第7話

 「準備はできたか?逃げないのならもう少し待つよ。コンディションを整えるのは大事だからな。後、普段使ってる武器があるなら使っていいぞ」


 ネルは屈伸運動をしながら確認を取ってくる。

 性格は荒いが戦闘となるとフェアにやるのを好むタイプかもしれない。それはまるで試合を楽しむ格闘選手のようだ。

 大剣を背負って来てはいるが、相手は素手のようなので使わないつもりでいた。しかし、ココの話を聞くにそんなこと言っていられる相手ではないらしい。


 僕は広場の中央に向かうと、ネルに始めても大丈夫な旨を伝える。


 「オッケー。それじゃ改めて……、私はギルド【三頭首の門番ケルベロス】の頭首が1人、ネル・サースガード」


 ネルは立ち上がりこちらを向くと名乗り出した。

 何その紹介、カッコいいんだけど。


 「……ジノ・シューヴァル」


 対抗しようと何か2つ名でも言おうと思ったが、特に何も思いつかなかったので、名前だけ名乗る。

 ……次までに考えておこう。


 背中の大剣を抜き正眼に構える。


 「それじゃ、いくぜ?」


 そういうとネルは足元から石を拾うと、それを真上に投げた。

 高く上がった石は重力によって落下を始める。


 なぜ石を投げたのか。僕の注意を上に意識させたかったから?

 違う。場の雰囲気が物語っている。

 あれは合図だ。

 あの石が地面に落下したそのときが試合開始だ。






 石が地面に落下するや否や、目の前にいたはずのネルの姿を見失う。

 とっさにガードするように体の正面に大剣を構えると、大剣にもの凄い衝撃が走った。


 「お、やるじゃん」


 大剣の目の前に現れたネル。どうやらネルが大剣を殴った衝撃らしい。

 すぐさま大剣を力いっぱい横薙ぎに振るうが、軽々と後ろにかわされる。

 

 速い。

 装備から俊敏タイプだとは思っていたが、人ってこんなに速く動けるものなのか。

 またネルの姿を見失ったため、先ほどと同じように大剣でガードしようとする。


 「それはもういい」


 ネルがそういったのが聞こえたかと思うと、またも大剣に衝撃が走った。だが、今度のは剣身への正面からのものではなく、つばへの下からの衝撃だった。

 大剣が浮き体のバランスが崩れる。

 その隙にネルは浮いた大剣の下から懐に潜り込むと、その右拳を僕の腹部に叩き込んだ。


 装備していた鎧は砕け散り、衝撃で後ろに吹き飛ばされる。


 内臓や骨がいくつかやられたのか、激痛と共に血流が口へと逆流してきたのを感じ吐き出す。


 だが、次の瞬間には不思議と痛みを感じなくなった。

 立ち上がり、体を動かせることを確認する。


 この感覚は岩石熊ロック・グリズリーとの戦闘でもあった。

 単に痛みを通り越して神経が麻痺しているだけなのかもしれないが、まだやれそうだ。

 せめて一撃与えるまではギブアップしたくない。

 策は始めから考えてあるが、ネルの動きが速すぎて対応できないでいた。

 しかし、それは先ほどの近接で何か感覚を掴めそうな気がしている。


 こちらからの続行の意思が伝わったのか、ネルの姿が再び消える。

 ガードするために大剣を構え、正面と下からの衝撃に意識する。しかし、ネルはその裏をかくように大剣を飛び越えると、頭上から拳を振り下ろしてきた。

 とっさに体を捻りそれをかわす。

 続けてネルは空中で体を回転させると左拳を下から突き上げてきたが、これも大剣を持ち上げなんとかガードする。


 今の攻防でわかってきた。ネルの攻撃は素直過ぎるんだ。

 動きは速くて威力は強烈、それに加えて立体的に攻めてくるのだから正直強い。

 しかし、攻撃の瞬間は僕の目でも捉えられるし、その瞬間の殺気が…視線がどこを攻撃してくるのかを物語っている。


 再度ネルからの攻撃を防ぎきると、一度距離を取ったネルが笑みを浮かべる。


 「正直驚いた。いい反応するじゃん。けど、攻めてこないんじゃ面白くない」


 ネルの言う通りで、防御に関してはなんとかなってきているが、攻撃できていない。

 反撃のためにもなんとか隙を作れないだろうか。


 「……だから、ギアを上げる」


 「え?」


 その言葉の意味を理解する間もなく、僕の体は後ろに吹き飛んでいた。

 遅れて腹部に激痛が走る。どうやらネルに殴ぐり飛ばされたらしい、先ほどよりも速く重い攻撃だ。

 吹き飛んでいる最中、上空に一瞬影のようなものが見えた。

 嫌な予感がしたのでなんとか体を右に捻ると、左脇腹に肉を抉られたような激痛が一瞬走る。


 そのまま地面に激突した僕はすぐさま追撃に備えれるよう大剣を支えに立ち上がった。

 すると、大剣の前にネルの姿が現れた。全身が赤黒いオーラのようなもので覆われている。


 そのままネルは大剣に向けて拳を振るう。

 一瞬の間に衝撃が何度も伝わったかと思うと、衝撃に耐えきれなくなった大剣の刀身が粉砕した。

 粉砕した大剣の欠片が飛び交う中、ネルが懐に入り渾身の右ストレートを放とうとしている。


 この状態のネルとやりあえる実力は今の僕にはない。

 あれを使うならここしかないだろう。


 右腕、開放!!


