第76話 この怨みは地獄まで

 冒険者試験が終了した3日後、王城にて


「くそっ! くそっ! この私が公衆の面前で恥をかくとは!」


 実技試験で、突如現れた仮面の男に凍らされ、ダートは教師達のお陰で辛くも命を取り留めることができた。

 そして仮面の男の正体を探るため、あの場にいた受験者や教師に聞いてみたが、誰もその男を知る者はいない。

 そのため今は実家である侯爵家の力を総動員して、復讐する相手を探していた。


「なぜ見つからない! なぜ探すことができない! 役立たず共が! 必ず奴をいたぶっていたぶっていたぶっていたぶって死にたくなるくらいいたぶって、そして最後に殺してやる!」


 凶器な目をして王城の廊下を歩く。

 誰が見ても正常じゃないとわかり、こんな状態のダートに話しかける者は普通ならいない。


「どうしました? 機嫌が悪そうですね」


 しかし、そんなことを構うことなく話しかける者が1人いた。


「ああん? 誰だ!」

「誰だとは威勢がいいな」


 ダートはその人物を見て、慌てて頭を下げる。


「こ、これはアルバード外務大臣。失礼いたしました」


 アルバードの爵位は公爵だ。

 貴族主義のダートにとって、爵位が上の者に対しては従順な態度を取る。


「聞いたぞ、冒険者学校の実技試験でこっぴどくやられたようだな」

「くっ!」


 その言葉を聞いてダートは俯きながら歯を食い縛り、血が出るほど両手を握り締めた。


「あれは私が油断しただけです。初めから本気でやっていればあんな訳のわからない奴にやられるはずがありません」


 プライドの高いダートは、衆人の前でなす術もなく負けたことを認めることなどしない。


「それは君の主観的考えかね。私は客観的意見が聞きたいのだが」


 アルバードに嘘を指摘され、負けたことを思い出したダートは、憎悪の念を浮かび上がらせる。


「も、もう一度機会がありましたら、わ、私が奴を倒して見せます」


 アルバードはその答えを聞いて溜め息をつく。

 すでに学校であった戦いの顛末を調べあげているため、ダートが虚言を言っているのがわかっているからだ。


「だが私が調べたところ、相手はかなりの実力者と聞いているが」

「そ、それは⋯⋯」


 まさか外務大臣であるアルバードが、たかが学校の実技試験の内容を調べていると思わず、ダートは言葉に詰まる。

 正直な所、もう1度戦って勝利できないことはダートが1番わかっている。おそらくあの化け物染みた奴に勝てるのは、魔王を倒した勇者パーティーか、人智を越えた魔物しかいないだろう。


「もし、どうしても仮面の男に勝ちたいのであれば、この私が力を貸してやろう」

「ア、アルバード様。それは真でございましょうか」


 ダートはアルバードの提案に対して、藁にもすがる気持ちで飛びつく。


「ああ、だがこのことは他言無用だ。いいな?」

「は、はい。わかりました。奴を倒せるのであれば、この魂を悪魔にも売ってみせましょう」


 悪魔にも、という言葉を聞き、アルバードはピクリと反応する。

 元々ダートに声をかけたのは、この言葉を聞きたかったからであり、自分の思いどおりの結果になったことでほくそ笑む。


「では、詳しい話については我が屋敷で行う。ついて参れ」

「はっ!」


 外務大臣であるアルバードが力を貸して頂けるのなら、仮面の男を八つ裂きにすることができるだろう。そう思うと楽しみであり、ダートの心は生きてきた中で最高潮に踊った。


 こうしてヒイロに対する計画が、アルバードとダートの手によって動こうとしている。そしてこのことにより、1人の人生が大きく変わることになるとは、この時は誰も思わなかった。

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