第23話

 僕たちがレーナの下に駆け付けたとき、ブラッドリーはレーナによって両断された右胸を、自らに生やした樹で覆うことで傷を塞いでいた。

 レーナは大技を打った反動からか、片膝をついて息苦しそうにしている。

 その傍らにはレーナを守るべく、シャノンが剣を構えていた。

 

 「私は、負ける訳には……。門の先でみなが待っているのだ。私が……やり遂げるのだ」


 吐血をしながらも戦闘の意志を示し続けるブラッドリー。

 しかし、ここまできて皆は異変に気付き始める。

 それは、重魂者リンカーだと思っていたブラッドリーの傷が一向に癒えないことだ。


 「ブラッドリー。傷はいつになったら癒えるんだ?お前も重魂者リンカーなのだろう?」


 「ここにきて人の心配ですか。……もう、察っしているのでしょう?」


 僕の質問にブラッドリーが答える。

 そう、僕らは察している。ブラッドリーの傷は癒えないのだと。

 そして、その傷では塞いだところで、もう長くは持たないことも。


 「私の……負けです。ジノ・シューヴァル、レーナ・シューヴァル。まさか、重魂者リンカーになってまだ日の浅いあなた方がここまでやるとは、ほんと誤算ですよ」


 「最後に。聞いても無駄かもしれませんが、地獄門ハーデス・ゲートを顕現させた目的はなんなわけ?本当に地獄門ハーデス・ゲートの向こうは魔界で、この世界を滅ぼそうとしているわけなの?」


