第20話 新しい朝

 ルーナの呪いを解いた翌朝


 背中が痛い。

 やはりソファーは寝心地が悪いな。

 それに毛布が一枚しかなくて、薄い掛け布団で寝ていたから寒くてしょうがない。


 寒くてしょうがない?

 いや、寒くないぞ。

 むしろ暖かいくらいだ。

 特に不自然に盛り上がっている所はポカポカだったため、俺は布団を捲り

 確認してみると、そこにはベットで寝ているはずのルーナがいた。


「ど、ど、どういうことだ!」


 昨日俺は、確かにルーナをベットまで運んだはず。

 それがなぜ俺のソファーの所にいるんだ。

 しかもルーナは、俺をがっちりと抱きしめているため胸の膨らみが気持ちいい。てっ、ちが~う!

 と、とりあえずここから抜け出そう。


「えへへ、もうお腹いっぱいですよ~」


 ルーナは俺の気も知らず、まだ夢の中にいるようだ。


「もう、ヒイロくんったら、私の胸の中で泣きたいだなんて甘えん坊なんだから」


 それはルーナだろ!

 俺はなんかイラッときたので、ルーナのほっぺたを両手で引っ張る。


「いひゃい、いひゃい」


 どうやら頬を引っ張られた痛みで、目が覚めたようだ。


「あれ? ここは?」


 まだ起きたばかりで寝ぼけているのか、今の状況を理解できてないようだ。


「おはようルーナ」


 俺はそんなルーナに朝の挨拶をする。


「お、おはようヒイロくん。けど、どうしてそんな近くにいるのですか」


 それは俺の方が聞きたい。


「ま、まさか、私を襲うつもりでは」


 それは逆だろ!

 俺は指をさして、ルーナの手が今、どこにあるか教えてあげる。


「あっ! これはその、えへへ」


 ルーナは笑って誤魔化そうとするが、俺はそうはさせないと追い討ちをかける。


「危うくルーナに襲われる所だったよ」


 ルーナは一瞬で後退り、俺との距離を置く。


「ご、ご、ごめんなさい!」


 土下座するような勢いで謝罪をしてきた。

 俺としては暖かかったし、柔らかかったので文句を言うつもりは更々ないけど、なぜこうなったのかを知りたい。

 ひょっとしたら俺の知らないところで、夜中に脳内の勇者と魔王が戦って、魔王が勝ったことも考えられる。


「実は昨日の夜目が覚めた時に、ヒイロくんが布団一枚で寒そうにしていたから暖めてあげようと思って――」


 暖めた⋯⋯だと⋯⋯。


「同じ部屋に泊まっておいてなんだけど、そういうのって恋人同士がすることじゃ⋯⋯」

「そ、そんなことありません! 友達だったら普通です!」


 いや、そんなことないよね。

 俺はリアナとは一緒の布団で寝たことはないけど、友達じゃないってことか?


「それなら冒険者学校に入学すると異性が沢山いるから、同じ布団で寝る女の子の友達が増えるってことか」


 本当なら楽しみになってきたぞ。


「た、ただの友達でそんなことをやってはいけないのです」

「えっ? それじゃあ俺達はどんな友達なの?」


 ルーナは困った顔で何か考えていている。

 え~と、え~とっていう声が聞こえてきそうだ。


「そうです!」

「そうです?」


 なんか今閃いた的な感じがするな。


「ただの友達じゃなくて生死を共にした、心の友です」

「そっか、それなら普通のことなのかな?」

「はい。普通です」


 ルーナは大きな胸を張って頷く。

 絶対に嘘だろ。そんなことをしたら俺は明日から、衛兵所で臭い飯を食べることになってしまう。

 今の話はここだけのことにしておいた方が良さそうだな。



 俺達は旅支度をして宿泊所の受付に向かうと、昨日キャンセルがあったことを教えてくれた店員さんがいた。


「昨日はお陰で泊まることができました」

「そうですか。それは何よりです」


 そして店員さんは俺とルーナを見比べて。


「ゆうべはおたのしみでしたね」


 絶対言うと思ったよ。


「彼女とは友達です。そんなことしていませんよ」


 この店員、客にむかってなんてことを聞くんだ。


「ヒイロくん、ゆうべはおたのしみでしたねってどういうことですか?」


 ルーナはその言葉の意味がわかっていないらしく俺に聞いてきた。

 えっ? 俺が答えなきゃいけないの?

 しかしルーナが誰か別の人に聞くと、それはそれでえらいことになる。

 そんな俺の行動を見かねたのか、店員さんがルーナの耳元で何かを呟いた。


「エッー! ち、違います。そんなことしていません」


 ルーナは顔を真っ赤にして、店員さんの言うことを否定する。

 どういう意味か聞いたみたいだな。

 俺はイタズラ心が芽生え、ルーナに問いかける。


「今、店員さんに何を言われたの? 俺にも教えてよ」

「そ、それは」


 俺の言葉にルーナは頬を両手で押さえ、恥じらいを見せる。


「友達の俺には言えないことなの?」


 俺はニヤニヤしながら、ルーナを問い詰める。

 なんか俺、セクハラをしているおっさんのように思えてきたぞ。

 だが、ルーナの恥じらう姿を見続けるために、俺はやめない。


「ヒイロくん。その顔は何の話かわかっていてわたしに聞いているでしょ」

「バレたか」

「もう~」


 ルーナは恥じらう顔から、一転して怒った顔に変化し、俺をポカポカと両手で叩いてきた。


「ごめんごめん。店員さんが変なことを言うから、ちょっとイタズラ心が芽生えて――」

「やだ、許さない」


 ルーナは叩く手をやめない。


「あの~、すみません」


 俺とルーナのやり取りを見て、店員さんが背後から話しかけてきた。


「私が変なことを言ったのが悪いんですけど、そろそろイチャイチャするのをやめてもらえませんか? 皆の注目を浴びてますよ」


 俺とルーナは動きを止め、周りを見てみると、ここにいる全員の視線がこちらに向けられていた。


「若いっていいわね」

「ちくしょう! 何であんなに可愛い娘が、あいつと!」

「お父さん。私達の若い頃を思い出しますねえ」


 俺達は周囲の言葉を聞いて、恥ずかしさのあまり、宿泊施設の外へと逃げ出した。


「またのご来店お待ちしています」



 宿泊施設な外に出ると、これから周囲の店が始まるのか、賑やかな人混みが俺達の目に映った。


 俺はチラリとルーナに視線を向けるが、先ほどのやり取りを見られたのがよっぽど恥ずかしかったのか、俺の方を向かず、明後日の方を見ている。


「ルーナごめん。ちょっとからかい過ぎたな」


 しかし俺の声が聞こえていないのか、反応してくれない。


「ルーナ?」


 よく見るとルーナは肩を震わせている。


「うふふ。もう怒っていませんよ」

「じゃあ何でこっちを見てくれなかったんだ」

「今の私とヒイロくんのやり取りが、友達みたいだなあっと思って」


 ん? どういうことだ?


「故郷には、親しい人はディアナちゃんくらいしかいなかったから、こういう友達っぽいことをできるのが嬉しくって」


 昨日そのディアナにも裏切られたから、今、ルーナの友達は俺しかいないのか。


「何言ってるんだよ。昨日も話したけど俺はルーナの友達だから、これからこうやってからかうことは、しょっちゅうあるから覚悟しておけよ」


「そっか。こういうことがいっぱいあるんだ⋯⋯。楽しみにしていますね」


 からかわれるのを楽しみにしてどうするんだよ。

 だが、そう言ったルーナの表情は、とても晴れやかに見えた。

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