第202話 魔界獣ゼヴェル(7)

「で、でけえ⋯⋯」


 グレイが驚くのも無理はない。まだ300メートルほどの距離があるが、俺達の目には、黒い瘴気を纏ったゼヴェルの姿をハッキリと捉えている。

 おそらくゼヴェルは2、30メートル位の大きさはあるだろう。


「けど怖がっている暇はないわ。私達は私達にしかできないことをやりましょう」

「いやだならラナちゃん⋯⋯俺は別にビビってるわけじゃないから」

「それは頼もしいわね。グレイの働きには期待してもいいのかしら?」

「任せておけ! 必ずレナさんを護ってみせるぜ!」


 上手いな。ラナさんは、少し怖じ気づいていたグレイを一瞬でやる気にさせてしまった。

 2人のやり取りを見て、他のメンバーも平静さを取り戻したようだ。


「マーサちゃん、レナ⋯⋯ゼヴェルが近づいてきたら、打ち合わせ通りに頼むよ」

「任せて下さい」

「承知しました」


 現在ゼヴェルとの距離は200メートル。奴が歩く度に地響きが響きわたるため、その巨大さが視覚以外からも思いしらされる。

 そして段々とゼヴェルはこちらに接近してくる⋯⋯150、120、100。

 マーサちゃんとレナの攻撃可能範囲まで迫っていた。


「今だ!」

「行きます!」


 まずはマーサちゃんが魔法銃を構え、ゼヴェル目掛けて一発ぶっぱなす。


 でかい!


 前回アッサラーマで使用した時は、掌サイズの魔力弾だったが、今回は人のサイズほどの大きさがある。どうやらかなりの魔力を込めて放ったようだ。

 そして弾のスピードも、目にも止まらぬ速さのため、到底避けきれる物ではない。


 だけど不安が1つある。ゼヴェルの持つ魔法無効化の瘴気が、魔法ではなくさせるものだった場合、マーサちゃんの攻撃は効かないことになる。


「グガァァァ!」


 いやどうやら俺の心配は杞憂だったようだ。

 マーサちゃんの攻撃で、ゼヴェルは苦しみの声を上げ、巨体が後退る。


「効いてるの⋯⋯やったー!」


 マーサちゃんは喜びの声を上げ、次弾を撃つために再度魔法銃に魔力を込める。


「では⋯⋯次は私の番です」


 巫女装束の中に手を入れ、レナは何かを取り出す。


 あれは⋯⋯お札だ。


「八雷神の1つよ。我が祈りに答え、眼前の敵を滅ぼせ⋯⋯【大雷おほいかづち】!」


 レナが手に持ったお札をゼヴェルの方に投げると、お札から凄まじい稲妻が放たれる。

 リアナも雷の魔法が使えるが、正直その比ではない。お札の稲妻は、ゼヴェルを覆うほどの広範囲で放たれている。


「すごいわ姉さん⋯⋯」

「優しそうなお姉さんに見えたけどとんでもねえなこれは⋯⋯」

「グレイさん気をつけて下さいね。変なことしたら焼かれてしまいますよ」

「大丈夫だ。レナさんも俺のことを嫌いじゃないはず⋯⋯」

「それはどうかしらね⋯⋯ふふ⋯⋯」


 2人の攻撃がゼヴェルに通じているのを見て、皆このまま勝てるのではと

 思い始めてくる。


「それにしても何でレナの攻撃は、ゼヴェルにダメージを当てることができるんだ」


 今の攻撃は魔法のように見えたが、魔法は黒い瘴気で無効化にされてしまうはず。


「巫女は神様の力をお借りしているのです」

「神の力?」


 何だかすごいことを口にしてきたぞ。


「いくらゼヴェルでも神様の力を防ぐことはできません」

「それは頼もしい限りだ」


 いける! いけるぞ! 2人を中心に戦っていけば封印を使わずにゼヴェルを倒すことができる!