 ココがブラッドリーに質問を投げる。

 確かに、言われてみればそうだ。

 地獄門ハーデス・ゲートの向こう側が魔界というのは、話に聞いただけで誰も本当かどうかわからない。

 そして、現実世界の住人だと思われるブラッドリーが、なぜこんなことをするのか、それも謎だった。


 「この世界を滅ぼそうとしている……だと?貴様らがそれを言うのか?何のつもりか知らないが、これだけのメンバーを揃えておいて知らないとは言わせないぞ」


 ブラッドリーは含みのある笑いをした後、右胸を抑えながらすさまじい形相で僕らを睨む。

 胸の痛みで思考が定まらないのか、言っていることが理解できない。

 ブラッドリーはレーナの方を見やると、


 「せめて、最大の誤算であった貴様だけは、私がああああ」


 ブラッドリーはそう叫ぶと、右胸から生えている樹の枝葉をレーナに向かって伸ばす。

 しかし、それはシャノンの剣によりあっさりと防がれた。

 もうブラッドリーには、先程までのような力は残されていないように見える。


 そして、ブラッドリーはそれを最後に力尽きていた。






 それから朝を迎えた異世界において。


 都では今回の事件で亡くなられた方々のための追悼式が行われていた。


 キール・ウェイクリング、コール・ウェイクリング兄弟が主犯格であることは、緘口令かんこうれいが敷かれたため公にはされなかった。

 公爵家が騒動の発端だと知られないために動いたのか、全てブラッドリーが企てたことにしたかったのかは定かではない。


 重魂者リンカーであるはずのキール・ウェイクリングが、どのようにして殺害されたのかは、犯行の瞬間を目撃した僕とウォーレスさんの2人で話し合い秘密にすることにした。

 理由は単に、僕らの現実が脅かされる可能性を危惧してだった。

 重魂者リンカーを殺したいのなら、まずは現実世界の者を殺す。

 それはつまり、重魂者リンカーの殺害方法が知られると、現実世界の僕らが狙われる可能性があるということだ。


 僕は、現実世界でとある事件のニュースが流れていたことを思い出す。

 それは、某駅のホームから男性が線路に突き落とされ、その男性が死亡したという事件だ。

 今にして思えば、それがキール・ウェイクリングと重魂リンクしていたと思われる金田雄二さんが殺害された事件だったのだろう。

 警察は駅に設置されている防犯カメラの映像から犯人の特定を行っているとのことだった。


 「ジノ君。難しい顔して何考えてるの?」


 不意にレーナから声をかけられ、思考が目の前の世界に戻ってくる。

 よほど周りが見えていなかったのだろう、会場にはすでに誰もいなくなっていた。


 もちろん、キールのことは同じ重魂者リンカーとはいえ、レーナには黙っている。

 少しでも心配させたくなかったからだ。

 とはいえ、重魂者リンカーは殺せるという事実は瞬く間に広がるだろう。

 殺す方法を知らないにしても、今後襲い掛かってくる者が少なからず現れる。

 そのとき、僕は君を守ることができるだろうか。







 それから1週間が経った。

 現実ではゴールデンウイークが目の前に控えている。ゴールデンウイークが終わり次第、冒険に出るため王都を出る準備をしていた。


 この1週間の間、王都を救った救世主ということで、騎士本部や王城に呼ばれることがあったが、全てウォーレスさんに丸投げした。

 赴いたら、二言目には騎士になれと言われるのが目に見えていたからだ。

 騎士本部のリオンさんには断ることができても、国王に断りを言うなんて僕のメンタルでは無理そうだしね。


 そんなことを考えながら、自室でレーナと2人で荷物の整理をしていると、ノックもなしに部屋に突撃してくる人物が3名。

 ブライアン、ココ、シャノンである。


 「どうだった?」


 3人とも、今日は騎士学校の卒業試験を受けていた。

 現実の学校のように決まった日に卒業ではなく、毎月月末に行われる試験に合格すれば晴れて卒業できる身となるようだった。

 3人の顔を見れば、聞かずとも結果は一目瞭然なのだが、そこはお約束ということで。


 「合格しました」


 3人揃って結果を発表する。

 ちなみに、僕とレーナは受けるのを諦めた。

 試験は筆記試験と技術試験の2つからなるのだが、座学が壊滅的に悪かったからだ。

 この世界の歴史や政治なんて知らんがな。

 ただでさえ、現実でも苦手な分野なのに。


 まぁ、いざとなったらウォーレスさんとのコネを使って騎士に入隊しよう。

 

 「合格したってことは、みんな騎士試験を受けるのですか?」


 「いや、受けないよ」


 レーナからの質問に3人は顔を見合わせると、キョトンとした顔で否定してくる。


 「どうして?」


 当然、3人は騎士を目指すと思っていたのだが……。

 そんな僕らの疑問にココとブライアンが答える。


 「あなた達の冒険に付き合った方が面白そうなわけですし」


 「それに、学校の卒業資格は手に入れたから、騎士試験は冒険から戻ってからでも受けれるしな」


 しれっと、同行してくれることを言ってくる2人。

 てっきり、冒険はレーナと2人だけですることになると思っていたから素直に嬉しい。


 「シャノンは?」


 ココとブライアンは良くても、シャノンは騎士本部に入るウォーレスさんを残しては行けないだろう……。


 「私も同行しますよ」


 首を傾げなら、何か問題でも?といった表情で答えるシャノン。


 「え?ウォーレスさんはいいの?」


 「ん?だからじゃないですか?」


 話が噛み合わずに疑問符を浮かべていると、クタクタな姿でウォーレスさんが入室してきた。


 「ウォーレスさん、シャノンが僕らの冒険に同行するって言うのだけれど、ウォーレスさんはいいの?」


 「そりゃ私も行くんだから、シャノンにも来てもらうよ」


 …………え?


 「騎士本部はいいの?」


 「あんなブラック企業、入社する前にわかってよかったよ。キールのことがあったから重魂者リンカーとはいえ甘やかさずに、最初は他の新人同様に扱うんだと。給与は安く自由な時間は少ないというね。世界は雇用についてもっと見直すべきだ」


 相当鬱憤うっぷんが溜まっていたのだろう。それからも愚痴をこぼし続けるウォーレスさん。

 いろいろ丸投げしていた身としては申し訳ない。


 ということは……、そうか。

 これからもこのメンバーと一緒にいられるのか。

 そう思いながらみんなのことを見渡す。


 こちらの世界と行き来するようになってから、1ヵ月。

 この世界のことや自分のことについて、まだまだ何もわかっていない状態だが、やっと異世界ならではの冒険が始まる。


 冒険の目的は、この世界のジノとレーナを再会させること。

 まずは、学問の町へ向けて出発だ。

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異世界と現実世界のクロスソウル \(^o^)/太 @owatata

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