きのうのサンタクロース
山茶花
01
満天の星空の下、ぼくは舟にのっていた。
へさきでは2本足ですっくと立ちあがった猫が、両手で持った望遠鏡をのぞいていた。屋根のない小舟にはぼくとその猫だけで、だれにも漕がれていないのに、凪いだ黒い水の上を音もなくすべってく。
しばらくすると舟は小さな島についた。島のまんなかには高層ビルみたいに大きなジャングルジムがあって、組み合わされた鉄の網目模様が、夜空よりもさらに黒々とそびえ立っている。そのジャングルジムをぼくはのぼっていった。
頂上ははるか遠い。
どこまでも登りつづけなければならなかった。やがて空は白みはじめて、やっと頂上にたどりついたころには、朝陽がまぶしいほどだった。
少年がそこにいた。
かれを旅の仲間にするために、ぼくはここまでやってきたのだ。かれはぼくのほうへ手をさしだした。ぼくにはその意味がわからなかった。握りかえせばいいのか? なにか渡せばいいのだろうか? はやく応えなければならないのに、意味がわからなくて、ぼくは固まってしまった。そして、そのまま何秒も時間がすぎていく。ぼくの胸はあせりでいっぱいだった。
ぼくは目覚めた。
まだ夜だった。舟もジャングルジムもなくて、ぼくは部屋のベッドのなかで1人きりだ。しだいに思いだした。あの少年はクラスメイトの葉介で、あの猫はいまほしいと思っているゲームのキャラクターだ。緊張がほどけて、息をついた。
だが、だれかの気配を感じた。ぼくはスタンドのライトをつけた。
闇のなかから、赤い衣装をまとった男のすがたがあらわれた。ぼくがこれまで出会ってきたどんな大人たちよりもおおきい。ほとんど頭が天井にとどくほどで、かぶった赤い帽子が天井とあたまの間で潰れていたし、すごく太っていて、からだの厚みと幅はぼくの視野をおおうほどだ!
かれは迫るようにしてぼくのすぐそばにいた。まるまるとした腹は、息を吸ってにさらにふくらんだ。その腹がほんのあと2・3歩で、壁ぎわにいるぼくを、ベッドごと押しつぶすかもしれないような気がしたから、ぼくはおもわず飛びあがって、身をちぢめなければならなかった。
でも、かれは動かなかった。ふさふさの白いあご髭のなかに片手をつっこんで、じっとぼくを見おろすだけだ。スタンドのあかりはつきでた腹にさえぎられて、その上の目の表情はくらくてよく見えない。
サンタクロースはぼくに向かってなにか言った。寝ぼけていたし、とつぜんすぎて、なにを言っているのかわからなかった。ぼくは訊いた。
「なんて言ったんですか?」
「聞こえなかったのか?」サンタクロースが訊きかえした。
ぼくはうなずいた。
「なんと言ったと思う?」
ぼくはあてずっぽうに答えた。
「プレゼントをくれるんですか?」
「いい子にしているな、と言ったのだ」
「寝ていました」
「むろん、そうだろうとも」かれはやさしく言った。「いい子だ」
「そうでしょうか?」
「ほう」かれはとたんに冷たい声になった。「ほう、ほう…、そうじゃないのか?」
サンタは肩を落とした。
ぼくはうまく答えられなかった。自分で自分をいい子とほめるのは恥ずかしいし、うそ臭い。でもいい子じゃないと答えたら、プレゼントをもらえなくなるかもしれなかった。
サンタは黙っているぼくをしばらく見ていたが、やがて言葉をつづけた。
「メリークリスマス。今夜はおまえがほしいと思うものを持ってきた」
かれは白い袋を示した。大人が1人や2人くらい簡単に入れられそうなおおきな袋で、ものが詰まっている。サンタはそれをかるがると片手で持ちあげた。
「この袋のなかに、町中の子どもたちがほしいと思うものが詰まっている。もちろん、おまえがほしいものも入っている。しかも、おまえがほしいと思うもののなかでも、いちばんほしいものが入っているのだ」
「ありがとうございます」
「だが、かん違いするな。おまえがほしいものを持ってきたとは言ったが、渡すとは言っていないだろう? わたしは、たしかにおまえにプレゼントを渡しにきた。この寒いなか、はるばる遠くからやってきた。ほんとうに遠くから、ほんとうに時間をかけてやってきたんだ。わたしとしては渡してやりたい」
サンタクロースは、こんどは腕をひらいておのれを示した。赤い衣裳のところどころは、毛羽立っていて、くたびれていた。
「しかし、おまえが素直ないい子じゃないなら、渡すことはできない。これはわれわれの決まりなのだ。おまえだって知っていることだろう。だからおまえが正直という証拠をみせてほしい。わたしはおまえの口から願いを聞かせてほしいんだ。おまえがいちばんほしいと思っているものはなんなんだ?」
「ぼくは……、いい子ですよ」ぼくは言った
「いま、そんなことは訊いていない」サンタは言った。「さっきおまえはそう答えなかった。素直じゃなかったからだ。いま訊いているのは、おまえがいちばんほしいものはなにかということだ。それなのに、おまえは答えようとしないのか?」
そう言われても、ほしいものはいくつも思い浮かんだ。
「ヒントをくれませんか?」
「おかしなことを言うな。おまえがほしいと思っているものを言うのに、どうしてヒントがいるんだ! クイズじゃないんだぞ。いいから、言ってみろ」
ぼくはさっき夢にも見たゲームのタイトルを言った。
「ちがう」サンタは即答した。
ぼくはほかに思いつくものを答えた。マウンテンバイク、流行りのCD、気になるアニメのDVD……。
「どうしてそんなうそばかりつくんだ!」サンタは舌打ちした。「おまえ、わたしをからかってるんじゃないだろうな? じゃあ、なんでほんとうのことを言わないんだ? はずかしいのか? あまえているのか? わけがわからないぞ。おまえのほんとうにほしいものがなんで答えられないんだ。それじゃあ、渡してやりたくても、渡せないじゃないか!」
ほかにまだなにかあっただろうか? ぼくは悩んだ。
「つぎにまたウソをついたら、おまえにはもうなにもやるわけにはいかないな。それにわたしはいつまでもここでグズグズしているわけにはいかない。ほかの子どもたちにもプレゼントを渡さなきゃならんのだ。30分後に戻ってくるから、そのときは正直に言うんだぞ」
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