「ジャマヲスルナ⋯⋯」

「ヒッ! 喋った⁉️」


 マーサちゃんはゼヴェルが俺達と同じ言語を使用したことで、一瞬驚いて声を上げるが、すぐに平静を保ち、魔法銃で再度攻撃を始める。


「ミコォォ⋯⋯ヨクモワタシヲフウジタナ⋯⋯コロスシテヤル」


 やはり巫女であるレナへの執着は激しいな。

 だが、マーサちゃんとレナの攻撃でゼヴェルは足を止めている。

 そしてさらに追い討ちをかけるように2人は攻撃を繰り出す。


「この! この!」

「大雷!」


 2人の魔法銃とお札により、ゼヴェルはダメージを負っているように見える。


「おいおい⋯⋯ひょっとしてこのまま勝っちゃうんじゃねえ」

「さすがマーサちゃんとレナちゃんだね」

「何事もなく倒すことができればいいのですが⋯⋯」

「お兄ちゃんはどう思いますか?」


 確かに2人の攻撃は凄まじいが、何かがおかしい気がする。ゼヴェルは倒れることはないし、この場から離れることもしない。

 もし本当にダメージを負っているなら、一度体勢を立て直すために、逃げるなり、何か対策をしてもいいような⋯⋯。


「マーサちゃんとレナの攻撃は効いていると思うけど、致命傷ではない気がする⋯⋯もしかしたら何か考えがあるのかも⋯⋯」

「考えですか⋯⋯しゃべる知能があるくらいですから、ありえる話ですね」


 俺だってこのまま何事もなく、ゼヴェルが倒されてくれることを望んでいる。


 だがやはりそうはいかないようだ。


「みなさん! ゼヴェルの足元から何か黒いものが!」


 一番目がいいマーサちゃんから焦った声が上がる。


「なんだあれは⁉️」

「私には獣のように見えます」

「ヒイロちゃんこっちにくるよ!」


 ルーナの言うとおり、黒いものの正体は獣に見える。


「あれは⋯⋯ゼヴェルじゃないか!」


 そう⋯⋯こちらに向かってくる獣は通常の狼のサイズをしたゼヴェルだ。


「ゼヴェルの毛から産まれてるように見えるよ」


 俺の目もそう捉えている。

 しかも足が速い! このままだと門に取りつかれるぞ!


「リアナ! ティア! 迎撃してくれ!」

「任せてヒイロちゃん!【光の流星ミーティアオブライト】」


 リアナの頭上20メートルの所に魔方陣が展開され、そこから無数の光の流星が、小型ゼヴェルに向かって降り注ぐ。


「氷の精霊フラウよ⋯⋯凍てつく氷の矢を放て!」


 ティアは少女の姿をしたエルフの精霊を召喚し、幾つもの尖った氷のつららが小型ゼヴェルを襲う。


 普通の狼であるなら、2人の攻撃で絶命していると思うが、小型ゼヴェルは本体のゼヴェルと同じ魔法が無効化されているようで、無傷でこちらに迫ってくる。


「効いてないの⁉️」


 こうなったら接近戦で戦うしかない。


「リアナとラナさんは城壁の下に降りて直接小型ゼヴェルを迎撃してくれ!」

「わかった」

「わかったわ」


「グレイは上からバリスタを使って援護!」

「了解だぜ」


「ティアとルーナはマーサちゃんとレナを護ってくれ!」

「「わかりました」」


「マーサちゃんとレナはそのままゼヴェルの本体を攻撃してくれ!」

「承知しました」

「わかったわ」


「後、もし口からブレスを吐いてきたら気をつけろ! くらうと石化するかもしれない」


 こうなったら皆に凌いでもらってる間に、俺がゼヴェルを倒すしかない。


 しかしこの状況の中、さらに悪い知らせが俺達の元へと届いた。


「た、大変ですティア王女!」


 1人の兵士が、慌てて城壁の上にいるティアの元へと訪れた。


「魔法無効化と石化能力を持つ狼が!」

「その魔物は今目の前にいます」


 まさか! 嫌な予感がするぞ。


「いえ! 北門と南門に現れ、警備していた兵士は石にされてしまい、城壁を突破されてしまいました!」


 兵士の口から最悪の言葉が発せられるのであった。

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