらリズリット姫がミリアリス姫を護ろうとしていたのは、自分が狙われているとわかっていたからなのかもしれない。
「なぜあなたの命が狙われたかわかりますか?」
「⋯⋯」
沈黙は肯定の証ってやつかな。
「これから戦争を始める帝国からの刺客か?」
「さあ? どうでしょうね」
「それともルーンフォレストからの⋯⋯」
ルーンフォレストという言葉が出て、リズリット姫の瞳孔が広がる。
「やはりそうか⋯⋯そんなにランフォースはあなたのことが邪魔なのか」
俺の言葉を聞いて諦めたのか、リズリット姫は少しずつ語り始めた。
「昔から⋯⋯昔からランフォース兄さんは、私のことが気に食わなかったようです。そして2年前、私を疎ましく思ったのか、ランフォース兄さんは世界の平和の為だと言って、帝国との人質交換案を出して私が選ばれました」
気高く美しいリズリット姫⋯⋯このまま民の人気が高まり、将来自分が王になる時に邪魔になると判断したのだろう。
だからルーンフォレストに着く前に殺してしまい、その罪を他国に押し付けようとして今回の襲撃は行われた。
勿論他の国はそんなことはしてないと言うだろう。
しかし客観的に見れば、自国の姫を殺す奴はいない。殺したのはルーンフォレスト以外の国だとなり、姫を殺されたルーンフォレストの兵士の士気は最大限に高まるだろう。
そしてリズリット姫だけが殺されれば、その疑いの目を1番向けられるのは帝国だ。
これがランフォースの第一プラン。
そして第二プランとして、リズリット姫とミリアリス姫の両方が殺害されれば、ルーンフォレストと帝国以外の国が仕向けた可能性が高くなり、これから俺達が結ぼうとしている4ヶ国の同盟話も消えるだろう。
「もうよろしいでしょうか? 早くシズリアまで転移させて下さい」
「このままルーンフォレストに戻れば、あなたは確実に殺されるぞ」
リズリット姫の殺害犯人をアルスバーン帝国や他の国のせいにするのが1番良い方法だが、絶対に外せないことはリズリット姫を殺すことだ。それこそこれからの道中で山賊を装って殺害してしまえばいい。
「わかってます⋯⋯お父様が亡くなって、あの国が良くない方へ向かっているのは。けれどルーンフォレストは私が産まれたところ⋯⋯そして私はその国の王族です。できることは少ない⋯⋯いいえ、もしかしたら何もないかもしれませんが、王家の血を引くものとして逃げ出す訳にはまいりません」
声だけでしか判断できないが、国や民を想う熱意が伝わってくる。この姫は今まで俺が見てきたルーンフォレストの貴族や王族とは違うらしいな。
俺は少しだけリズリット姫のことが気に入った。
「わかった⋯⋯あなたのその誇り高き想いを尊重しよう」
「ありがとうございます」
そして魔力を込めて転移魔法を唱えるとこの部屋には俺だけとなった。
さて、あの人がここにいるといいけど。
俺は続けて探知魔法を唱えた。
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