第38話 幕間1 次なる刺客

 大魔王軍本部 魔獄城にて


「はあ、はあ」

「ザイド様その傷は!」


 魔道具によって、魔族の本部に転移したザイドはすでに息絶え絶えで、いつ命を落としてもおかしくない状態だった。


「せ、生命治癒溶液へ入れてくれ」

「か、かしこまりました!」


 魔族は闇属性持つ種族のため、回復魔法を受けても傷が治ることはない。

 しかし人族やエルフ族と違い、高い再生能力を持つことにより、軽症のケガでは自然に回復するが、今回のような大ケガを負った場合は専用の生命治癒溶液に浸からなければならない。


 治癒要員であるディードは肩を貸し、直ちにザイドを生命治癒溶液へと案内する。


「ザイド様をここまで追い詰めることができるなんて⋯⋯誰の仕業ですか」


 だがザイドはすでに返事をすることもできず、まるで屍のようだった。


「ザイド様! ザイド様!」



 こ、ここは⋯⋯。

 ザイドが目を開けるとそこは生命治癒溶液の中であった。


 どうやら命を取り留めることができたか。

 あれだけの傷を負ったのに、よく生きていられたものだ。

 今まで大ケガをしたことがなかったので、この溶液に入ったことがなかったが、かなり優秀な治癒能力があるようだ。


 ザイドは先の戦いを思い出してみる。

 ヒイロの剣や魔法。

 そして老人の魔法。

 二人ともかなりの強者だった。

 現状では老人の方が上だが、ヒイロはこれから成長していきそうだ。

 本人も後になればなるほど美味しくなると言っていたな。

 その時のことを考えると、気持ちが高ぶってくる。

 ではその美味しくなった時に頂かせてもらうとするか。

 ザイドの顔から笑みがこぼれる。


「手痛くやられたと聞いたが、どうやらまだまだ余裕がありそうだな」


 治癒室に1人の魔族が現れる。


「これは魔軍司令殿、このような所へ如何なされました」


 大魔王の軍団を束ねる立場になった元魔王のヘルドだった。


「貴殿のそのような姿は滅多にみられないから見学しに来させてもらった」

「趣味の悪いことを言う」


 ザイドはヘルドのことが嫌いではないが、自分の方が強いと思っているため立場が上とはいえ、従うことに納得がいっていない。


「冗談だ、許せ。どんな人間にやられたか気になっただけだ」


 そういえば2年前にヘルドも人間に負けたことがあったな。

 だから相手が誰だか気になるのか。


「ヒイロという少年とおそらく賢者の老人だ」


 ヘルドはザイドの答えを聞いて目をカッと開いた。


「まさかヘルド司令が負けた相手は――」

「そうだ、そのヒイロという少年だ! ここでその名前を聞くとは思わなかったぞ!」


 ヘルドはヒイロという言葉を聞いて、今までにないほど高揚してきた。


「そうか、では今はエリベートにいるのか! 今すぐに行って叩き潰してやる!」


 そう言ってヘルドは治療室を後にしようとするが、ザイドに呼び止められる。


「まて、ヒイロを倒すのは俺だ!」

「貴殿の傷はまだまだ治らんだろう。そこで指を咥えて見ているがいい。後で殺した報告だけはしてやる」

「くっ!」


 ヘルドはザイドのことが目障りだと思っているため、悔しそうな姿を見て不敵な笑みを浮かべた。


「待ってもらいましょうか」


 突然転移魔法で老人の魔族が現れ、ヘルドの行動に苦言を呈す。


「ボルデラか。貴様魔軍司令の私に意見するのか!」


 ボルデラはヘルドの威圧を込めた言葉にも動じることがない。


「魔軍司令殿は2年前に勝手に出撃し、人ごときに負けた責任を取って謹慎となっているはずじゃ。まさか大魔王様が決めたことに意見するおつもりか?」

「ぐぬぬ! だ、大魔王様に逆らうことはせん。だが人族の新たなる脅威に対してこのまま放っておくつもりか」


 ザイドとしては自分の傷が治るまで待ってほしいが、ヘルドの言うことも一理ある。


「そのヒイロとかいう奴と戦うかはわからんが、大魔王様から王都を攻める許可を頂いた。どうも今あそこには新たな勇者がいるようじゃからのう」

「勇者だと! だが我らが行かないとすると誰が出撃するのだ」


 ヘルドはボルデラを睨み付け問い詰める。

 そんなヘルドを見てボルデラは妖しい笑みを浮かべる。


「わしじゃよ。魔術軍団団長ボルデラがお相手致す」

「貴様が!」

「大魔王様の命令じゃ。異論は聞きませぬぞ」


 ボルデラの言葉にヘルドは苛立ち唇を噛む。


 ザイドはボルデラの出撃を聞いて、ヒイロが王都にいないことを願った。

 なぜならボルデラと戦えばであるヒイロは必ず負けると思ったからだ。


「では、わしはこれで失礼する」


 こうして魔獄城で、ヒイロとリアナ、そして王都に危機が迫ることを人族は誰も知るよしもなかった。

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