第2話 確信
初めて男の匂いに気がついたのは、つい一ヶ月ほど前、学生時代の友人同士で開かれた食事会のあとだった。
帰宅した深雪は珍しく酒に酔っていて、出迎えた俺の首に腕を絡ませ、締まりのない顔でニヤニヤ笑った。
あまりの苦しさに咳き込むと、彼女は「ごめんね」と反省の色も見せずに、ふわふわと宙を漂うような足取りでソファーまで歩いていき、そのまま泥のように眠ってしまった。
そのとき、俺ははっきりと違和感を覚えた。深雪からは女子会へ行くと説明を受けていたのに、どういうわけか彼女から男の匂いがしたのだ。
それからは二人で一緒にいてもスマホと睨めっこしている時間が増えていった。
短い着信音が鳴ると彼女はすぐさまスマホを手に取って、指先で操作を始める。
まるで、おやつを兄弟に盗られまいとする子犬の仕草で、意識的に俺からスマホを遠ざけているように見える。
一度、そんな深雪に腹を立て、こっそりスマホを見てやろうと試みたことがあったのだが、人のスマホは扱いが不慣れなため、ロック解除に思った以上の時間を費やしてしまい、現行犯で見つかった。
墓穴を掘ったとは言え、彼女が肌身離さずお尻の左ポケットにスマホを収納するようになり、浮気を立証する機会を失ったのだが、この見られまいとする意識こそが証拠になりえるではないか。
俺の疑惑は確信へと変わる。
男ができたのだと。
そして、ついに深雪の方から切り出された。
「明日、一緒に出掛けない? 会って欲しい人がいるの」
今夜が彼女と過ごす最後の晩になるかもしれないと直感した。
俺は往生際が悪く、別れのサインに気づかないふりをして、湯上りの深雪の太ももに頭を乗せた。
不愉快極まりない男の匂いが消え去り、石けんと彼女の甘い香りだけが残っている。
そこに俺の匂いも混ざり合い、まるで、愛を語り合っているかのような錯覚に陥った。深雪の心に別な男がいるにもかかわらず、今この瞬間だけは彼女を独占することが許される。
俺は下から彼女を見上げた。
俺を優しく撫でながらいろいろな話をしてくれる彼女の顔には清清しいほどに罪悪感が感じられなかった。
なんて女に惚れてしまったのか。俺は内心で毒づく。
「どんな一日になるのかしら」
深雪の顔はこんなにも晴れやかなのに、俺の心は土砂降りだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます