第61話 やりたい放題の実技試験

 ぶっ飛ばすって女の子が使う言葉じゃないぞ。そのことを注意しようとしたけど、ラナは既にいなかった。


「何だか台風みたいな子だったな」


 回し蹴りを食らったから尚更そう思ったのかもしれない。


「てっ! そういえばトイレトイレ」


 危うく尿を漏らすとこだったよ。

 俺は印象深いエルフの女の子の姿を思い浮かべながら闘技場へと向かった。



「ぐわっ!」


 闘技場に着くと誰かが試験官を倒していた。


「おい、あのエルフ試験官に勝ったぞ」

「けれどエルフなのに蹴りで倒すってどうなの?」

「試験官の教師も、魔法が飛んでくると思って油断しただけじゃない」


 どうやらさっきラナの実技試験だったみたいだ。

 周りの受験生にはあの娘の実力がわからなかったのか? どうみてもあの蹴りの鋭さは尋常じゃないだろう。


 試験官の先生は別の教師の肩を借りて校舎の方へと行ってしまい、そして代わりに現れたのが、最悪の試験官だった。


「B会場の実技試験はまだ終わってねえのか! しかも教師が学生ごときにやられるなんてなさけねえな」


 願書提出の際に会った、態度が教師と思えないダードが来た。


「おら! とっとと始めるぞ!」


 試験官はダードになり、実技試験は始まっていく。


「貴様は平民か」


 ダードが剣を一閃すると受験者は壁まで吹き飛んでいく。


「お前は判定はFだ」


 しかし、その声は気絶している受験者には届かない。

 おいおい。いくらなんでもやりすぎじゃないか。試験官に本気を出されたら大抵の受験生は相手にならないぞ。


「次!」


 ダードの実技試験が次々と終わっていく。

 一瞬で終わらすためどんどん進んでいくが、ある受験生になると様子が変わる。


「いい剣筋だ! お前はB判定だ」


 身なりが良い受験生。つまりは貴族が相手になると、ダードは教師のように受験者の良いところを引き出しながら試験を行う。


「おいおい、なんだよあれ」

「あのダードって言う先生は噂通りなのか」

「噂?」


 俺は小さな声でコソコソと話している受験生に聞いてみる。


「ああ、あの先生は貴族至上主義な所があるため、平民には厳しく、貴族には甘いってもっぱらな噂だ」

「しかも上級職の魔法剣士の紋章を持っていて、本人も貴族だから、皆注意ができないらしい」


 確かに先ほどからあからさまな差別があるのは明白だ。

【剣と杖の紋章】である魔法剣士は、戦士と魔法使いの才があり、オールマイティーの職で弱点はない言われている。

 しかし突出した物がないからそれが弱点といえば弱点だが⋯⋯。

 だが初級職の受験生に取っては、剣も魔法も卒なくこなすダードは脅威だろう。


 貴族はAかB判定、平民はEかF判定が付けられていく。

 こんなことが許されるのか! みんな冒険者になるために今まで努力してきたはずだ。それをたった1人の教師によって低い評価に落とされるなんて!


「後何人だ」

「じゅ、10人です」

「貴族は⋯⋯いないな。ならもう試験をする必要はないだろう。残りは全員F判定だ」


 ダードはとんでもないことを言い始めた。

 実技試験をせずに評価するなんて何様のつもりだ!

 そう思ったのは俺だけではなく、特にこれから試験を受ける受験生から抗議の声が上がる。


「横暴だぞ! 何の権利があってそんなことを決めるんだ!」

「横暴だと? 侯爵家の血筋である私に向かってそんなことを言うとは良い度胸だな」


 侯爵家の息子なのかあいつは!

