第40話 曇り

 去年の、ちょうど今頃。高一だった私は同じクラスの男の子に……恋をしていた。


 高校という新しい環境で、唯一の知り合いである清暖とは別のクラス。周囲が徐々に慣れていく中、出遅れた私は言い得のない焦燥しょうそう感と心細さに襲われていた。



『――青空さんて、もしかして人が嫌い?』



 そんな時だ、彼に話しかけられたのは。


 初対面ではないけれど、初めて言葉を交わす相手に向かってなんて失礼な……私が彼に抱いた第一印象は良いものではなかった……が、



『あ、ごめんごめん。嫌な気持ちにさせようとして言ったんじゃなくて……青空さん、いつも不機嫌そうな顔してたからさ』



 彼は私をからかっているわけじゃなかった。あの時、私はとんでもないマヌケ面を彼に晒していたと思う。


 自覚がなかった分、驚きだった。同時に納得もした……どうりで皆が避けるわけだ、と。


 それからというもの、席が隣ということもあって彼と会話する機会が少しづつ増えていった。比例するように、私は少しづつ彼にこころかれていった。



『――青空さん……今日、一緒に帰らない?』



 ある日、ちょっと話があるんだと彼に誘われた。


 ひょっとして告白⁉ 脳内お花畑だった当時の私はそんな淡い期待に胸を膨らませながらこころよく了承したが、



『――実は俺、3組の〝夕凪さん〟って子が好きで、告白しようと思ってるんだけどさ、そういうのあんま慣れてなくて……だから、その、女子の意見を聞いて参考にしたいといいますか、ぶっちゃけ協力してもらいたいな、なんて』



 道中で彼が打ち明けた内容に、私は落胆した。


 勝手に期待し、勝手に落ち込んで、馬鹿みたい……そう思った。



『……私でよければ』



 断ればどれほど楽だったか、なんてのはただの結果論であり今思い返せばの話。嫌われたくないという臆病な理由で、私は彼の頼みを引き受けたのだった。


 複雑な心境だった……当然だ。秘密の共有で彼との仲は深まっていったがそれは友達としてであって、彼が想いを寄せる人はかわらなかったのだから。


 そんな関係もいつかは終わりがくるわけで、



『……振られちゃったよ』



 西日さす放課後の教室で、明らかに無理して作っただろう笑顔を私に向け、彼はそう零した。


 協力者として決して抱いてはいけないものが、底から湧き上がってくるのを感じた……舞い上がった。



『……私じゃ、ダメですか』

『……悪いけど、冗談にツッコめるほどの余裕、今の俺にはないよ?』

『――冗談じゃなくて本気です!』

『…………ごめん』



 結果、選択を見誤った。


 彼が足早に去っていった後も、私はしばらくその場に佇んでいた。



『――最近、クラスの女子達の俺を見る目が冷たくなってきた気がする……初めの内はキャーキャーと黄色い声を送ってきていたのに何故だ? どうしてだ? 説明してくれ!』

『真琴の見かけ倒しっぷりに気付いただけでしょ』

『ハッ、俺のどこが見掛け倒しだと言うんだ夕奈……内外共に優れた男の間違いだろ?』

『主にそういうとこ』



 偶然か必然か、廊下を通りすがった夕凪を目にした瞬間、私は振られた事実がどうでもよくなるほどの確かな怒りを覚えた。


 憎悪、とでも呼ぶべき黒は、半紙はんしにどぼどぼと墨汁を垂らすかのように、私の白をいたずらに黒く染めていったのだった。

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