 格上相手に対して、こちらの決め手は何度も見せれるものじゃない。もしそれが対策されてしまえばその時点で勝ちはなくなるからだ。

 ならば、決め手はいつ使うのか。

 それはこの右腕を当てれると確信した時。

 決めに来ている今のネルに避けるという選択肢はない。


 僕は右腕を例の白い腕に変形させると、ネルの右ストレートに合わせるよう渾身の右ストレートを放った。

 拳と拳がぶつかり衝撃が走る。

 

 次の瞬間、互いの腕はその衝撃に耐えれず弾け飛ぶと、同時に気を失った。






 目が覚めると村の診療所のベットにいた。

 窓の外を見ると眩しい夕日が差し込んでいる。


 「兄さん、目が覚めましたか。よかったです」


 僕の意識が戻ったのに気づいたのか、椅子に座っていたレーナが声を掛けてくる。


 それからすぐ先生が診に来てくれたが、特に異常はないとのことだった。

 痛みはなく、ネルに殴られた痕もなければ吹き飛んだはずの腕は再生していた。


 聞くところによると、意識を失った僕に皆が駆け寄った際には既に外傷は消えていたらしい。

 異常がないなら出て行けと先生に追い出されてしまったので、宿屋1階で夕飯を食べることにした。







 「よう」


 宿屋に着くとネルが先に食事をしていた。

 他にも席は空いているのだが、こっちこっちと手招きしているので仕方なく相席することに。


 「さっきは楽しかったな。またヤろうぜ?」


 「絶対、嫌だ」


 なに最後のあの赤黒いオーラ。今思い返すと怖すぎなんですけど。


 「ジノだっけ?なんつーか……最後のあの腕は強力だったが反応速度以外遅すぎ。あれじゃ人並みだろう」


 「いやいやいや、ネルが速すぎるんだよ」


 「あれで速いのか?」


 ネルはう~んと何かが引っかかるように唸り出す。

 もしかして、あれより速く動けるの?


 「ジノってさ私以外の重魂者リンカーと会ったことある?」


 「ないよ。ネルが初めて」


 「いつ重魂者になった?」


 「……2日前からだけど」


 今思うと1日目は遺跡で、2日目には岩石熊ロック・グリズリーと戦闘して、3日目の今日は重魂者と試合なんて波乱万丈過ぎでしょ。

 異世界ならではのスローライフを満喫させてくれてもいいじゃないか。


 「2日前か……。重魂者についてはどこまで知ってる?」


 「えっと…この世界の人に僕の魂が重なっていることと、魔法が使えるってことと、重魂者によって能力が違うらしいってことかな」


 ココ先生に教えてもらったことを思い出しながら答えてみる。ココ先生の方を見るとよくできましたと言わんばかりにサムズアップしてくれた。


 「間違っちゃいないが情報が少な過ぎる。通りで動きがなってないと思った」


 「動き、なってなかった……?」


 重魂者になる以前と比べてはどうかわからないが、あれでも騎士学校で鍛えられた肉体での動きはできてたと思うんだよね。

 皆の顔を伺うが悪いところはなかったようで、思い当たる節はないと全員が首を横に振る。


 「しょうがないから、私が知っていることいくつか教えてやるよ。拳で語り合った仲だ気にするな」


 ネルは屈託のない笑顔を向けると説明を始めてくれた。


 「まず、能力が使えるってことは体に流れる魔力も使えるはずだから、さっき私がやっていたみたいに身体能力を上げた動きができるはずだ」


 あれは魔力を使っての動きだったのか。通りで人外な動きだと思ったよ。

 ただ……、


 「最後のあのオーラも身体能力向上させたやつなの?」


 「あれは私の固有能力の1つだからジノにはできないかな。最初やってたような動きまでなら重魂者は皆できると思うぜ」


 「本当?僕にもできるかな?」


 「あぁ、できるできる。明日にでも教えてやるよ」


 「ありがとう」


 やっぱり能力バトル物としては高速戦闘できるのには憧れあるよね。

 ……あれ?

 つい先ほどまでネルに対していい感情は抱いていなかったはずなのに、いつの間にか気を許してしまっている自分がいることに気づく。


 「そんで次は……」


 ネルはそういいながら食卓にあったナイフを取ると突然自分の指を斬りつけた。当然指から血が出だすのだが、次の瞬間には傷が塞がり出血が止まった。

 全員が驚愕する中、ネルが説明を続ける。


「さっきの試合でもそうだったけど、傷や痛みがすぐ治った経験はなかったか?」


 ネルの問いに僕は頷く。

 確かに、ネルとの試合や岩石熊との戦闘において、不思議と痛みがなくなっていた感覚は覚えている。あれは、感覚が麻痺していたのではなく立ち所に治っていたからだったのか。右腕の再生はあの白い腕が関係していると思っていたけれど、重魂者としての体質的なものだったらしい。


 「しかし、なぜそんなことが?」


 レーナの問いに全員がネルの方を見る。


 「理屈は……忘れた」


 全員が漫才のようにズルっと机からズッコケる。

 忘れるなよ。


 「しょうがないだろう。小難しい話は苦手なんだ。覚えているのは、重魂者は文字通り魂が重複していて、魂が濃い者は傷つかないんだと」


 理由は気になるけれど、傷が癒えるのがわかっただけでもよしとするか。


 「それは、誰かから聞いた話ってことですよね?」


 レーナが当然の疑問をぶつける。

 詳しい人がいるのなら是非聞いてみたい。


 「……。【冥界への宴サタニティ】の1人からだよ」


 【冥界への宴】。

 その名前が出た瞬間、場が凍り付いたような気がした。

 周りで食事していた人たちも僕たちの様子を伺っている。


 「なに、そいつら?」


 「いいかジノ、重魂者には善人な奴だけがなるとは限らない。常人より強いことをいいことに犯罪を平気で犯す輩もいやがるんだよ」

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