 上から2番目の爵位をちらつかされて、受験生はびびってる。


「良いだろう。そこまでいうなら相手をしてやる」

「ほ、ほんとですか!」


 ダードが試験の続行宣言をしたことで受験生達は喜ぶ。

 だが、俺にはわかる。

 こいつが普通に始めるはずがない。絶対何かをしてくるはずだ。


 先ほど横暴だと言った受験生が、槍を片手にダードと向き合う。

 槍か? そうなると槍術士かな。

 槍術士は槍の扱いに長けており、戦士より力は劣るが、スピードは速い。


「はじめ!」


 受験生が槍を構え、連続で突きを前に繰り出していく。

 おお! 中々鋭い突きじゃないか、並の奴ならかわすことはできないはずだ。

 だが、ダードは受験生の攻撃に対して左右のステップで軽々とよけてしまう。


「くっ!」


 完全にかわされると思っていなかったのか、受験生に焦りの色が浮かぶ。


「だああ!」


 それでも、何度も突きを繰り出してくる受験生に対して、ダードは苛立ちながら答える。


「だから時間の無駄だと言ったんだ。こんなゴミくずのような平民の実技を見るなんて」


 そう言った瞬間。槍はダードの剣に払われてしまい、受験生は後方へと下がる。


「そ、そんなあ」

「今度はこちらから行かせてもらうぞ」


 ダードは鞘のついた剣で左からなぎ払うと受験生の顔面に当たる。


「ぐっ!」


 これはもう勝負あったな。

 誰がみても試験は終了だと思われた。


 1人を除いては。


 ダードは次に右から顔をなぎ払う。


「うっ!」


 そして次にまた左からと連続で攻撃してきた。


「どうしたどうした! 試験はまだ終わってないぞ。抗議するくらいなんだからまだまだこんなもんじゃないだろ」


 ダードの攻撃は徐々に激しさが増してくる。


「せ、先生。もう⋯⋯ぐはっ!」


 受験生は降参しようとするが、ダードの剣がそれを許さない。

 左に倒れようとすると右からなぎ払われ、右に倒れようとすると左からなぎ払われるため、倒れることすらできない。


 もうふらふらで意識があるのかも怪しい。


「せっかくこの俺様がみてやっているのに。もう少し根性を見せたらどうだ!」


 前に倒れようとしたが、受験生は下から突き上げられた攻撃によって終わることができない。

 この光景を見た残りの受験生から声が上がる。


「やっぱ俺実技試験受けるのやめます」

「わ、私も」

「あんな風になるならF判定で良いです」


 全員実技試験を受けることを諦めてしまった。

 だが無理もない。上位職の奴にボロボロにされるとわかっていて、やる者なんているはずがない。

 しかも相手は上級貴族の一族のため、この問題行動に対して文句を言う奴は誰もいないときた。

 こんな状況で試験を受ける奴はバカとしか言いようがない。


「さて、俺は試験を受けるわけじゃないので帰るか」


 俺は校門の方へと向かった。


 ラナside


 何なのこれは!

 教師が試験中に受験者をいたぶるようなことをするなんて。

 本当信じられない! これだから人間は嫌いなのよ。

 おじ様が言うから冒険者学校の試験を受けたけど、やっぱりやめれば良かったわ。

 しかもさっき私の攻撃をかわした変態男はこの状況で帰るし、本当ありえない。

 けど今はそんなことを考えるよりこの暴行を止めないと。

 私は意を決して試験官に向けて言葉を発する。


「ちょっとそこの貴方! もうその人は戦えないわ!」


 試験官はゆっくりと私の方を振り向く。


「何だ貴様は」

「もう見るに堪えないわ。即刻試験をやめなさい」


 私は至極当たり前のことを言うが相手には通じない。


「お前はB会場の試験官を倒した奴だな。いいだろう、私がもう一度実技試験をしてやろうじゃないか!」


 言葉が終わると同時に試験官は鞘で斬りかかってきた。


 シュン!


 速い!


「ぐっ!」


 私はまともに食らい、闘技場の壁まで吹き飛ばされる。

 受験生をいたぶっている時は本気を出していなかったのね。

 近づいてくるスピードも剣筋もさっきと明らかに違う。


 試験官が私の方へと向かってくる。

 立たなきゃ。

 しかし私は先ほどの一撃でダメージを食らい起き上がることができない。


「確かエルフは無駄にプライドが高いと聞いている」


 あんたに言われたくないわよ。


「2度と逆らえないように靴底で貴様の頭を踏みつけてやろう」


 嫌だ嫌だ! 絶対そんなことされたくない!

 けれど立つことができない。

 試験官が近づいてくる。

 周りの人達に視線を向けるが、みんな目を逸らす。


 私、何を期待しているんだろう。

 同族がやられている時に助けなかった人達が、私を助けるはずないじゃない。

 また私は人間に失望する。


「早く逃げなくていいのか?」


 ゲスな笑みを浮かべて試験官が私の目の前まできた。

 逃げたいけど逃げられない。

 悔しい! こんな奴に辱しめを受けるなんて。

 私は涙が出そうになるが、泣いたらそれこそこいつの思う壺なので、心の中で泣く。

 試験官が片足を上げ、私の頭に降りてくる。


「亜人の貴様に私の靴底を舐めさせてやるんだ。光栄におも、ぶべらっ!」


 踏まれる直前に、先ほどの私のように試験官が壁まで吹き飛ばされる。


「大丈夫か?」


 顔を上げると、そこには仮面の姿をした者が立っていた。

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